楓の自己紹介
楓(かえで)
こんにちは、楓です。
僕は『いつでも美女を抱ける人生』をコンセプトに発信、活動をしています。
スペックとしては以下の通りです。
- 年齢:30代前半
- 顔面偏差値:並み
- 身長:168cm
- 体型:中肉
- 酒飲めない
上記の通りスペックはいたって普通ですが、今までにAV嬢、モデル、ラウンドガール、JD、OL、美容、ヨガインストラクター等あらゆるジャンルの女性とマッチングアプリで出会いSEXをしてきました。
現在は、プロフ設計~即るまでの僕オリジナルの「型」があり、その型をベースに気分でTinderやタップルで遊べていますが、ここまでくるのにかなりの歳月とお金を投資してきました。。
実際、失敗や傷ついた経験の方が圧倒的に多いです。
ご飯や飲みを奢って⇒解散後ブロックされる、なんてざらにあります。
それでも諦めずにここまでこれたのは、過去の自分が味わった悔しい気持ちやトラウマがあるからです。
ここからモテない学生時代の悲しいストーリーを紹介していきますが、こんなやつでもかわいいコをいっぱい抱けるんだなって少しでもモチベアップに繋がったら幸いですw
また楓がどんな人間か、少しでも知ってくれたら嬉しいです。
1、サイドハーフを駆け抜けた動けるデブ
僕は中学時代ぽっちゃりでしたが、サッカー部でサイドハーフをやっていました。
さらっと言いましたが、サイドハーフってめちゃくちゃ走るんですよね。
多分、チームの中で2番目ぐらいにはたくさん走ります。(1番走るのはサイドバック)
なので、ぽっちゃりだったんですけど、めちゃくちゃ走ってました。
ポジション的にも、走らざるをえないので、えげつないほど走りましたね。
なので、あれです。
いわゆる、どの学校にもなぜか存在する、動けるデブでした。笑
ただ、今思うとあんなに走りまくってたのに、痩せなかったのはなぜなんでしょうか、、、
そんな僕でしたが、別に部活では特段活躍するわけでもなく、すごい実績を残せるほど強いチームだったわけではないので、ただただ走って、ボール蹴って、チームの仲間と部活に勤しむ。
そんな中学時代でした。
ちなみに当時、好きな子はいましたが、別に告白しようなんて思ったことは1度もありませんでした。いや、1度は思ったかも。
けど、その女の子は別に好きな男がいて、僕のことは一切眼中になかったんですよね。
非モテだった僕は、振り向かせ方もわからず、玉砕覚悟で告白することなんて恥ずかしくてすることもできないので、結局何もしませんでした。
ただ、当時の僕は恋愛よりも部活がひたすらに楽しく、友達とバカやっている方が楽しかった、という言い訳を1つだけさせてください。笑
ちなみに勉強はというと、全然やらなかったです。
勉強するフリしてエロいものばかり見てました・・
もちろん、テストとかも赤点ギリギリの常連でした。
勉強に関してはそんな感じだったので、偏差値はそんなに高くなく、案の定受験では苦労しました。
結局最後まで学力はそんなに上がらなかったので、学力や親からの将来を見据えた意向を踏まえ、なんとなくで高校は男子校に通うことになりました。
が、この選択が、僕の人生の歯車を大きく狂わせたターニングポイントになったのです。
2、男地獄と強烈な後悔
そして、なんとなくで高校は男子校に入学した僕でしたが、わかってはいましたが、やはり驚愕しました。
女の子が1人もいない。
そうなんです。
本当に女性が1人もいなかったんです。
代わりに、どこもかしこもいるのは男だけ。
360度どこを見渡しても、周りを埋め尽くしているのは全員男だけ。
いや、当たり前だろって感じだとは思うんですけど、当時の僕はその時の安直な思いで男子校を選択したことを、深く深く後悔しました。
例えるなら、マリアナ海溝よりさらに奥底に、自分の気持ちが沈んでいったといえば、わかるでしょうか。
それほど、当時の僕は男子校を選んだことに絶望したんです。
ですが、高い入学金を払って私立の高校に入ったので転校するわけにもいかず、男に囲まれて過ごす生活を受け入れざるをえませんでした。
周りは男しかいない。
しかも、半日も拘束され、さながら僕にとっては刑務所みたいなものでした。
唯一いた女性は、保健の先生と音楽の先生だけでしたが、どちらもおばさんでオアシスにはなりませんでした。
ちなみに、男子校なんで案の定、同性を好きになる人も普通にいました。
やっぱり、そっち側に走る人は数人出てきます。
いわゆるラブレター事件なんて勝手に呼んでいましたが、放課後の教室に「○○くん、いつもありがとう。好きです。」みたいな内容の手紙が落ちていて、クラス内でざわつくみたいな事も珍しくありませんでした。
もちろん僕自身がターゲットになることはなかったですし、男を好きなることもなかったですけどね。笑
ただ、こんなに絶望していた僕ですが、割と普通に友達と学校生活を過ごしました。
学校に行って、友達と遊んで、家の近くのファーストフード店でバイトをし、音楽を少しかじってみたり、女性関係をのぞいては割と楽しい高校生活でしたね。
部活もやりたかったんですけど、チームは弱いし、グラウンドも狭すぎるし、気合も入ってなかったのに加え、腰も痛めていたので、やるからには本気でやりたかった僕は部活には入りませんでした。
そんな感じで楽しく日々を過ごしていたかのように思えたそんなある時。
僕は退学寸前になるほどの大事件を引き起こしてしまいました。
3、窃盗バイクでシェアサイクル事件
楽しく日々を過ごしていたそんなある日。
僕は友達と公園でふざけて遊んでいたんですけど、近くの道にバイクがズラーっと並んでたんですよ。
後から知ったんですけど、近くのバイク屋の店主が、これから売るための整備中のバイクをそこに仮置きしていたとのこと。
そんなことはつゆ知らず、「え、なんでこんなたくさんあるんだろう」と思いながら友達と近づいてみると、とあるバイクにだけ鍵が刺さっていました。
で、僕たちは何を思ったのか、ガソリン入れたら動くんじゃね?と思い、そのバイクをこともあろうか盗みました。
本当にアホ中のアホです。
そんなこんなで僕がバイクを押して持って帰り、友達がガソリンをタンクに入れて持ってきて、エンジンをかけてみると、、、
当たり前ですが、エンジンがかかりました。笑
それから1週間ずつバイクを使う取り決めをして、交代交代で友達と使うことにしました。
盗んでいおいて、さらにシェアサイクルです。
あまりにも肝が座りすぎていて、今の僕でもびっくりです。
ですが、当時を振り返ると、本当に愚かなことをしたと思います。
さらに悪質なことに、あまり罪の意識がなかったんですよね。
ガソリン入れたら動いたから使おう、ぐらいの感覚でした。
思えば、原付の免許だけをとったのが良くなかったんだと思います。
バイト先の先輩に「原付の免許ぐらいは持っておいた方がいい」と言われ、安かったから取得したはいいものの、肝心のバイクはお金がなくて買うことができませんでした。
もしかしたら、免許がなかったら、盗むようなことはしなかったかもしれません。
ですが、やってしまったことは、必ず自分に返ってきます。
邪な悪質な思いは一切抱えず、無邪気な子供のような心で盗んだバイクで、バイト先に向かっていたある日。
ついに僕は警察に捕まりました。
4、約束を破った警察の良い人
👮♀️「君ちょっと止まりなさい!」
🙎♂️「え、なんですか???」
👮♀️「そのバイク盗難届出てるんだけど、君のバイクじゃないよね?」
みたいな感じで呆気なく捕獲。
そして、そのまま警察署へ連行されて、事情聴取が開始。
ただここまで追い詰められてしまっては、全てを話さざるをえなく、結局全部話しました。
どこで見つけたのか。いつ見つけたのか。なんで盗んだのか。いつ使っていたのか。
ただ、ある1点の部分については、僕は決して口を割りませんでした。
そのある1点の部分とは、、、
👮♀️「共犯はいないの?1人でやったのかな?」
という質問です。
実は当時、地元ではグループ犯罪が増えていたらしく、僕はそのグループの一員なのかと疑われていたらしいんです。
グループの構成員が1人でも捕まれば、その後芋づる式に仲間を捕まえられるため、かなり躍起になって捜索が行われていてたとのこと。
そんなことは当時の僕は知りませでしたが、友達だけは絶対に巻き込みたくないと思い、「僕が1人でやりました」とシラをきり続けました。
すると刑事さんが
👮♀️「後で共犯が見つかったら、君もその共犯もかなりやばいぞ」
と脅迫まがいなことをされましたが、それでもシラをきり続けました。
今思うと、かなりガッツありますね、、、、
結局僕が1人でやったことで、話は終わりました。
と、こんな感じで警察とバチバチな雰囲気が出てたんですが、実は警察の人はめちゃくちゃ良い人でした。
👮♀️「事情を聞いて、君に魔が刺してしまった気持ちもわかるし、高校生という年齢でやってしまった若気の至りなのもわかる。だから、今回はお咎めないと思うよ」
という風に言われたんです。
バイクの店主さんも、盗難届だけで被害届は出していなかったとのこと。
後日談ですが、実は店主さんも昔はかなりやんちゃをしていた悪ガキだったとかなんとか、、、
なので、今回は見逃してくれるとのことでした。
ただ、1つだけ問題がありました。
これを学校に報告されたら、間違いなく退学になるということ。
実は僕の高校は、そういったことにかなり厳しい高校で、これがバレたら間違いなく退学なのは分かりきっていました。
すると警察の人が、「学校には伝えないから、このまま帰りなさい」とまさかの発言。
その時だけは、警察の人が悪魔から幸せを振りまく天使に変わって見えましたね。
で、次の日普通に学校に行ったんですが、校内放送でなぜか僕の名前が呼ばれました。
そして職員室に行くと、教頭先生が待っていました。
👨🏫「呼ばれた理由わかるよね?」
🙎♂️「わからないです」
👨🏫「警察から連絡がきました」
警察の人よ。話が違うじゃないですか。
経緯としては、警察の人は僕には学校には報告しないとは言ったものの、ことがことなので、一応連絡をしたとのこと。
ただ、本人は反省しているし、バイクの店主さんからも処分はやめてほしいとの言葉をいただいている。本人にも約束をしてしまったから穏便な対応をして欲しい。
と、警察の人は教頭先生には伝えたらしいが、そんなことをこの厳しい学校が許すはずもなく、僕は教頭先生に呼び出しを食らってしまったのだ。
この状況はかなりやばい。
神様、どうか助けてください。
と僕は祈った。
そしたら、、、、
👨🏫「本来なら退学。けど、警察や店主さんから話を聞いたから今回は見逃しておくことにしました。ただ、次やったら1発で退学です。リーチなので気をつけてください」
という言付けだけで、終わりました。
この時だけは、流石に神様の存在を信じた。
ただ、親にもしっかりとバレていたので、後日親と一緒に店主さんに謝罪しに行きました。
ですが、店主さんは「いいよいいよ気にすんな。若けりゃ、魔が刺してやっちまうことはある。ただ、これを糧にしっかりと反省はしろよ。」
と、めちゃくちゃいい店主さんでした。
そしてちょっとジーンとする話ですが、僕はこの後、そのバイク屋で原付を購入しました。
店主さんは驚いていましたが、「これでもう盗まれなくて済むな」なんて冗談を言われ、ちょっと気まずくなりました。。。。笑
ちなみに共犯の友達には、めちゃくちゃ感謝されました。
「お前には本当に仮を作ってしまった。本当にありがとう」と。
この友達とは今でも定期的に飯を食べに行く仲です。
ある意味、罪を被って親友を守り切れたなら、それでも良いのかな、なんて思いました。
ただ、僕は良くも悪くも、この時に悪いことをしてよかったと思ってます。
当時は何も知識がなく、ただただその場のノリでやってしまい、失敗という結果になってしまいましたが、振り返るとそういう失敗をたくさんしてきたおかげで、今僕はそれなりに幸せに暮らせていると思うからです。
その中の1つがこの事件であり、実際に僕はこの時にかなり痛い目を見たからこそ、絶対にもう犯罪はしないと思えました。
この界隈には、ナンパして切れて捕まった、なんていう大人になってからダサいことをしている人も多いですが、やはりそういう人は学生時代にこう言った体験をしていないんじゃないかなぁ、と思います。
それゆえに大人になってから、取り返しのつかない間違いを起こしてしまい、その結果自分の人生をぽしゃらせてしまう。
けど、僕はそんな人生を歩みたくはないです。
だからこそ、この経験は良い経験だったなと、思っています。
もちろん、深く深く反省しました。
と、こんな感じで僕は学生時代で今でも鮮明に覚えている、大事件を引き起こしたのでした。
今思えば、男子校で女性関係が皆無だったストレスが溜まりに溜まって、悪い事で発散しちゃったのかな。なんて恥ずかしながらも思ったりします。
5、大学で出会い系に手を出す
そんなこんなで、退学ギリギリな高校生活でしたが、なんとか大学には入れました。
入学してからは、僕はとにかく彼女が欲しかったので、そのために初めはサークルの新歓にガンガン参加。
が、男子校のせいもあってか、女性への耐性が0で、全くうまく立ち回ることができませんでした。
普通に良い出会いもあったんですよ?
けど、当時の僕はその絶好の機会をぽしゃってしまったんです。
大学入学前に僕は免許学校に通っていたんですけど、そこでたまたま話した女性が、なんとそのサークルの新歓にいたんです。
割と可愛かったので、僕はこの機会を逃すまいとその女性に話しかけに行きました。
しかし、、、
🙎♂️「あ、、○○の免許学校いませんでした?」
🙍♀️「いましたよ!」
🙎♂️「いたよね。」
🙍♀️「はい」
🙎♂️「、、、、、」
🙍♀️「、、、、あ、友達に呼ばれたからまたね」
そうです。お察しの通り、僕はこの時何もできなかったんです。
心の中では、この会話をきっかけにめっちゃ仲良くなって、LINE交換して、あわよくば付き合って、あんなことやこんなことを。。。
と非モテ特有の、非モテ妄想をしていましたが、案の定何もそのあとは進展することもなく。
大学内ですれ違って挨拶はするけど、それだけ。
いわゆる「よっ✋」友になり、結局そのうち話すこともなくなりました。
今思うと「LINE交換しようよ」ぐらい言えたらよかったのですが、非モテだった当時の僕にそれを求めるのは酷と言うもの。
そして、これがきっかけで、学校で可愛い子がいてもどうせ無理だろ、と思うようになってしまいました。
この原因は明らかで、「女性との会話が苦手」だったからです。
当時の僕にとっては、男子校であったことがかなりネックになっており、自分の中で女の子の価値が異常に高くなっていました。
で、あとは教科書通りの非モテに落ちつき、
「別に女の子には困ってない」
「今は別に彼女いらないんだよね」
みたいに現実逃避し、いつも男だけと絡んでいました。
だけど、女の子への執着がどうしてもなくならない。
なんとかして、女の子と遊びたい。
どうすれば、、、、
そうだ!
で、僕にとって原点であり頂点であったハッピーメールに手を出すことに。
女性とのコミュニケーションが苦手な僕にとって、最早ネットの味は蜜の味でした。
ところが、現実は厳しく全く上手く行きませんでした。
お金もかかるし、
マッチも全くせず、
業者にも何度も騙され、
待ち合わせ場所に行っても本人がいない、
なんてことが大半でした。
さらに、なんとかマッチして会えたものの、写メ詐欺で顔が違う。
今でも覚えてる一番最悪だった人は、千と千尋に出てきそうな妖怪みたいなめちゃくちゃなDBS。
写真は可愛かったから会ってみたのはいいものの、、しかもお昼過ぎから会う約束をしていたので、ほぼ1日拘束。
さらに、このDBSは稀にみるわがまま女で、1日付き合わされたあげく散々な目に遭いました。。
そして、僕は精神の限界が来て、トイレに行くね、と言ってそのままフェードアウトし、そっとラインをブロックしました(´ι_` )
ただ、そんな悪いことばかりでもなく、唯一1人だけ良い感じの子とも出会いました。
初対面で花火に行くことに。
花火効果もあったおかげで、沈黙もそこまでマイナス要素にはならず、
あのDBSと比較したら天使のような性格のいい子だったので
僕は絶対またこの子とデートしたい!と思い、別れ際に思い切って
🙎♂️「今日めちゃくちゃ楽しかったから、また一緒にデートしようよ」
・・・ドキドキ
🙍♀️「ありがとう!うんデートしよう」
と奇跡の2回目デートの約束をする事ができました。
が、しかし、帰り道に僕はやらかしました。
なんと、浮かれた僕は、帰りに携帯をどこかに落としてしまい、そのままその携帯が行方不明になってしまったんです。
そして、そのまま見つかる事はなく、結局その子とも連絡が取れなくなってしまい、僕の儚い想いは呆気なく散ってしまったのです。。
と、こんな感じで10人ぐらいの女の子とハッピーメールで会いましたが、良い思いは一切することができずに終わりました。
7、バンドに目覚めて大学中退
恋愛から遠ざかった僕は、高校時代からちょくちょくやっていた音楽にハマり、軽音のサークルに入り、そこで出会った仲間とバンドを組みました。
ドラム担当だった僕はスクールにも通い、ほぼ毎日練習をし、かなりガチで取り組んでいました。
ドラムを選んだのは、親父が若い頃にバンドでドラム担当だったこともあり、バンド自体も親父の影響で始めたものだったので、ドラム意外の選択肢は自分の中にありませんでした。
そしてバンド活動にさらに熱意が入り、僕はバンドで飯を食っていくと決意し、親に大学を辞めたいと伝えました。
この頃には単位を落としまくっており、留年もほぼ確定済み。
親には大学を続けて欲しいと言われましたが、それでも僕の決意は変わらず、大学3年生の初めに大学を中退しました。
そこから本格的にバンドを続けて、ブッキングのライブを点々としながら、バンド活動を続けました。
ブッキングライブというのは、事務所に入っていない人専用のライブです。
ただ、ブッキングライブは基本的にお客さんがガラガラなので、毎週お客さんがいないライブ会場で、ドラムを叩き続けるという切ない日々。
ですが、僕にはドラムを叩くことがひたすらに楽しかったので、あまりその辺は気になりませんでした。
で、バンドマンって、めっちゃモテそうじゃないですか?
僕もちょっぴりだけ、いや、かなりモテるんじゃないかと思っていたんですよ。
けどお察しの通り、全くモテませんでした。
昔の僕は天性の非モテだったのかもしれません。笑
結局3年ぐらい一緒にやっていたんですが、よくある方向性の違いというやつで、24歳ごろにバンドは解散しました。
ただバンド活動を続けたかった僕は他のバンドに移動し、バンド活動を続けることに。
新しく入ったバンドはネットで探して見つけました。
で、このバンドではそこそこ良いところまで行ったんですよね。
事務所にも所属することができ、メジャーデビューこそしなかったものの、メジャーデビューまであと一歩ぐらいのところまでは行くことができました。
ただ、そのころはすでにCDが売れない時代になっており、なかなか収益も上がリませんでした。
僕は現実的にこの辺が潮時だろうと考え、本格的に就職することを考え始め、バンドから脱退することにしました。
当時はフリーターで、アパレルのバイトをしながらバンド活動をしていたので、バンドを抜けた後は、そのままアパレル先に就職しました。
8、ナンパ界隈に参入
話をすっぽかしたいたんですけど、実はバンドをやっている時に彼女ができました。
出会いはペアーズです。
僕は彼女とあった瞬間に「可愛いなぁ」と思い、ハッピーメール時代に培ったノープラン当たって砕けろ精神でその日に告白。
もちろん向こうは戸惑ってはいましたが、バンドマンが好きだったというのが理由でOKをもらうことができました。
ちなみにその子はどんな感じかというと、見た目は乃木坂系の可愛らしい感じの女の子で、性格はかなりシャイな子でした。
今までの苦労や悲しみもあり、OKもらえた瞬間は昇天しそうになりました。
もいろんこの子とは、かなり楽しい日々を過ごすことができました。
春は目黒川沿いを散策しながら桜を眺め、
夏はお祭りに行って特大の花火を見て、
秋は紅葉を見ながら美味しいもの巡りをして、
冬はベタなクリスマスデートをして、
と言った感じで、もうそれはそれは楽しい日々でした。
ただ、とある時期から、ある問題に直面しました。
それは、、、
セックスレス問題です。
個人的に、正直レス問題は仕方ないとは思うんですよ。
ずっと一緒にいると家族みたいな感じになりますし、新鮮味も無くなっていくので、自然とやらなくなっていくのもわかります。
ただ、僕たちカップルは別のところに問題がありました。
それは、彼女がめちゃくちゃシャイだったということ。
彼女はシャイだったが故に、毎回ほぼマグロみたいな感じで、積極的に誘ってくれることもしませんでした。
けど彼女自身もその性格を変えようと努力はしており、色々と勉強をして、頑張ってはいてくれました。(勉強とはという感じですが。笑)
ただ、それでもシャイな性格がすぐ治るはずもなく、段々とレスになってしまいました。
そして結局フラストレーションが溜まっていき、最終的に別れを切り出すことに、、
彼女も察していたようで「仕方ないよね」とすんなり受け入れてくれました。
「やっぱり自分は恋愛に向いてないのかなぁ。」
そんなんことを思いながら、気がついたらまたマッチングアプリをはじめて、今度はTinderをダウンロードしていました。
ただ、当時の僕に今ほどのノウハウがあるわけでもなく、狙い撃ちするなんて夢のまた夢。
運が良ければ会える、ぐらいのレベルでした。
ちなみにどれくらいレベルが低かったかというと、LINEへの移行方法もわからず、そもそもLINEに移行する意味無くねなんて思って、アプリ上でいつも会う日時まで決めてしまうぐらいの感じでした。
もちろんアプリ上の女性の見極め方もわからないので、やっとマッチングできて会うことができても、写真と違う人が出てきたり、清楚系だと思ったら全然清潔感がない人が来たりと、結局大学時代と同じことを繰り返していました。
そんなある時。
僕の恋愛マインドを変えるきっかけとなる事が起きました。
それは、『中星さん』です。
彼のYouTubeを本当にたまたま見つけ、そこで言っていることに僕は驚愕したんです。
「女なんか余裕だよ」
「女はただの攻略対象に過ぎない」
この言葉に僕はかなり衝撃を受けました。
というのも、そもそも自分の中に女の子を攻略する、という概念がなかったからです。
なので中星って人は一体何者なんだろうと思い、Twitterを見てみたら、そこで初めて「ナンパ界隈」というものがあることを知りました。
そして、そこでまたさらに衝撃を受けました。
とある人はナンパなんてポチゲーと言っていたり、別の人はいわゆる即画をTwitterにバンバン上げていたり、他にも、口説くための詳細なレポートがまとめられていたりと、
もはやカルチャーショック以外の何ものでもありませんでした。
こんな世界があったのか・・・。
俺も欲望のままに身を任せ、彼女なんか作らず、セフレをいっぱい作りたい。
そう思ってからの僕の行動スピードは、光より早かったです。
とにかくその日から、僕はTwitterの界隈の情報を貪り尽くすように読み始めました。
ツイートだけでなく、その人のいいね欄、フォローしているやおすすめ表示を経由して経由して、ひたすらTwitterの界隈の情報を漁る日々。
そしてついにはTwitter以外にもブログやnoteも読み漁り、大体30万円ぐらいは課金しました。
そこから半年間は試行錯誤の毎日でした。
買ったコンテンツの情報をもとに自分で試行錯誤し、ノウハウを試してみたり、アカウントを作り直してみたり、とにかくひたすら行動しました。
ちなみにTinderの名前は奇抜なものがいいというノウハウを読んだことがあり、一時期“スペル魔大王”とかいう、今思うとドン引きの名前でTinderを回してる時もありました。笑
そして、試行錯誤する傍ら、Twitterでも発信を始めました。
最初はただの情報収集アカウントでしたが、結果が出ると嬉しくなってツイートしたりした時に反応をもらえることが嬉しくなり、Twitterって面白いやんとなり、本格的に発信も始めました。
この頃には独自のフローもなんとなくですが、固まっていきました。
そして勝率もだんだん上がり、念願のセフレを何人も作るという目標も達成することができました。
今ではモデルや夜職、美容系等あらゆるジャンルの子を即れるようになり、
昔の僕からは想像できない世界線にいることができています。
以上が、僕の自己紹介です。
いかがでしたか?
持っているイメージ通りだったと思う方もいれば、こんなイメージがなかったから意外だったと思う方もいるかもしれません。
こんな僕ですが、ありがたいことに、おかげさまでXのフォロワーも10,000人を超えました。
Xを通じて様々な方と出会うこともでき、その刺激もあって、今回は「自己紹介」を書く運びとなりました。
これからも、僕がこれまでに得た、僕にしか語ることができない有益な情報を発信し続けていくので、引き続きご愛顧いただけると嬉しいです。
今中々上手くいかなくて、悩んでる人も全ては考え方とやり方でいい方向へもっていけます。
現実は甘くないですが、僕もそれを身を投じて理解している人です。
悩んだらいつでも相談してください。
人生一度きり、
一緒に「いつでも美女を抱ける人生」を手に入れましょう!
最後まで読んでいただきありがとうございました。
楓