分析で迷子にならないための思考の「型」

ECサイト運営において、データ分析は羅針盤のようなものです。しかし、多くの担当者が膨大なデータの海で溺れ、本来の目的地を見失っています。
この章では、具体的なツールの使い方に入る前に、まずはデータ分析に対する「正しい姿勢」と、迷子にならないための強力な「思考の枠組み」をインストールします。これができれば、どんなモールの管理画面を見ても、本質を見抜けるようになります。
データ分析の目的は「意思決定」ただ一つである
分析=アクションの根拠
突然ですが、質問です。あなたは今日、何のためにRMSやセラーセントラルの分析画面を開きましたか?
「上司への報告資料を作るため」「なんとなく売上の推移が気になるから」。もし、そんな答えが浮かんだなら、少し危険信号かもしれません。
EC運営におけるデータ分析の目的は、ただ一つ。**「意思決定(アクション)をするため」**です。
「データを眺めて、ふーんと納得して終わり」。これでは、分析にかけた時間は単なるコストになってしまいます。厳しい言い方ですが、アクションに繋がらない分析は、趣味の時間と同じです。
データは、あなたが次に打つ一手の「根拠」となるべきものです。
- 「転換率が落ちているデータがあるから、商品ページのファーストビューを改善する」
- 「特定のキーワードからの流入が増えているデータがあるから、そのキーワードの広告入札を強める」
- 「在庫回転率が悪化しているデータがあるから、次の発注数を減らす」
このように、「データ(根拠)→意思決定→アクション」という一本の線が繋がっていなければなりません。
「分析結果を見ても、何をすればいいか分からない」と悩む方は多いですが、それは「何を見るか」から入ってしまっているからです。まず「何を決めるためにデータを見るのか」という目的意識を持つことから始めましょう。
「仮説なき分析」は時間の無駄
もう一つ、分析初心者が陥りがちな罠があります。それは、何の当てもなくデータを深掘りしてしまう「探索型の分析」です。
RMSの複雑なメニューを片っ端からクリックしたり、Excelでピボットテーブルを何時間もこねくり回したり…。これらは一見、一生懸命仕事をしているように見えますが、多くの場合、徒労に終わります。膨大な情報の波に飲まれ、時間だけが過ぎていくのです。
効率的なデータ分析には、必ず**「仮説」**が必要です。
仮説とは、「こうなっているのではないか?」という推測のことです。
- 仮説A:「最近、競合店が類似品を安く出してきた。だから自店の転換率が落ちているのではないか?」
- 仮説B:「新しく始めたInstagram広告のクリエイティブが若年層に刺さっている。だから新規アクセスが増えているはずだ」
このように仮説を立てて初めて、見るべきデータが決まります。仮説Aなら「競合商品の価格推移」と自社の「直近の転換率」を見れば検証できます。仮説Bなら「流入経路別のアクセス数」と「ユーザー属性」を見れば良いわけです。
データ分析とは、闇雲に宝探しをすることではなく、立てた仮説が「正しかったか、間違っていたか」を検証するプロセスだと心得てください。仮説が間違っていたとしても、それは「一つの可能性が消えた」という立派な成果です。
まずはPCの前で腕組みをする前に、「今、何が起きているのか?」「なぜそうなっているのか?」という仮説を、自分の頭で考える癖をつけましょう。
EC売上の黄金式を理解する(因数分解の思考法)
すべては「売上=アクセス×転換率×客単価」から始まる
どれだけ分析ツールが進化しても、ECビジネスの基本構造は変わりません。すべての売上は、以下のたった3つの要素で成り立っています。
売上 = アクセス数 × 転換率(CVR) × 客単価
これは「ECの黄金式」とも呼ばれる、絶対に覚えておくべき公式です。どんなに複雑に見える問題も、まずはこの式に当てはめることで、問題の所在をシンプルに捉えることができます。
例えば、「先月より売上が100万円落ちた」という事象が発生したとします。この時、ただ「売上が落ちた、大変だ!」と騒いでも解決しません。
この黄金式を使えば、「アクセス数が減ったのか?」「転換率が落ちたのか?」「客単価が下がったのか?」のどれが主原因なのかを特定できます。
もし「アクセス数」が前月比80%になっていたなら、転換率や客単価を改善する施策を打っても的外れです。まずはアクセスを元に戻す施策(広告、SEO、メルマガなど)を最優先すべきだと判断できます。
このように、問題を大きな塊のまま捉えるのではなく、構成要素に分解して考える癖をつけましょう。
因数分解でボトルネックを特定する
黄金式で大まかな原因が特定できたら、次はさらに深く掘り下げていきます。これを「ドリルダウン分析」と呼びます。
例えば、「アクセス数の減少」が主原因だと分かったとしましょう。しかし、一口にアクセスと言っても、その内訳は様々です。
- 検索エンジン(Google, Yahoo!)からの自然流入が減ったのか?
- モール内検索(楽天サーチなど)からの流入が減ったのか?
- 広告(RPP広告、スポンサープロダクトなど)からの流入が減ったのか?
- メルマガやLINEからの流入が減ったのか?
- 外部サイト(SNS、ブログなど)からの流入が減ったのか?
それぞれの流入経路ごとにデータを分解していくことで、例えば「モール内検索からの流入だけが激減している」という事実が浮かび上がります。そうすれば、「検索順位が落ちたのではないか?」「商品名に入れているキーワードがトレンドから外れたのではないか?」といった具体的な仮説が立てやすくなります。
転換率(CVR)が落ちた場合も同様です。「在庫切れを起こした商品はなかったか?」「ネガティブなレビューが直近で投稿されていないか?」「競合が強力なセールをぶつけてきていないか?」「商品ページがスマホで見づらくなっていないか?」といった様々な要因に分解して検証します。
ビジネスの課題は、玉ねぎの皮をむくように、因数分解を繰り返すことで芯(=真因)にたどり着けます。「なぜ?なぜ?」と自問自答を繰り返し、これ以上分解できないレベルまで要素を細分化していく思考法こそが、最強の分析スキルなのです。
多店舗展開の罠。「木を見て森を見ず」を避ける全体戦略
多くのEC事業者が、楽天市場、Amazon、Yahoo!ショッピングといった複数のモールに出店しています。多店舗展開は売上の柱を増やす有効な戦略ですが、データ分析においては「罠」も潜んでいます。
モールごとの「方言(指標の違い)」を理解する
最大の罠は、各モールで使われている言葉(指標)が微妙に異なることです。同じ「アクセス数」を表す言葉でも、モールによって定義が違います。
- 楽天市場: 「アクセス人数」。ある期間に店舗を訪れたユニークユーザーの数。
- Amazon: 「セッション」。24時間以内に同じユーザーが何度訪問しても「1」とカウントする訪問数。(※「ページビュー」とは異なります)
- Yahoo!ショッピング: 「訪問者数」。一定期間内のユニークブラウザ数。
これらを理解せずに、単純に「楽天のアクセス人数」と「Amazonのセッション」を横並びで比較してしまうと、実態を見誤る可能性があります。
また、転換率の計算方法も微妙に異なります。楽天は「受注件数 ÷ アクセス人数」が基本ですが、Amazonは「注文品目数 ÷ セッション」で算出される「ユニットセッション率」が重視される傾向があります。
それぞれのモールが持つ「方言」を正しく理解し、翻訳して捉える能力が求められます。
モールの特性に合わせた分析視点
さらに重要なのが、各モールの「戦い方」の違いです。
楽天市場やYahoo!ショッピングは、店舗(ショップ)という概念が強く、回遊性が高いのが特徴です。ユーザーは商品ページだけでなく、店舗のトップページやカテゴリページを回遊し、「ついで買い」や「まとめ買い」をすることが期待できます。
したがって、分析においては、単一商品のアクセス数だけでなく、「店舗全体の回遊率」や「一人当たりの買上点数(まとめ買い率)」といった指標が重要になります。施策としても、商品ページに関連商品のリンクバナーを貼ったり、送料無料ラインを意識させたまとめ買い促進が有効です。
一方、Amazonは巨大な自動販売機のようなもので、「商品(ASIN)」単位での指名買いが基本です。ユーザーは店舗のトップページを見ることはほとんどなく、検索結果から直接商品ページにランディングし、購入するか離脱するかを即決します。
そのため、Amazon分析では「店舗全体」という視点よりも、主力商品(ASIN)ごとの「セッション数」「ユニットセッション率(転換率)」、そして何より「カートボックス獲得率」が死活的に重要になります。他の出品者と一つの商品ページを共有する仕組み上、カートを獲得できなければ売上はほぼゼロになってしまうからです。
全体最適の視点
最後に、個別のモール分析に没頭するあまり、事業全体のバランスを見失わないように注意が必要です。
「楽天の売上を伸ばすために広告費を倍増させた結果、全体の利益率が大幅に悪化してしまった」「Amazonの在庫補充を優先した結果、自社サイトや他モールの在庫が枯渇して機会損失を出してしまった」といった本末転倒な事態は避けなければなりません。
データ分析の最終ゴールは、事業全体の利益最大化です。
各モールの管理画面だけでなく、全チャネルの売上、利益、在庫状況を俯瞰できるダッシュボード(ExcelやBIツールなど)を用意し、「今月はどのモールのどの商品にリソース(広告費や在庫)を集中投下するのが最も効率的か?」という全体最適の視点を持つことが、中堅マーケターへのステップアップとなります。
木(個別のモール・商品)を見るだけでなく、森(事業全体)を見る視点を常に忘れないでください。
ここまで、データ分析における戦略的な思考法をお伝えしてきました。
頭では理解できた。でも、具体的に明日から管理画面のどこを見ればいいの? そう思われた方も多いでしょう。
後半では、抽象度を一気に下げ、楽天市場、Amazon、Yahoo!ショッピングそれぞれの具体的な管理画面の歩き方と、明日から実践できる分析アクションについて、ステップバイステップで解説していきます。
