序論
本稿は、筆者の学問的な立場を明確にするために執筆しました。「性愛」を分析するためのツールとして「進化心理学」と「社会学」を採用しています。手段としては「フィールドワーク」と「統計」を重視します。今回は概略として、学問の特徴について簡単に明記しました。
1.性愛というターム
まず、筆者は恋愛ではなく「性愛」という言葉を用います。なぜなら、後者の概念は恋愛をも含んだ大きなカテゴリーだからです。
一般に、恋愛とは個体間に恋愛感情があることを前提としていますが、性愛はそれを求めません。というのも、「ワンナイト」や「セックス・フレンド」などの感情が伴わない性的接触が広汎に観察されるからです。
また、恋愛は1対1の関係を前提としています。しかし、「浮気」や「不倫」はそこに該当しません。むしろ、パートナー以外と番う「不貞」として観念されます。
このように、恋愛という概念は「恋愛感情を伴わない性的接触」や「特定のパートナー以外との逢瀬」などの概念を含みません。したがって、筆者は性愛という言葉を使用し、恋愛以外の様々な事象を分析していきます。
2.基本的な認識
筆者の基本的な認識は「進化心理学」と「社会学」に依拠しています。進化心理学とは、人間を動物として捉える学問であり、社会学は人間を社会によって形成された存在であると捉えます。
進化心理学は、人間を進化の荒波で生存してきたサバイバーとして捉えます。そのため、学問の立場としては「前文明」(狩猟採集社会)を非常に重視しています。一方で、社会学は「文明以後」(文明の創生~現代社会)に主眼を置いています。
2-1.進化心理学の立場
性愛を学問的な立場からみてみましょう。
進化心理学の立場から観ると、性愛とは魅力資源を巡った闘争であると言えます。簡単にいえば、男性は女性の「繁殖可能性」を、女性は男性の「資質・能力(注)」をめぐって争います。
資質・能力とは何か。進化心理学は「Good Gene仮説」(資質)と「Good Dad仮説」(能力)を提示します。
(注):厳密には資質と能力の区別はつけられません。例えば、「リーダーシップを取る男性」を観測したときに、それが先天的(遺伝)か後天的(環境)かなんてわからないから。
2-1-1.Good Gene仮説
Good Genes仮説を一言で説明すると、「「優秀な遺伝子」は魅力的だよ」になります。例えば、「容姿端麗」(美)「高い知性」(知)「高身長」(力)などの要素が性的に魅力的です。
では、なぜ上記の形質が重要視されるのか。
答え方は2通りあります。
1つ目は、狩猟採集社会を生き抜くうえで役立つからです。特に、「高い知性」や「高身長」などの要素は生存に寄与します。
考えてみましょう。〈高い知性/低い知性〉、〈高身長/低身長〉のどちらが狩猟採集社会で生き残りやすいでしょうか。
両者ともに「前者」ではないでしょうか。後者の要素は、「知性を用いて狩猟に取り組めない」、「無鉄砲に社会規範を逸脱する」、「部族間の抗争で敗北する」、「狩猟で活躍できない」・・・などに繋がります。
しかし、それでは「容姿端麗」の要素を説明することはできません。
2つ目は、複数の女性からモテるからです。
Qどうして、先天的に優秀な要素はモテるのでしょうか。
Aそれはモテるからです。
これはトートロジー(同義反復)です。つまり、説明としては適切ではありません。が、これ以上の説明は浮かびません。
いわゆる、「卵が先か、鶏が先か」という問題です。卵から鶏が生まれてくるが、その卵を最初に生んだのは鶏だ。じゃあ、一体、どちらから先に生まれてきたんだという哲学的な問いに衝突します。
実際に、「容姿端麗」などの「美」に関しては効果的な説明がなされていません。
過去には、容姿端麗と健康には相関関係があると提唱されていましたが、昨今では否定されています。だから、どうして美的な要素が選択されてきたかどうかは分かっていません。筆者はR.プラムの議論やハロー効果(イケメンに凄さを感じるバイアス)に鍵があると思っています。
このように、先天的に優れた形質が好まれるのは①狩猟採集社会で生き残りやすいから②複数の女性からモテて繁殖しやすいからです。
2-1-2.Good Dad仮説
続いて、「Good Dad仮説」です。これは「女性とその子どもを支えてくれるような性質が魅力的だよ」と纏められます。
例えば、妻や子どもに精神的にコミットしてくれそうな「誠実性」「献身性」「協調性」などが好まれます。いわゆる「男の甲斐性」などもここに該当します。ただし、「経済力」は含みません。むしろ、それは「Good Investment」の要素に該当するからです。
これらの要素が好まれる理由は、コミットメントしてくれる旦那がいなければ狩猟採集社会を生き残ることも、繁殖することもできなかったからです。
狩猟採集社会は極端な平等主義を取っていました。つまり、独裁者が登場して構成員を支配することはありません。狩猟でハントした獲物は平等に分け与えていたと言われています。しかしながら、有事が起こったらどうでしょうか。
例えば、部族自体が敵によって攻撃される、獣によって蹂躙される、自然災害によって部族に危機が迫る・・・など様々なリスクがありました。
我々の想像力でも分かるように、有事の際には優先順位が付きます。〈仲間よりも家族〉ですね。その際に、女性にコミットしてくれる男性がいなかったらどうでしょうか。女性も子どもも弱い存在です。すぐに死んでしまいます。だからこそ、献身的な旦那が必要です。
このように、進化心理学の観点から性愛を考察するとこのようになります。今回は概略ということで雑多なものですが、基本的な認識は伝わったと思います。
2-2.社会学の立場
他方で、社会学の観点に立つと、性愛とは文化(性規範・社会規範)の内面化によって生じる現象といった捉え方になります。
規範(ノーム)とは硬い表現ですが、「~すべき」などの体系のことを指します。確かに、「学校では真面目に授業を受けるべき」や「社会人は仕事に精を出すべき」などの様々な「べきの体系」がありますね。それが規範です。
さて、ここでは性愛の文脈に寄せて、べきの体系である「男らしさ」と現代社会を特徴づける「ロマンティック・ラブ・イデオロギー」について考えてみましょう。
2-2-1.男性性とは
現代の日本で「男らしい」と観念されているものはなんでしょうか。
これについて考えるときには注意が必要です。というのも、自身を「男らしい」と思いたがる人が一定数いるからです。そのため、自分にとって都合のいい要素を選択的に男らしさとして解釈しがちです。例えば、サラリーマンは「経済力」を重視し、反社会的存在は「物理的暴力」にそれを見出すでしょう。
そのようなチェリー=ピッキングを避けるため、「男らしさ」に関する研究を参考にしましょう。
まず、フェミニズムの文脈では伝統的な〈男/女らしさ〉が批判されており、特に前者はToxic Masculinity(有害な男らしさ)として語られることが多い。例えば、暴力や暴言で事態を収拾させようとすること、男性らしくない行為(ピンクが好き、童貞、可愛いものが好き)を侮蔑することです。
続いて、大石・北方(2013)は、アンケート調査の結果から「男らしさ」を5つの要素に類型化しています。(N=419)
- 「社会的望ましさ」(クール、協調性、人望がある、努力家、度胸、根性など)
- 「見た目のよさ」(ルックスが良い、スーツが似合う、若見えするなど)
- 「個性」(個性や夢、チャレンジ精神があるなど)
- 「豪快さ」(力持ち、豪快、硬派など)
- 「精神的強さ」(弱らないなど)
最後に、ゴリラクリニック(2021)の調査を見てみよう。(N=826)
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過去と比較して、「優しい」が1位にランクインしています。ただ、これは実感としてはどうでしょうか。筆者の肌感覚や上記の研究などとは整合が付きません。
憶測ですが、調査に参加した人が偏っているのだと思います。対象者が当該クリニックのサイトの閲覧者の場合、美意識の高い人が回答をしています。いわゆるゴリゴリに男らしい人は参加しておらず、結果的にそうなったと解釈できます。
このように、社会学では統計やフィールドワークなどを用いて現代社会を分析します。そのため、進化心理学よりも実証的かつ現代社会の様相を把握するうえでは欠かせません。
2-2-2.ロマンティック・ラブ・イデオロギー
つづいて、現代社会の構造として「ロマンティック・ラブ・イデオロギー」が議論の対象になります。これは近代社会以降で〈恋愛・結婚・生殖〉が一体化したことを指摘する議論です。
確かに、日本も昭和時代以降は「お見合い結婚」ではなく「恋愛結婚」が多数派を占めるようになりました。しかし、結婚と生殖が重ならない「DINKs」や結婚と生殖が関係ない「セックス・フレンド」、恋愛と結婚が結びつかない「旦那のATM化」などの事象が存在します。
正直、社会学における性愛の議論は周回遅れです。実際に、この領域はあまり発展していません。というのも、社会学の概念だけで迫ることは難しいからです。
とはいえ、有用な理論や概念はいくつもあります。例えば、社会化という理論です。これは、ヒトは文化(社会規範や言語の体系)などを学習することで人間になるという理屈です。確かに、野生児は人間になれません。言語の習得には期限があり、それを越すと母国語ですら習得できないことが明らかになっています。(cf.アヴェロンの野生児)
社会化の理論は性愛の文脈でも利用できます。例えば、「好きな異性のタイプ」や「理想の恋愛の在り方」は育ちあがりの影響を受けると言われています。そのため、それらをハックして戦略的に自己をアピールする方法を考えることができます。
ちなみに、A.ゴフマンは「自己呈示」や「印象操作」の概念を提起しており、それらは人間社会に普遍的に観察されると指摘しています。
結論
このように、本稿では性愛へのアプローチの方法として「進化心理学」と「社会学」を挙げました。筆者は先天的な要素は動かしがたいが、後天的な要素は可変的であると考えます。なぜなら、少数ながらもそのような例が存在するからです。
確かに、我々の大部分は遺伝子によって規定されています。R.ドーキンスの比喩を用いれば「レシピ」があるわけです。しかし、料理(特にお菓子作り)の味は多少の火加減や匙加減によって変わります。
「遺伝子の奴隷」になっていいのだろうか。筆者はそうは思いません。ホモ=サピエンスには後天的に自己や環境を改変する「理性」があるため、そのオプションを使い倒して「よりよき生」を歩むべきです。
P.S.
上記した文章は、筆者の揺るぎないポジションである。しかし、近年は「臨床的進化心理学」の立場を表明している。つまるところ、進化心理学を性愛の文脈で最大限活用した実践について思索を深めている。
恋愛をめぐる言説は主観的なものが多い。それらの個々の実践を抽象的にまとめげ、本質を提示することが課題である。別稿を待たれよ。