AIは若者の仕事を奪うのか――失業率では見えない「第二の就職氷河期」
AIによる雇用への影響を語るとき、よく「失業率」が指標として使われる。
しかし、本当に見るべきなのは失業率なのだろうか。
日本には、その答えを考えるための過去の経験がある。
それが、就職氷河期だ。
氷河期の問題は「仕事がなかった」だけではない
就職氷河期について、
「若者の失業率が高かった」
という説明だけでは、本質を捉えきれない。
より重要だったのは、
若い時期にキャリアを形成するための仕事に入れなかったこと
だった。
22歳で正社員として企業に入り、仕事を覚える。
25歳で一人前になる。
30歳で中堅になる。
35歳で専門職や管理職になる。
こうしたキャリアには、最初の数年間に「経験を積む場所」が必要になる。
ところが、その入口が狭くなった。
正社員になれなかった。
非正規雇用になった。
希望する職種に就けなかった。
教育やOJTを受ける機会が少なかった。
すると数年後、
「経験がないから採用されない」
という問題が発生する。
つまり、
22歳の雇用問題が、30歳、35歳のキャリア問題に変わってしまう。
これが就職氷河期の非常に重要な部分だった。
AI時代にも同じ問題が起こる可能性がある
ただし、AI時代には別の形で起こる可能性がある。
企業がAIを導入すると、
- 資料作成
- データ整理
- 簡単なプログラミング
- 調査
- 翻訳
- 顧客対応
- 書類作成
- 定型的な分析
など、これまで若手社員が担当していた仕事が減っていく。
企業側からすれば合理的だ。
AIに任せた方が速く、安く、場合によっては品質も安定する。
しかし若者側から見ると、
「その仕事を経験して成長する機会」
が失われる。
失業しなくても「氷河期」は起こる
ここが一番重要だと思う。
若者が100人いたとして、
以前なら、
100人 ↓ 初級職 ↓ OJT ↓ 中級職 ↓ 専門職
というキャリアの階段を登っていた。
ところがAIによって、
100人 ↓ 初級業務の一部をAIが担当 ↓ 企業は若手を以前ほど必要としない ↓ それでも人手不足なので採用はする ↓ しかし、若手に任せる仕事が少ない
となったらどうなるか。
失業率には、ほとんど問題が現れないかもしれない。
若者は会社にいる。
給料ももらっている。
しかし、
5年後に必要な経験を積めていない。
これが「失業率では見えない就職氷河期」になり得る。
アメリカでは、その最初の兆候が見えている
米国では、22~25歳の若年労働者について、AIへの露出が高い職種ほど雇用が弱くなっている。
特に経験の浅い労働者への影響が大きく、経験を積んだ労働者よりも若年層の雇用が弱くなる現象が確認されている。
重要なのは、
「AIによって全世代の雇用が消えている」わけではない
という点だ。
むしろ、
若者が入るはずだった入口が狭くなっている。
これはキャリア形成という観点から見ると、失業率より重要な変化かもしれない。
「AIが若者を失業させる」より怖いこと
本当に怖いのは、
若者を採用しなくなることだけではない。
さらに怖いのは、
上級者だけがAIを使って生産性を上げ、初級者が育つ場所がなくなること
だ。
例えば、
シニアエンジニア1人 +AI
で、以前のシニア+ジュニア数人分の仕事ができるようになったとする。
企業からすれば合理的だ。
しかしジュニアはどうやってシニアになるのか。
昔なら、
ジュニアとして仕事をする ↓ 失敗する ↓ 先輩に教えてもらう ↓ 経験を積む ↓ 中級になる ↓ シニアになる
という流れがあった。
AIによってこの「ジュニアの仕事」がなくなれば、
シニアは存在するが、次のシニアが育たない。
これは企業自身にとっても長期的な問題になる。
日本はアメリカと少し違う
ここが非常に面白いところだ。
日本では若者そのものが少ない。
少子化によって若年労働力が縮小しているため、企業はAIを導入しても、
「若者を大量に解雇する」
という形にはなりにくい。
むしろ、
人手不足だから若者を採用する。
しかし、
AIによって若者に任せる仕事が減っている。
という状況が起こり得る。
つまり日本では、
「仕事がない」
ではなく、
「仕事はある。しかし、キャリアを形成できる仕事が少ない」
という形になる可能性がある。
これは就職氷河期とは似ているようで、少し違う。
氷河期世代との違い
就職氷河期:
求人が少ない ↓ 就職できない ↓ 非正規化 ↓ 経験が積めない ↓ その後のキャリアに影響
AI時代:
AIによって初級業務が減る ↓ 若者を採用する必要性が低下 ↓ しかし人手不足なので採用自体は続く ↓ 若者は会社にはいる ↓ しかし経験を積む仕事が少ない ↓ 中級・上級人材が育たない
つまり、AI時代の問題は、
「失業する氷河期」ではなく、「働いているのにキャリアが形成されない氷河期」
になる可能性がある。
ドイツが比較的違う理由
この問題を考えると、ドイツの職業訓練制度が非常に興味深い。
ドイツには、
学校 ↓ 企業での見習い ↓ 職業学校 ↓ 資格 ↓ 熟練職
というデュアル職業訓練の仕組みがある。
つまり、ホワイトカラーの初級職がAIによって縮小しても、若者が技能を身につける別のルートが存在する。
もちろんドイツもAIの影響を受ける。
しかし重要なのは、
「若者が経験を積む仕組みを社会として持っている」
ことだ。
AI時代には、この違いが大きくなる可能性がある。
日本もまた特殊だ
日本は逆に、
- 若者が少ない
- 人手不足
- 新卒一括採用が強い
- AI導入は欧米より遅れている
という条件が重なっている。
そのため、アメリカのように若者の失業率が急上昇するとは限らない。
むしろ、
「採用はする。しかし育成できない」
という別の問題になる可能性がある。
若者が希少だからこそ、
一人ひとりに十分な経験を積ませられるか
が重要になる。
若者が少ない社会で、若者のキャリア形成に失敗することは、単なる個人の問題ではない。
将来の、
- 熟練労働者
- 管理職
- 専門職
- 起業家
- 消費者
- 納税者
を育てられないという問題になる。
だから「若年失業率」だけを見てはいけない
AI時代に見るべきなのは、
若者が仕事を持っているか
だけではない。
むしろ、
その仕事が5年後の自分を作ってくれるか
を見る必要がある。
例えば、
- 若年層の採用数
- 初級職の求人
- OJTの時間
- 若者の職種
- 初級職から中級職への移行
- 20代の賃金上昇
- 25~35歳の職種構成
- AI導入企業の若手比率
などを追う必要がある。
そして、ここでAIの使い方の問題に戻る
AIによって若者の仕事をなくすのではなく、
AIでベテランの事務作業を減らし、若者に教える時間を増やす。
これならAIはキャリア形成を壊さない。
むしろ、
ベテラン +AI ↓ 教育・指導に使える時間が増える ↓ 若者が仕事を覚える ↓ 若者の能力が上がる ↓ 新しいサービスが生まれる
という循環を作れる。
つまりAIは、
「若者を不要にする技術」
ではなく、
「若者を育てる余裕を作る技術」
にもできる。
AI時代に本当に問われるもの
AIによって仕事が減るかどうかだけを議論していても、本質には届かない。
重要なのは、
「AIによって人間の時間が浮いたあと、その時間をどこに投入するのか」
だ。
人を減らすだけなら、企業のコストは下がる。
しかし新しい仕事や市場が生まれなければ、社会全体の所得と需要は増えない。
そして若者のキャリア形成まで壊せば、将来の人材まで失う。
だからAI時代には、
AIで何人削減できるか
ではなく、
AIによって何人の人間を、より高度な仕事へ育てられるか
という発想が必要になる。
日本の就職氷河期が教えてくれたことは、
「若者は仕事がないときだけ傷つくのではない。キャリアを築く最初の数年間を失ったとき、その影響は何十年も続く」
ということだ。
AIが本当に社会を変える技術になるのか。
それとも、人間の仕事を高速で効率化するだけの技術になるのか。
その分かれ目は、AIの性能だけではない。
若者が次のキャリアへ進むための「最初の一段」を、AI時代にも残せるかどうか。
そこにあるのかもしれない。
