「恋は雨上がりのように」という"おっさんファンタジー"映画がある。
17歳のJKがバイト先の40代のしょぼくれたファミレス店長のおっさんに恋心を抱き、つかの間、急接近する——そんな気持ちの悪い作品だ。
2018年公開。原作はマンガ。アニメ版もある。それぞれ味わいは異なるけれどどれも傑作だと思う。映画版ではJK役を小松菜奈、おっさん店長は大泉洋が演じてる。
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かわいいJKと40代半ばのおっさんとの恋愛。こんなことはリアルでは発生しない。現実のおっさんはモテない。若い女の子に好意を向けられるとしたら頂き女子案件か美人局(つつもたせ)しかありえない。
だから、この作品はファンタジーだ。
いやホラームービーと言ってもいいかもしれない。
実際にもこの「恋は雨上がりのように」のストーリー構造は雪女のような怪談と似ている。ふたりの距離が縮まるイベントが発生するのはいつも雨の日。雨は非日常。非日常だから親子ほどの年齢差のある男女の恋愛(のようなもの)が成立する。
ある日の夜、雨にびしょ濡れになったJK小松が突然現れる。大泉店長をじっと見つめて「あなたのことが好きです」と告白する。女優・小松菜奈の表情はこの世のものとも思えないほど美しい。しかしその美しさは日常の裂け目から現れた幽界の女のようだ。
ふたりはデートで映画を見に行く。夏祭りで偶然、遭遇する。JK小松が大泉のアパートに来て束の間ハグをするとこまでいく。
でも、止まない雨はない。
いつかふたりは日常に帰還しなくてはならない。
この作品が単なる荒唐無稽なファンタジーではないのはここからだ。
大泉店長はしょぼくれたおっさんだけど実はバツイチで小学生の子供がいる。そして彼にはやり残した夢があった。若い頃はそこそこモテていたのかもしれない。一時的な性欲に駆られてミテコJKを即ったりしないだけの人生経験を持っている。母子家庭育ちのコミュ障で少しアスペなところがあるJK小松が自分に向けてくる恋愛感情などというものは、長い人生の途中に降られた通り雨に垣間見たイリュージョンだとわかっている。
本作のラストは見事な「放流」シーンで終わる。
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現実にはおっさん好きな若い女の子などいない。
一見、モテと類似したような現象が起きたとしてもそれは雪女や狐に化かされたたぐいの怪談だ。いやおっさんに好意を寄せてくる若い女の子の方が一時的にモノノケに憑かれているというべきか——。
でもおっさんになってからも長く女遊びを続けていればそんな若い女の子との遭遇はある。ワンチャンスがある。これを読んでいるおっさん、そしておっさん予備軍の人たちもそんなホラー体験が起きるかもしれない。そのとき、この映画の大泉店長のような大人の男らしい「放流」ができることを祈っている。
(2024.03.15)
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▼あとがき
このコラムはWebマガジンの『PM』誌に投稿したものです。
ものぐさな自分に執筆の機会を与えてくれた編集長の星さんに改めて感謝申し上げます。なお星さんはマッチングアプリのプロフィール写真の撮影者として極めて優秀な方でもあります。このコラムを読んだ"おっさん"の女遊びの武器として一度、写真撮影の依頼をしてみてはいかがでしょうか?
https://x.com/came_back_hoshi/status/1703709388572414100?s=46