一審無罪から懲役7年へ。富山の強制性交等致傷事件――「不同意性交」はどう認定されたのか
こめつぶ太郎
事件後のメッセージ、逃げなかった理由、記憶の曖昧さ。一審と控訴審の判決から、何が争われたのかを読み解く。
この記事では、2020年に富山で起きた強制性交等致傷事件(現在の不同意性交等罪に関連する類型)について、事件の経緯、双方の主張、判断が分かれた理由を整理し、最後に私自身の考えを述べます。
この事件の中心的な争点は、女性の供述をどこまで信用できるのかという点でした。また、不同意や強制性そのものを直接裏付ける決定的な証拠があったわけではありません。
では、そのような状況の中で、裁判所は何を根拠に一審の無罪判断を覆し、懲役7年という結論に至ったのか。判決の内容をもとに、具体的に紐解いていきます。
主な資料は『判例タイムズ』1528号142~158頁に掲載された判決と解説です。以下、頁数は同誌の誌面上の頁数を示します。本文には、判決に記された性暴力の具体的な内容が含まれます。
本文は「事実・経緯」「裁判所の判断」「筆者による解説」「筆者の意見」を区別して構成しています。判決の原文は引用ブロック、争点や判断の比較は表で示します。
1.事件概要
事実と裁判の結論
2020年11月21日、富山市内のホテルで、当時大学生だった男性が知人女性に性的な行為をした事件です。女性は拒絶・抵抗したと証言し、男性側は性交を否定するとともに、性的な行為には同意があったなどと主張しました。
一審は女性の証言に合理的な疑いが残るとして無罪としましたが、控訴審は証言を信用できると判断。暴行によって抵抗を抑えて性交し、けがを負わせたと認定して、懲役7年の有罪判決を言い渡しました。上告・異議申立ての棄却を経て、この結論が確定しています。(「怪我」と聞くと深刻な印象を受けますが、実際には合意のある性交でも生じ得る程度の非常に軽微なものです。)
出典:控訴審判決144~151頁、一審判決151~158頁、裁判結果の記載142頁。
2.事件の経緯
時系列|事件発生から判決の確定まで
最初に、裁判の流れを確認します。
| 時期 | 出来事 |
| 2020年11月21日 | 富山市内のホテルで事件が起きる |
| 2022年5月13日 | 富山地裁の裁判員裁判で無罪判決 |
| 2023年5月23日 | 控訴審で被告人質問。今回取り上げる報道記事は、この段階の記事 |
| 2023年7月13日 | 名古屋高裁金沢支部が一審判決を破棄し、懲役7年を言い渡す |
| その後 | 上告棄却、さらに異議申立ても棄却され、懲役7年が確定 |
2023年5月23日のチューリップテレビの記事は、控訴審の途中を伝えたものです。その後の同局の判決報道では、逆転有罪が伝えられています。
また、2024年3月29日のKNB NEWSの報道(ライブドアニュース掲載)は、最高裁が上告を棄却し、有罪が確定する見通しを伝えました。『判例タイムズ』1528号の裁判結果欄では、その後の異議申立ての棄却まで確認できます。
上告棄却の報道日と判決の確定日は別です。上の表では、資料から特定できない確定日を記載していません。
事実・経緯|ホテルに入るまで
男性と女性は、ボランティア仲間を通じた知り合いでした。事前にビデオ通話で話したことはありましたが、直接会ったのは事件前日の飲み会が初めてでした。
女性は終電を逃したため、知人女性が泊まっているホテルの部屋で、朝まで待たせてもらうことになりました。
ホテルに移動した後、男性、女性、知人女性、もう一人の知人男性の4人は、男性の客室で話をしていました。女性は、その部屋のベッドで眠ってしまいます。
午前4時ごろ、知人2人が部屋を出たため、男性と女性が残されました。
つまり、女性が最初から男性と二人で過ごすことを選んで、その部屋に入ったという経緯ではありません。
女性の証言と控訴審の認定|拒絶・抵抗
女性は、男性から抱き付かれた際に体を押しのけ、その後も嫌だ、やめてという趣旨の言葉を伝えたと証言しました。ズボンを脱がされないよう押さえたり、足を閉じようとしたりしたとも説明しています。
控訴審は、その証言を信用し、男性が女性の拒絶・抵抗を認識しながら、暴行を加えて性交したと認定しました。
「女性はまったく拒絶も抵抗もしなかった」というのは、男性側の言い分です。控訴審が認定した事実とは異なります。
なお、女性は性的な行為を受けたときには起きており、意識がありました。判決が扱っているのは、眠っている間の出来事だけを推測する事件ではありません。
出典:控訴審判決145~151頁、一審判決に記載された女性の証言153頁。
事実・経緯|翌日の受診と被害申告
- 女性は事件当日から友人にメッセージを送り、電話でも相談しました。
- 翌11月22日には病院の救急外来を受診し、産婦人科医に性被害と妊娠への不安を伝えました。医師の助けを受けて性暴力被害者の支援センターにつながり、同じ日に警察へ被害を申告しています。
- 診察では、新しい会陰裂傷が確認され、全治約1週間と診断されました。緊急避妊薬も処方されています。
- さらに、その後も心身の不調が続き、自律神経失調症や心的外傷後ストレス障害の診断を受けたことが、判決に記されています。
メッセージの言葉だけでなく、この一連の経過が、証言の信用性を判断する重要な材料になりました。
出典:控訴審判決146~148頁。
3.第一審
裁判所の判断|合理的な疑いが残るとして無罪
一審は、女性の証言には具体性があり、分からない部分を分からないと話す真摯さもあると認めていました。男性を陥れるような動機も、うかがわれないとしています。
それでも、主に次の点から、有罪と認定するには合理的な疑いが残ると判断しました。
理由① 自分を責めるメッセージが、同意後の後悔に見える
女性は事件後、友人に次の表現を含むメッセージを送っていました。
「ワンナイトしてしまった」
「盛大にハメ外してしまった」事件後のメッセージ。一審判決154~158頁の評価に関する原稿中の抜粋。
一審は、これを自分の意思でした性的な行為について後悔していると読むのが自然だとしました。そして、無理やり行為をされたという証言と合わず、同意があったという男性の説明に合うと評価しました。
理由② 逃げたり、大声で助けを求めたりしなかった点が不自然に見える
一審は、隣室に知人女性がいたのに大声で助けを求めなかったことや、男性と体が離れたときなどに部屋から逃げなかったことを問題にしました。
また、事件後に女性から男性へ電話できるか尋ねるメッセージを送ったことにも、被害の訴えとの違和感があるとしました。
理由③ 女性の記憶の曖昧さや説明の変化に疑問が残る
一審は、女性が行為の順序や自分の発言をはっきり覚えていない部分、抵抗の説明が変化していると見える部分を重視しました。
一方で、男性の説明にも具体性があり、信用できないとまではいえないと評価しました。
その結果、女性が証言する被害事実を、刑事裁判で必要とされる確かさで認定することはできないとして、無罪としました。

一審の無罪は、「女性がうそをついたことが証明された」という判断ではありません。犯罪の証明が十分ではない、という結論です。
出典:一審判決154~158頁。
4.控訴審
裁判所の判断|一審を破棄し、懲役7年
2023年7月13日、名古屋高裁金沢支部は一審の無罪判決を破棄し、懲役7年を言い渡しました。
控訴審は、一審の証拠の評価が、論理や経験に照らして明らかに不合理だと判断しました。
裁判所の認定|「罪となるべき事実」の原文
ここでは、裁判所が最終的にどのような行為を認定したのかを、判決本文の該当部分で確認します。以下は公訴事実、つまり検察の主張を紹介した箇所ではなく、控訴審が犯罪事実として認定した箇所です。
被告人は,別紙記載のA(当時25歳)と強制的に性交等をしようと考え,令和2年11月21日午前4時頃から同日午前10時頃までの間に,丙市〈省略〉□□ホテル*号室において,ベッドの上で横になっていたAに対し,背後から両手を回して抱き付き,仰向けになったAにまたがってズボンとパンツを脱がせた上,その両太もも又は両膝を左右に押し広げ,その膣内に手指を挿入するなどして陰部を弄び,更にAに覆い被さるなどの暴行を加え,その反抗を抑圧した上,Aと性交し,その際,上記暴行又は性交により,Aに全治約1週間を要する会陰裂傷の傷害を負わせた。
出典:名古屋高裁金沢支部2023年7月13日判決「罪となるべき事実」、151頁。誌面の改行と数字の表記を整理。匿名化された地名・ホテル名等は掲載表記に従っています。「午前4時頃から午前10時頃までの間」は発生した時間帯の記載であり、行為が6時間続いたという意味ではありません。
5.なぜ判断が変わったのか
判断を分けた、事件後のメッセージの評価
判断を分けた大きな点は、女性が事件後に送った、自分を責めるメッセージをどう読むかでした。
一審は、同意して行ったことへの後悔と読むのが自然だと評価しました。控訴審は、メッセージ全体、翌日の受診と被害申告、けが、当時の状況などを合わせて検討し、被害直後の恐怖や混乱、自責の気持ちの表れと評価しました。

この判決を理解する鍵は、一つの言葉の印象にとどまらず、証拠を全体として読むことです。
第一審と控訴審の比較
以下は、それぞれの判断を短くまとめたものです。判決の原文引用ではありません。
| 注目した点 | 一審 | 控訴審 |
| 自分を責めるメッセージ | 同意した行為を後悔していると読むのが自然 | 全体と経過を読めば、被害後の恐怖・混乱・自責として理解できる |
| 逃げず、大声で助けを求めなかったこと | 被害を受けたという説明には不自然な点がある | 恐怖、力の差、服装、部屋の状況などから説明できる |
| 女性の記憶の曖昧さ | 記憶の正確性に疑問が残る | 細部の曖昧さは、証言の中心の信用性を崩さない |
| 受診・被害申告・けが | 同意があっても説明できる面があり、決め手にならない | 一連の経過や医師の説明が、女性の証言を裏付ける |
| 男性の説明 | 信用できないとまではいえない | ほかの証言や受傷状況との不整合などがあり、信用できない |
| 結論 | 合理的な疑いが残り、無罪 | 一審の証拠評価に誤りがあり、懲役7年 |
出典:控訴審判決145~151頁、一審判決154~158頁をもとに整理。
6.証言・証拠の整理
当事者の主張|何が争われたのか
男性側は、性的な行為をしたこと自体は認めていました。ただし、性交をしたことは否定し、性的な行為には女性の同意があったなどと主張していました。
争点を整理すると、次のようになります。
| 争われた点 | 女性の証言・検察側の立場 | 男性側の主張 |
| 性交の有無 | 男性との性交があった | 性的な行為はしたが、性交はしていない |
| 同意・抵抗 | 拒絶し、抵抗したのに行為を続けられた | 女性は拒絶せず、行為を受け入れ、協力する様子もあった |
| 男性の認識 | 女性の拒絶・抵抗を認識していた | 同意があり、仮になくても、同意があると誤信していた |
| けがとの関係 | 男性の行為によってけがを負った | けがを負わせたことなどを争った |
この対立を判断するうえで中心になったのが、女性の証言を信用できるか、男性の供述をどう評価するかという問題でした。

ここでいう「信用性」とは、その人の人格が立派かどうかではありません。語られた内容が、ほかの証拠や確認できる事実と合っているかを検討することです。
出典:控訴審判決144~145頁、150~151頁。
証拠の見取り図
次章では、裁判所の判断を次の5つの観点から整理します。
- 女性のメッセージ全体と、その言葉が発せられた状況。
- 逃げなかったこと・連絡したことをどう評価したか。
- 女性の記憶の曖昧さ・説明の変化が、被害の中心的な内容に及ぶか。
- 受診・被害申告・けが・医師の説明が証言と整合するか。
- 男性の供述が、知人2人の証言や受傷状況と整合するか。
7.裁判所が重視した点
読み解くポイントは、次の5つです。
ポイント① メッセージは、一部を切り出さず全体で読む
女性が送ったのは、自分を責める言葉だけではありません。
判決に記載されたメッセージには、次のような言葉もあります。
「すっごい怖くて,ショックで,文字に残ることに抵抗あって…」
「もし電話とかできるタイミングあったら,助けて欲しい」
出典:控訴審判決146頁。判決が記載したメッセージのうち、該当する2箇所を抜粋。
控訴審は、メッセージ全体には、恐怖、ショック、つらさ、病院や警察に行くことへのためらい、自責の気持ちが表れていると評価しました。
女性は、コロナ禍で職場から自粛を求められていたのに飲酒して終電を逃し、人の部屋で寝てしまったことに、自分の非があると考えたと説明しています。
控訴審は、こうした自責の気持ちは性被害を受けた人にも見られるものであり、被害を文字に残すことへの抵抗も踏まえれば、女性の表現は説明できるとしました。

「自分を責める言葉を使った」という事実だけで、「性的な行為に同意した」と結び付けることはできないのです。
出典:控訴審判決147~148頁。
ポイント② 逃げられるように見えることと、実際に逃げられることは違う
女性は、気付いたら男性と二人になっていたこと、隣室へ行っても知人女性が起きなければ行き場がなくなることなどから、その場にとどまったと説明していました。
その後、予想していなかった性的な接触を受け、抵抗しても力がかなわず、さらに暴力を振るわれるかもしれないという恐怖や無気力感から、十分に抵抗できなくなったと説明しています。
控訴審は、この説明を自然なものと評価しました。狭いシングルルームのベッドで、体格差のある男性と二人きりだったことや、下半身を裸にされていたことも考慮しています。
また、女性から男性への連絡についても、友人からの助言や、男性がどう受け止めているか確かめようとする気持ちなどに照らして、被害と矛盾する行動とは評価しませんでした。

ここで高裁が検討したのは、その状況、その心理の下で、逃げなかったことや連絡したことが、本当に証言を疑わせるのかという点です。
出典:控訴審判決148~149頁。
ポイント③ 細部の曖昧さが、証言の中心まで崩すとは限らない
控訴審は、被害の翌日でも、恐怖や混乱の中で記憶を十分に整理できていなくても無理はないと考えました。
女性の説明には、行為の細かい順番や、自分が何と言ったかが曖昧な部分がありました。しかし、高裁は、それが被害の中心的な内容まで疑わせるものではないと判断しています。
また、一審が抵抗の説明の変化と捉えた点についても、男性の手を体から離し、距離を取って拒絶したという説明として、実質的な食い違いはないと評価しました。

記憶が変わったように見える箇所は、何について、どの程度、どのように変わったのかまで確認する必要があります。
「曖昧なところが一つある」という指摘だけでは、証言全体をどう評価すべきかは決まりません。
出典:控訴審判決149~150頁。
ポイント④ 受診・被害申告・けがを、証言と結び付けて検討した
高裁は、女性が事件の翌日に受診し、性被害を伝え、緊急避妊薬を服用し、警察へ被害を申告した経過を重視しました。
診察時の強い動揺や、その後も続いた心身の不調、確認されたけがも、女性の証言と整合すると判断しています。

ただし、この部分を「病院に行けば被害の証明になる」「けががあれば同意がなかったと分かる」と一般化するのは正確ではありません。
高裁は、この事件の証言、医師の説明、受診時の様子、受傷状況などを合わせて検討しています。
けがについても、陰茎による性交だけで生じたと断定したわけではありません。性交そのもの、またはそれに付随する手指の挿入によって生じたけがであり、男性が犯行の際に負わせたものだと認定しました。
出典:控訴審判決146~148頁、151頁。
ポイント⑤ 男性側の説明も、ほかの証拠と合うかを検討した
控訴審は、男性の説明にも検討を加えています。
例えば男性は、眠っていて、気付いたら女性と二人になっていたという趣旨の説明をしました。しかし、高裁が信用した知人2人の証言によれば、その2人が部屋を出るとき、男性は起きていました。
高裁は、男性が、女性は自分の意思で二人きりの状況を選んだわけではないと認識していたと判断し、女性が同意していたとする男性側の大きな根拠が失われるとしました。
男性が説明した手指の挿入の仕方についても、医師の説明に照らすと女性のけがと合わないと評価しました。

ここは、「手指ではけがは生じない」という判断ではなく、男性が述べた具体的なやり方では説明が難しいという判断です。
さらに、女性の拒絶・抵抗の状況から、男性は同意がないことを認識していたと認定しました。弁護側の「同意があると誤信した」という主張も認めていません。
出典:控訴審判決147頁、150~151頁。
裁判所の判断|懲役7年の量刑理由
判決の「全治約1週間」という言葉は、会陰裂傷という身体のけがについての記載です。
高裁は量刑の理由で、女性が拒絶し、抵抗していたのに男性が行為を続けたこと、信頼していた相手から被害を受けた精神的な衝撃、その後も日常生活や仕事への支障が続いていることなどを挙げました。
そして、女性が部屋に残された経緯について、次のように述べています。
被害者は,本件当時被告人の部屋にひとり取り残されただけであり,その経緯に照らし,被害者には何ら落ち度は認められない。
出典:控訴審判決151頁「量刑の理由」。
懲役7年は、身体のけがの治療期間だけで決まった刑ではありません。高裁は、犯行の態様や心身への影響などを検討し、同種事案の量刑傾向も参照して、この刑を選びました。
8.筆者による解説
ここでは、判決に書かれた内容を踏まえた筆者自身の解説を記します。筆者の評価・意見は、次章に分けて示します。
言葉や行動を、具体的な状況と結び付けて読む
次の2つは、筆者が問題にしている見方の例です。当事者の証言や判決原文の引用ではありません。
「本当に嫌だったなら、逃げるはず」
「自分を責めているなら、同意したことを後悔しているのでは」
こうした見方が、性暴力を受けたという訴えの信用性を判断するときに入り込んだら、何が起きるのでしょうか。
判決を読むと、その違いは、女性の言葉をどこまで具体的な状況と結び付けて理解したかに表れています。
適用法の整理|「不同意性交等罪ができたから有罪になった」のではない
ここは、日付のために誤解しやすいところです。
控訴審判決が出た2023年7月13日は、不同意性交等罪などを定める改正法の主要部分が施行された日でもあります。改正の内容と施行日は、法務省の案内で確認できます。
ただし、この事件の行為は2020年のものです。高裁は、改正法の経過措置に基づき、改正前の刑法177条前段・181条2項を適用しています。
つまり、控訴審は、旧法の下でも、暴行によって女性の抵抗を抑えて性交し、けがを負わせた犯罪が成立すると判断しました。
この事件で一審と控訴審の結論を分けたのは、主として証言や証拠の評価です。
なお、改正後の法律も、少なくとも法制度上は、「後から嫌だったと言えば、それだけで有罪になる」という仕組みではありません。不同意性交等罪では、暴行や恐怖などの一定の原因により、同意しない意思を持つ・伝える・貫くことが困難な状態にさせ、またはその状態に乗じて性交等をすることなどが定められています。法務省の説明資料も、この点を平易に解説しています。
本件の適用法令の出典:控訴審判決151頁「法令の適用」。
刑事裁判の原則|立証責任は検察官にある
刑事裁判で犯罪を証明する責任は検察官にあります。少なくとも制度上は、被告人が自分の無実を証明できないことを理由に、有罪としてよいわけではありません。証明が十分でなければ無罪とする原則は、守られる必要があります。裁判所の刑事事件Q&Aでも、立証責任と無罪判断の関係が説明されています。
補足|『判例タイムズ』掲載解説の指摘
『判例タイムズ』の解説は、この高裁判決について、客観的な事実関係を重視しながら、女性の行動を被害者の心理も踏まえて検討した点に注目しています。
さらに、この事件は一審が裁判員裁判だったことから、裁判官と裁判員が、性犯罪被害者の心理について適切な理解を共有し、十分に議論できるかという課題も指摘しています。今後の事件では、心理を理解するために専門家の証言などを調べる必要があるかどうかも、検討課題になるとしています。
これは、掲載誌の解説が示した問題意識です。高裁が認定した犯罪事実や、この記事の筆者の意見とは区別しておきます。
出典:『判例タイムズ』掲載解説143~144頁を要約。
9.筆者の意見
以下は、筆者自身の評価と考えです。裁判所の認定や、判例誌の解説とは区別してお読みください。
まず明確にしておきたいのは、私は女性Aを責めたいわけでも、Aの申告が虚偽だったと断定したいわけでもありません。
こうした事件は、第三者のいない密室で起きることが多く、行為当時の状況を直接示す客観的証拠が乏しい場合があります。そのため、当事者双方の供述が重要な証拠となり、その信用性が大きな争点になります。一審と控訴審で証拠評価が大きく分かれ、無罪から懲役7年へと結論が変わったことからも、判断の難しい事件だと分かります。
私が特に問題意識を持ったのは、高裁がAの供述を信用する方向で評価した、早期の受診・被害申告・友人へのメッセージ・会陰裂傷・事件後の精神的不調・A自身の供述などを総合的に考慮し、有罪認定につなげた点です。
これらはいずれも重要な判断材料です。しかし同時に、それぞれ単独では「行為当時に同意がなかったこと」を直接証明するものではなく、虚偽申告という別の可能性をそれ自体で排除できるものでもありません。要するに、理論上はすべてが捏造できる可能性があるということです。
例えば、仮に行為の時点では、初めての経験への緊張や高揚もあり、自分の意思で性的な関係を受け入れていたとします。ところが、その後になって冷静に振り返る中で、「初めての経験を、この人に委ねてよかったのか」「相手は自分との関係を真剣に考えていなかったのではないか」といった後悔や怒りが強くなっていくことは考えられます。さらに、「利用されたのではないか」「自分は傷つけられたのではないか」と出来事の受け止め方が変化し、周囲に説明する過程で、その認識が次第に「自分は被害に遭った」という方向へ固まっていく可能性も否定できません。

「やっぱり嫌だった」と後から思うこと自体は自然です。ですが、事後の後悔だけを理由に刑罰を科すべきではありません。
もちろん、本件の女性Aが実際にそのような心理経過をたどったと主張しているわけではありません。ここで言いたいのは、行為当時の同意の有無と、事件後にその出来事をどう受け止めるようになったかは、分けて考える必要があるということです。
全治約1週間の会陰裂傷についても同様です。傷が確認されたこと自体は客観的な医学的所見ですが、事実として合意のある性交でも性器の裂傷は生じ得ます。したがって、会陰裂傷が存在すること自体から、不同意や強制性まで直接導くことはできません。(客観的に見て、全治約1週間という診断結果は極めて軽微な損傷にとどまります。)
事件後の精神的不調についても、患者の自己申告に基づいて発行される性質上、実務において診断書の取得は容易だと言えます。
高裁は、Aが被告人を陥れる虚偽供述をする動機が見当たらないことも、供述の信用性を支える事情として評価しています。
しかし一度周囲に被害を訴えたことで後から説明を変えにくくなる、自分自身の出来事に対する認識が時間とともに変化する、といった可能性も一般論としては考えられます。示談金目当てなどの動機も理論上は想定できます。
重要なのは、「明確な虚偽動機が見当たらない」という理由を、供述の真実性を保証するものとして過度に評価してよいのかという点です。
性暴力が極めて重大な犯罪であり、被害を軽視してはならないことは言うまでもありません。しかし同時に、無実の人が性犯罪者として逮捕・起訴され、長期間自由を奪われる冤罪もまた、取り返しのつかない重大な問題です。

特に逮捕の段階では事実が未確定にもかかわらず、実名や顔写真が全国報道で晒されてしまう社会的ダメージは計り知れませんよね。
だからこそ私は、被害申告を尊重することと、申告内容を厳格に検証することは両立させる必要があると考えます。
特に、後から不同意だったと申告したという事実だけで、行為当時の不同意まで当然に認定できる制度であってはならないと思います。人間が常に真実を語ることを前提にするのではなく、虚偽申告や認識の変化といった可能性も想定したうえで、綺麗事のない性悪説に基づいた設計が必要だと考えます。
10.まとめ
裁判所の判断の違いを振り返る
この事件では、同じ女性のメッセージが、一審では証言を疑う材料となり、控訴審では、全体として証言を裏付けるものと評価されました。
その違いを生んだのは、言葉を読むときに、当時の状況、心理、受診や被害申告までの経過をどう結び付けたかでした。
筆者の視点|言葉の背景にある出来事まで読む
私たちが事件の報道に触れたときにも、当事者の発言と裁判所の認定を区別し、一審の結論だけで止まらず、その後の判断まで確かめることができます。
そして、誰かの反応を不自然だと感じたときには、その人が何を恐れ、何に困り、何を伝えようとしていたのかを考えることができます。
被害を語る言葉を読むとき、私は、その言葉が発せられた状況まで見失わずにいたいと思います。
11.出典・参考資料
判決・判例誌
- 名古屋高裁金沢支部2023年7月13日判決、令和4年(う)第35号、強制性交等致傷被告事件。『判例タイムズ』1528号142~151頁。解説は142~144頁、判決本文は144~151頁。裁判結果欄は142頁。
- 富山地裁2022年5月13日判決、令和3年(わ)第42号。同号151~158頁に「参考・原審判決」として掲載。判決の主文・理由は152頁から。
- 判例タイムズ社・1528号の目次と書誌情報。本記事の判決の引用・要約は、同号の掲載本文を確認して作成しています。
報道
- チューリップテレビ、2023年5月23日「富山のホテルで当時25歳の女性に…強制性交等致傷罪に問われた元大学生の控訴審 被告人質問の詳細」。
- チューリップテレビ、2023年7月13日「一審無罪の性的暴行事件 控訴審で逆転有罪判決 名古屋高裁金沢支部」。
- KNB NEWS、2024年3月29日「性的暴行、逆転有罪確定へ 2020年富山市の事件」(ライブドアニュース掲載)。


制度の説明
- 法務省「性犯罪関係の法改正等 Q&A」「性犯罪に関する法律の規定が変わりました!」。
- 裁判所「裁判手続 刑事事件Q&A」の立証責任に関する説明。
資料の扱いと確認範囲
本記事では、報道上の発言、当事者の主張、裁判所の認定、筆者の意見を区別しました。判決の引用にある匿名表記は掲載資料に従い、比較表と説明文は筆者による要約です。最高裁の決定本文は本記事の参照資料に含まれないため、最高裁が個々の争点について述べた理由までは紹介していません。資料確認日:2026年9月29日。
