貧乏という病。

貧乏という病。

貧乏は病気だ。

貧乏は脳の病気だ。

貧乏は周りに移り、さらに貧乏を引き寄せ、重症化していく。

貧乏という病気になることで、

その状態を美化し、さらに貧乏をとなる考えになり、考えが行動になり、一生抜け出すことはできない。

本当は抜け出したい!と思っているのに、

病気のせいで脳が勝手に抜け出せない方向に進んでしまう。

はるぱるです。

大学生ながら月収100万円を超えていて新宿のタワマンに住み、

2021年は女遊びしまくって経験人数100人を超え

現在は最愛の彼女1人とぬくぬくし大学へ通うただの大学生です。(最高月収は400万円ちょっとです。その時はtipsの利益は280万円ほどでプラス150万円くらいはほかのやつです)

自分の欲(かわいい子とやりたい、黒毛和牛たべまくりたい、回らない寿司を食べたい、いい家住みたい、ハイブラかいたい)

は23歳にしてある程度では満たされたと思います。

しかしそんな自分も3年前までは、目の前のお金に困り一食100円くらしている限界大学生だった。

自分が貧乏であるというたったそれだけの理由で

罪のない子供の人生を壊し
みんなの送る青春を送ることもできず
将来に不安を覚えご飯にも手がつかない

そんな経験をしてきた。

貧しい、お金がない

たったそれだけの理由であなたのできる行動は狭まる。

約20年の間、「貧乏」という病気にかかっていた。

そしてその結果視野も狭くなり、短期的にしか考えれなくなりどんどん人が離れていく。

貧乏は病気だ。

これを見ているあなたには今すぐその病気を取り払ってほしい。

読んでいただいた方々からのコメント↓

はるぱるのこれまでの貧乏経験をここに記していく。

1999年、春ぱるは誕生した。

関東のそこそこの田舎で生まれた。(高層ビルはない)

当時はおそらくそこそこ裕福な家庭で第一子であったこともありかなり恵まれていた。

記憶はないがアルバムをみるとディズニーだったり北海道に旅行だったりしていた。

父は正社員で、母は専業主婦という典型的な家庭だ。

第一子だったこともありかなり丁寧に育てられて幼稚園はその地域の中でも一番の私立幼稚園に通っていた。

幼稚園に通いつつ、いわゆる英才教育のような感じで

当時から九九を習っていたり英語教室に通っていたり、水泳教室などなどあらゆる習い事を経験した。

僕はもともと体が弱くかなりひどいアトピーだった。

両親はアトピーを直そうといろんな病院を回ったり高額な治療費をかけていた。

それくらいには裕福な家庭だった。

そして僕は幼稚園児から小学生となる。

友達が野球を始めていて友達に誘われて野球をすることになった。

当時の自分は「おお!野球楽しすぎだろ。あんな風にホームランうつの気持ちよさそう」

と思い野球を始める。

これまで裕福で何不自由なく生活していた僕だったがここで何かがおかしいとわかる。

「自分のバットのスペック低くない?」

そう、

野球は道具のランクがわかりやすくわかる金のかかるスポーツなのだ。

「友達のあのバット使っててホームランばっか打っててうらやましい!」
「なんで自分はこの一番安いバットなんだろう」

もっと野球がうまくなりたい、ホームランを打ちたい、速い球を投げたい。

「もしかして家にはあんまりお金ないんじゃないかな」

と小学生ながらに自分の家はほかの家と比較したら貧乏なんだと理解した。

と同時に権力の偉大さも感じた。

というのは同じチームには地域で幅を利かせている不動産系の御曹司がいた。

彼は野球は正直そんなにうまくないものの親の影響力、権力があり狭い町だったので彼の家の影響力はデカかった。

野球はうまくないもののスタメンに選ばれピッチャーをしている。

「なんで俺のほうが速い球も投げられて抑えられるのに彼が」

そんなことを何度思ったことだろう。

子供の世界に大人の黒い権力を持ってきたようで、正直むかついた。

そのころ(小学4年生以降)からだろうか、父親は家に帰ってはテレビを脳死で見ながらビールを飲みほろ酔いになりリビングでタバコを吸うようになっていた。

小学生ながらにも「こんな風にはなりたくない」と思った。

母からは「ビールは一日一本までって言ったでしょ?」と毎日言われていた。

ビールも自分の小さい頃はスーパードライだった。

しかしそのころには麦とホップになっていた。

父と母は毎日いがみあっていた。

「もっと仕事しないさいよ。これじゃきついから」
「私も働くから。」

ある日の夜、なかなか眠れない夜にふとそんなことが聞こえてきた。

深夜2時ころだっただろうか。

「え、自分の家ってそんなにやばい状態なの。。」

幼稚園の時は何も気にせず暮らしていたのに、、、

そのころからだろうか、

近くのジャスコに行くにしてもだいたい19時半過ぎの半額になっているタイミング。

自分の食べたいものを選ぶと「それは高いからやめなさい」といわれる。

元々週1くらいで家族みんなで外食をしていたけど全くしなくなった。

家から笑顔が消えた。

食卓では一触即発のような雰囲気を両親の間から感じ、ほぼ毎日口ケンカをしていた。

お金がないと笑顔が消える。

食べたいものも食べられない、ほしいゲームソフトも買えない、遊戯王の新しいパックも買えない、最新のバットも買えない

みんなは最新のソフトに最新のバットも持っているのに。

怠惰で言い訳の多い父、偏見で行動もしていないのにものを語る母。

貧乏は病だ。

安いもの安いものを求めてスーパーを時間気にせず回る。
ストレスがたまったら父はパチンコとタバコ、酒で解決。

マイナスのオーラ、どんよりとしたオーラがリビングを飲み込むのを小学生ながらに感じていた。

そして僕の考えも貧乏マインドになっていた。

いつも安いものを探し、セール品を見つけ安く買えたことを自慢。

遊戯王のカード買いまくっても結局は現実世界で使わないから意味ない。

高いバットより安いバットで成果を出すのが本当の野球のうまさだ。

と自分の欲を押し殺して素直になれずケチであることを良しとし、それにより友達から除外され孤立していた。

「そんな無駄な時間つかって何になるの?」

と思い素直な欲を押し殺して自分を保っていた。

お金がなくてまわりのみんなとゲームや遊戯王ができず輪に入ることができず孤立していた。

そんな僕は中学では友達ができず放課後にクラスメイトとカラオケだったり、サイゼリヤにいくことすら一度もなかった。

貧乏である、お金がないことで青春を送れない、卑屈になりどんどん友達が少なくなり孤立する。

ゲーム→そんなんしてんなら勉強しろよ
高級服→無駄使いだろ
カラオケ→そんな無駄な時間と金使う意味www

そのくらい卑屈だった。

 自分の現状に不満をぶつけ素直になれず卑屈になっていた。

中学では野球部に入っていたが身長も低く万年ベンチ。

大好きだった野球も失い友達もおらずボッチだった自分は、居場所を勉強に求めた。

ひとりで誰にも邪魔されず成績が良ければ先生に褒められる勉強は自分にとっての居場所だった。

僕は勉強に入り込み先生からアドバイスされ「漢字検定」を受けることにした。

級をとることに400名くらいの全校集会で名前を呼ばれ優越感を感じた。

そして僕は中学三年生で漢字検定2級(高校三年生レベル)を取得した。

当時漢字検定2級をとるのは学年でも2,3人くらいだった。

全校集会で名前を呼ばれ「おおお!」という声。

心地よい優越感を感じ、さらに勉強にアイデンティティを求めた。

その結果、僕は地域では一番の高校に合格した。

偏差値でいうと60ちょっとくらいの高校だ。

高校に入りさらに家庭が悪化した。

母はこれまで父の仕事を手伝っていただけだったが、それだけでは足りず

近くのファミレスで深夜2時まで働き始めるようになった

おそらく父は自分が小学生を上がるくらいの時に会社からリストラされた。

そして自営業となり家族4人を支えてた。

しかし支えきらなかったのか母も父親の仕事を手伝う。

高校に入るときはそれでも家計を支えられなくなり深夜のファミレスで働くようになった。

ある日妹からこんな話をきいた。

謎の男「(ゴンゴンどんどんドアをたたく音)○○さん!まだですか?いつになったら用意できるんですか?」
母「ごめんなさい。もう少し待ってください。」

自分はこの話を聞いたとき自分の将来が一気に暗く見えた。

まるで長い長いトンネルのように。

高校卒業して働いて一生お金に追われないといけないのか。
このままじゃ自分の未来はお先真っ暗。

お母さんは激務で一日中働き、父は20時くらいに家に帰ってきてテレビを見ながらビールを飲みタバコを吸い仕事の愚痴を言っている。

いつしか自分は両親を「反面教師」にしていた。

「高卒で社会のレール乗り、現状に不満を垂れ流し、やったこともないことを批判してると人生こうなってしまうのか。」

そして

「俺は絶対こうなりたくない。」

と思った。

当時、高校一年生の半ばだった。

そしてこの現状、将来を変えるには勉強して

「高学歴、高収入リーマン」

になるしかないと思った。

そうすれば年収1000万円を超えてお金に不自由なく、

毎日好きなものをスーパーで買ってカートに入れられ、外食も好きなだけ行けるようになり、女にもモテモテになり、両親の借金を肩代わりでき

すべてを解決できると思った。

そのためには高学歴になるしかない!

と思い高校一年生の1月から受験勉強を始めた。

やるなら日本で1番を目指したいと思い最初の第一志望は

東京大学理科三類

だった。

しかしどれだけ数学を勉強しても偏差値は50以下。

これは無理だ。

と思い、第一志望を数学や理系科目のない私立大に定める。

その中でもトップの早稲田、慶応まで絞る。

しかし「慶応ってお金もちしかいけないところだよな」

そう思い「早稲田大学」を第一志望にした。

当時の自分の頭の良さは

学年で真ん中くらいだった。

河合の模試で

英語偏差値:53
国語偏差値:45
数学偏差値:45

くらいだった。

早稲田に合格するには偏差値をあと20はアップさせないと合格できない。

目標英語偏差値:70以上
目標国語偏差値:65以上

このままじゃ全く合格できない。

このままの自分だと「残りの50年以上の人生がお先真っ暗」になる。

そう思い必死に勉強した。

英単語帳だと10冊くらい勉強したし、
通学の際はイヤホンでひたすら英語のシャドーイング
授業中でも平気で内職したり、
昼休みもいつも一人でご飯を食べながら英語の問題を解いたり

していた。

お金がないのでもちろん学食も食べることはできない。
そして放課後に友達とカラオケだったり外食もしたことない。

そのくらいお金がなかったし必死に勉強した。

そうこうしてたら高校二年生の9月頃には偏差値でいうと

英語偏差値65
国語偏差値58

くらいになっていた。

「いけるぞ!これはいけるぞ!早稲田合格してやる!」

「俺は早稲田に行く!」

と当時のクラスで宣言していた。

もう合格するしかない環境を作っていた。

落ちたら人としてくそダサい。

そのくらいまで追い込んでいた。

そして僕は当時入っていた弓道部を高校二年生の2月にやめた。

顧問からは去り際に「お前はそんなんじゃ合格できないからな。」と言われた。

「必死に頑張ってる人にそんな心無い言葉をかけるのが先生の役割か。くそだな」

と思った。

その先生は進路指導室の偉い人だった。

自分の道を進み突き進む人に世間の風当たりは冷たい。

しかしそんなの気にするな。

結局は行動できてない勇気のない自分を肯定して守っているだけだからだ。

高校二年生の僕は部活をやめ独学で勉強し早稲田に合格することにした。

これであとは勉強するだけだ!

顧問の先生や過去に俺のことをかねないってことだけで下にみてたやつ全員見返す。

俺が一番成り上がってやる。

そのためにこの高校で一番の成績をたたき出す。

燃えあがっていた。

そして僕は何として確実に早稲田に合格するために、予備校に通いたかった。

そこで母親にそのことを相談した。

はるぱる「本気で早稲田受かりたいから予備校行きたいんだけど」
母「ごめんね。予備校どころか大学なんて通わせられないよ。大学行くにはいくらかかると思ってるの?大学行かないで卒業して働いて」
はるぱる「え、、ここまで勉強したのは何だったの、、、」

衝撃の言葉だった。

今でもはっきり覚えている。

「じゃあどうすればいいんだよ!!!」

しかし背に腹は代えられない。

無理を言って強引に勉強しまくった。

勉強しているときは将来の不安、親への不満すべてを忘れることができた。

22時に寝て4時に起き英語の音読から一日をはじめ学校に行く際もひたすら英単語を勉強した。

学校でも内職して古文をやったり、世界史を覚えたりしていた。

そうしていたら母が

「現役で予備校なしでなら早稲田受けてもいいよ」

と言ってくれた。

塾に通わずに独学で、現役で合格しないと早稲田にいけない。

それしか自分の人生を救う方法はない!と当時の自分は思い、

1年で4000時間勉強した。

1日にすると10時間以上だ。

夏休みの40日は1日しか外に出なかった。それも模試で外に出た時だけだ。

それ以外は朝4時から夜22時過ぎまで勉強していた。

長い時は1日17時間、18時間も勉強した。

そしてその結果

受験前には

英語偏差値75
国語偏差値67
世界史偏差値68

(河合模試)となり早稲田もAーB判定となった。

当然高校の中でも私文で1番となった。

もう合格しかないでしょ。

というレベルまで追い込み

無事に現役独学で早稲田に合格した。

世界が俺を祝福している。

とまで思った。

「お前は合格できない」といった進路指導部の顧問
みんなの送っている青春を捨てて英単語帳と向き合った時間
1日しか外出しなかった夏休み

すべてが走馬灯のように流れた。

高校三年生の3月。

その年に早稲田合格したのは高校から2名だけだった。

高校は公立だったが卒業生の会みたいなところから10万円をもらった。

学歴が良ければ得するとはこの事か。とまで思った。

自分のことを完全に全知全能とまで思っていた。

これでやっと貧乏な生活からも解放される!自分の未来は明るい!

と思っていた。

借金が500万円あるとも知らずに。

そして僕は大学に入学する。

家庭の経済状況は変わらなかった。

そのため一人暮らしなどできず、実家から大学まで通っていた。

往復で5,6時間高速バスと電車で通学した。

同じクラスの人たちはみんな一人暮らししているのに、、

さすがに4年間ずっとバス通学はきつい。

と思い学生寮を探した。

そして8月くらいだろうか、僕は奨学金財団の学生寮に引っ越すことになった。

家賃は2万円ほどで東京の西の方(23区外)にあった。

ここで自分の一人暮らし()生活が始まったのだが当然、

仕送りは一切なかった。

なかったとはいってもお金の仕送りは一切なしで、食料(ふりかけとかご飯)は送ってくれた。

当時は

天ぷら屋さんのバイト

をしていてそれで日々の生活を支えていた。

休日は1日9時間、朝11時から夜10時まで働いた。
平日は学校終わりにすぐに働きに行った。

大学に行きながら月10万円くらいはそれだけで稼いでいた。

60歳くらいの学のないおばさんホールスタッフにこき使われ、おれはこうなるために早稲田に合格したんじゃねぇぞ。

なんでこんな思いしなくちゃいけねぇんだよ。

と思っていた。

よくよく考えれば当たり前のことだけどこれが社会だと。

お金がないのでモテたいけどかっこいい服も買えない、美容室にも行けない(帰省した時に父に切ってもらってた)、サークルの飲み会や合宿,ディズニーすらいけない

夢の大学生活。

毎日大学の仲間とキラキラ生活を過ごしウェイする予定だったが、またしても

「お金がない」

ということで孤立を極めた。

そんな中、当時の自分は受験勉強ばっかしていたのでDTで恋愛経験がほぼ皆無だった。

スタディプラスという勉強アプリであった女の子と会ったりして早稲田に合格したのを機に東京ドームシティデートもしたが振られた。

どうすれば告白を理論的に納得してもらえるかと思い、偏差値67だった国語を使いラインで文を送るほどの非モテだった。

理論で理詰めで納得させれば付き合ってくれるだろうと思ってた。

なんで高学歴で将来約束されているのに振られるんだ。

とまで思っていた。

話を戻すと、DTで非モテだった僕はまずは卒業したかった。

そこでまずはtinderをやってみた。

しかし全くマッチせずマッチするのは中国人の業者。

日本人のちゃんとして女性とはマッチしても返信がない。

俺ってそんなにモテない?

いや、これはtinderが悪いんだと思いタップルを始めた。

お金がなかったがどうしても卒業したかったので風俗に行くよりいいかと思い、4000円を支払い有料会員になった。

案の定まったくマッチしなかったが、1人ぶっ刺さった女の子がいた。

マッチするやいなやタイプ!と返信があり、とんとん拍子で進みその日に電話をすることに。

プロフィール写真もかわいくとんとん拍子で進んでいったので

「え、これってなんか詐欺じゃないよね?」

と思い電話をするも出てきたのはちゃんとかわいい声の女の子。

「ガチじゃん。なにこれ。チャンス?」

と思い電話を進める。

「私と付き合ってください。」

「え??何言ってるの?あったことなくない?」

「だから、好きです。付き合ってください」

むほぉぉぉぉぉ~!まじか!!!え、これ夢じゃないよね?

何度も確認した。

現実だ。

そして僕は一回もあったことないアプリでマッチしたLJKと付き合うことになった。

彼女は千葉の田舎に住む偏差値30後半のいわゆるDQNで恋愛経験も豊富なJKだった。

当時住んでた寮から彼女の家までは往復で5000円くらい交通費がかかり、

80キロくらい距離が離れていた。

電話で告白され翌日に千葉駅まで会いに行った。

「ほんとに大丈夫かな?なんか怪しいとこつれてかれないかな」

と思いあいに行くもいたのは写真そのままのLJKだった。

そして僕は彼女とカラオケに行き初めてのキスをした。

そのあとそのまま彼女の実家に連れてかれそこでDTを卒業した。

彼女の実家には彼女の両親はいなかった。

壁に穴が開いていた。

「大丈夫か?」と思った。

そんな感じではじめての彼女と交際が始まる

当時の春ぱるはいわゆる非モテみたいな感じで、

妹に彼女がいることを伝えたら

「なんでこんなかわいいこと付き合ってんの?絶対学歴目当てだよ」

というほどだった。

そして、当時の春ぱるは圧倒的恋愛弱者だったので彼女に尻を敷かれていた。

いわば「犬」だ。

彼女の機嫌を損なわないようにすべて彼女に従っていた。

僕には彼女しかいなかった。

彼女を失うとほかに女はいない。

当然お金がなかったので毎回彼女の家まで行くのは金欠になりそれを伝える。

そうしたらじゃ交通費といって毎回4000円くらいくれた。

当時大学に合格し非モテだった俺からすると

毎回4000円くれてヤレてそこそこかわいいLJKは神だ。

しかし完全に相手に上下関係をとられていた。

僕は初めて付き合ったDQNLJKにDVされていたのだ。

相手のいうことを聞かないと不機嫌になる子だった。

ある日は満員電車の中でいきなり「キスして」と迫られさすがにこの場所じゃ無理だろと思いしなかった。

そうしたらなんと

号泣しだしたのだ。

満員電車の中でキスを断られ号泣する彼女。

思い浮かべてほしい。

その時の自分は「この女やばいな」というよりも「あ、泣かせてしまった自分が悪い」というマインドだった。

今であればそんなことがあった時点ですぐさま別れて次に行くが当時はできなかった。

そして事件は起こる。

ある日その彼女とやっていた時のことだ。

彼女が、

「私のこと好きならゴムしないで。ピル飲むから」

というのだ。

当然ながら拒否した。

しかし彼女は何度もそういう。

さすがに従わざるを得なかったので僕はそのまましたのだ。

ピル飲んでという約束と子供は無理という口約束のまま。

のちにこれがはるぱるの人生を揺るがす事件となった。

もうお気づきの方もいると思うが、

そう、そのあと子供を産んだのだ。

「質問、お金ある?」

DQN彼女とはもうやっていけない、自分の精神が持たないと思い別れてから2か月後くらいにきたいきなりのLINE。

当然だが「え、いきなりどうした?」という言葉しか出てこなかった。

そして、

「まじか。もう遅いけど」

とライン。

「こいつ何言ってんの?まさか、、、」

そして送られてきたのは一枚の画像。

それは

赤ちゃんがおなかにいることを示すエコー写真

だった。

「は???、、、まさかこいつ。。。」

絶望、憤り、焦り、不安。

一気に押し寄せた。

「お金出せよ。逃げんじゃねぇぞ」

とラインが来る。

さすがにこれはまずいだろ。

とりあえず相手に応じ、渋々であるが相手の母と電話をする。

パ二くっていたので全く会話内容は覚えてない。

そしてこれは一人で解決できる問題ではないと思い、両親に相談をする。

しかし「こんなこと言ったら縁切られるかな。。」という心情で電話をかけるのに何時間かかっただろうか。

やっとの思いで電話をし事情を伝える。

母から出た言葉は予想外だった。

「その女が悪いんでしょ?逃げるしかないでしょ。養育費なんか払えるわけがない」

「おい、マジか。母よ」

予想外すぎる返答に腰を抜かした。

結婚するのも無理だしまだ遊びたいしお金なんてないから逃げるしかなかった。

そして当時大学2年生だった僕は元カノのラインを無視し、逃げることにした。

お金がなかったのでそうするしかなかった。

本当に申し訳ないと思ってる。

お金がないことで、罪のない子供を傷つけそして一度は愛した女性をも傷つけてしまった。

懺悔(ざんげ)とはまさにこのことだ。

悔やんでも悔やみきれない出来事。

あの時の自分にもっと金銭的にも精神的にも余裕があれば。

ひとりの人間を傷つけずに済んだのではないか?

そして今振り返るとその出来事がさらに僕の

「成り上がってやる」

という思いを加速させた。

お金がないと将来、

大切な子供を守ることができない
大切な女を守ることもできない
自分だけではなく大切な誰かに苦しい思いをさせてしまう

そう深く強く実感した大学二年生の6月頃であった。

それをきっかけに自分なりにいろいろと情報を探してまずは将来のためにインターンを始めたり就活に役立つということでtoeicの勉強を始めた。

インターンは貿易関係のインターンで英語を生かせるとのことで入った。

基本的には書類の作成や事務作業をしていた。

元々バイトしていた天ぷら屋もやめていたので、

それだけでは生きていけず、新しく大学近くの飲食店でバイトを始めた。

何かを学べるのでは?とおもってインターンを始めるもずっと事務作業。

ひたすら書類を作るだけの毎日。

これも社会経験になるだろうと思い半年続けた。

しかし「全く役に立たないな。」

これを続けても全然収入はいらないなと思いやめようかとおもっていた。

その時ふとyoutubeを見ていたら「学生でも稼げる仕事」というタイトルで動画が流れてきた。

思わず飛びつきその動画にかぶりついた。

そこでは

・プログラミング
・転売
・アフィリエイト

とお勧めされていた。

なんだかよくわからないなと思いながらさらに調べる。

どうやらプログラミングして何かを開発すると正社員以上の給料がもらえるらしい。

3か月で月収50万円!

まじか!と思い何からやればいいと調べまずは安く始められる

ドットインストールとプロゲートというサイトから勉強をはじめた。

まったく言ってることがわからずプログラミングスクールを検討してみた。

しかし費用が30万円くらいかかるとわかり「それは無理だ」と思い親に伝えてみた。

それなら今やってる無料のものを有料版アップグレードしてやってみれば?

そのお金は出すから。

と返ってきて一か月間取り組んでみるも挫折した。

まさしく何がわかんないかわからない状態だ。

受験時代の数学のように嫌いなものや無理だとある程度挑戦してわかったものはやらない主義。

そしてプログラミングをあきらめた。

次に僕は転売をやろうと色々なYOUTUBEを見た。

一回の仕入れで利益20万円!

え?そんなすごいの?と思いいろいろ調べていくも

当時住んでいる家は東京の僻地で仕入れをするのにそもそも仕入れ先が遠すぎるのと、発送だったりがだるいというのと資金がそもそもない(クレカすらなかった)ので断念。

「まじでこれ稼げんやん。どうしよう。」

と思ってた時にアフィリエイトに出会い当時2019年3月TOEIC965点を持っていたので

「これなら俺頑張れるかも!英語の勉強法について書こう!」

と思い2019年の3月にサイトの運営を始めた。

と同時に独学でサイトの運営は難しいと思ったのでウェブマーケティング系のインターンを探しヒットしたインターン(というよりコミュニティ的な)に所属。

そこはメディアを運営していて代表は学生起業出身で月1000万円以上稼いでいる人だった。

そしてその周りにいる人たちも大学生ながらにアフィリエイトで月100万円以上稼いでいたりしている場所だった。

これまで万年アルバイトをしていて月収10万円の仕送りなし限界大学生をしていた自分は目をキラキラさせていた。

「俺も一年後にはこの人たちみたいになれるのかな?!」
「俺、これで人生変わるかもしれない。」
「これで結果出せなかったらこの先40年以上も借金払い続けないといけないのか」

と思いそこからはひたすらに勉強しまくった。

そこのインターンは有給ではなく成果報酬型のインターンで自分が頑張った分が報酬として入る仕組みだった。

そのためこれ一本で最初は生活できないためこれまでの飲食店のアルバイトもしながらやっていた。

貿易関係のインターンはやめた。

2019年3月からはサイトの運営、ウェブマーケティング系のインターン、飲食店のアルバイトそして大学という生活だった。

サイトの運営(seoアフィリエイト)は収入が発生するまで

め~ちゃくちゃ時間がかかる。

やっとの思いでサイトを作ってもその記事が見られてそこで紹介している商品が売れないと収入は0。

1日10時間頑張って記事書いても誰にも見られないので収入は0だ。

これまでバイトで10時間働けば1万円が確実にもらえていたが、サイトの運営は違う。

自分が売り上げを生み出さないと永遠に貧乏なのだ。

時給脳、労働脳から抜け出さないと一生貧乏のまま。

自分が動かない限りは一生収入が入ってこないという仕組みに大学三年生の僕はそこで気づいた。

「バイトや正社員をしていても一生金持ちにはなれない。」
「時給でやとわれてるのは仕組みの上で動かされているだけ」

そしてこれを脱するには、痛みが確実に必要です。

今であればまずはSNSアフィリエイトから始めていったと思うが、(実際SNSアフィリエイトは元手なしで初月5万円以上は全然目指せる。詳細はhttps://tips.jp/u/haruparuSTR/a/zeromillion

当時はSEOアフィリエイトしかしらなかったためひたすらに記事を書いた。

意味の分からない単語(ワードプレス、ドメイン、H2などなど)と闘いながらも、3か月で13記事書いた。

しかし誰にも見られない。

3か月やって、3か月目に自分の13個の記事を見てくれたのは2317回だけだった。

月50万円以上の収入を出すにはおそらく30-50万回は見られる必要がある。

「3か月記事書いて稼いだ額が400円。。。」
「これ時給にしたら10円いや5円以下じゃん」

という毎日だった。

それでもこれは一瞬の苦労で、これを乗り越えればこの先40年,50年以上は労働から解放される。

と思いバイトもしながら記事を書きまくった。

検索で来てくれるだけじゃ全く収入にならないな

と思い、インターン先のSEOで月100万円以上稼ぐ人に聞きツイッターも同時にやっていくことにした。

お金を生み出すにはいかにして人を集まるかがまずは一番重要だ。

ツイッターは何をつぶやけばいいのかわからない状態から始めたが、自分のこれまでの英語の勉強法などを発信し着々とフォロワーを伸ばした。

そしてアドバイスされた通りにnoteを売ってみれば?ということでそのフォロワーさんに対して「勉強法」についてのnoteを売ることにした。

当時は売り方も、値段のつけ方も、文の書き方も全くわからない状態だった。

それでも売ってみたら、

3000円くらいの値段でその月は合計2万円ちょっと売れた。

これまでどんだけ記事を書いても400円しか稼げなかった自分からすれば大金だった。

アルバイト先は毎日学生のお客さんで混んでいて、こき使われる毎日。

学校の休み時間や授業中はひたすら記事を書いたりツイッターで発信をしていた。

そうこうしていたら大学三年生の9月になる。

そう。この時期は就活を始めるタイミングなのだ。

当時の自分の収入はアルバイトの収入とサイトの運営の収入と、記事の作成代行での収入だけ。

収入にすると8万円くらいだ。

就活をするか休学をするか。

よくよく考えれば休学をしてサイトを伸ばすことに力を注げばこけても新卒カードはあるよな?と思い休学を決意。

母にそのことをいうと

「なんで休学なんかするの?」
「休学したら就活できなくなるでしょ?」

と猛反対にあう。

よくよく考えたらそもそもお母さんって大学いったことないよな?

偏見と思いつき、みんながそうしてるからっていうだけで意見してるだけじゃん。

自分自身が経験していないことをほかの人にアドバイスするのはくそだろ。

と思いごり押しして何とか休学一年目が始まった。

大学の同期たちは就活を始める。

対して自分は大学を離れ一人でサイトを運営する。

しかし、休学をするにはもともと住んでいた家(奨学金の寮)を出ないといけない。

僕は新しい家を探した。

出てきたのは家賃4.5万円(ガス水道代光熱費、wifiこみ、家具付き)の4畳のシェアハウスだった。

シェアハウスとはいってもリビングはない。

共有部分はキッチンと浴槽のないシャワールームだけだ。

収入10万円あればぎりぎり住むことができるだろう。

と思い引っ越した。

これが休学貧困大学生活の始まりだ。

東京のドヤ街の近くのシェアハウスだからだろうか住人の層も悪い。

電話をしたら隣に聞こえてしまうくらい壁が薄く、部屋で電話をしようものなら

ゴンゴンと壁をたたく音が何度も響く。

「一気に稼いでここにいるのは1年だけだ。1年で抜け出す」

と思いパソコンをたたきまくった。

その時にはこれまでしていた飲食店のバイトはやめていた。

自分のサイトの記事を書くのと依頼された記事を書き生計を立てる生活。

その当時でも自分のサイト経由での収入は月3万円いかないくらいだった。

メインの収入は依頼されていた記事を書く生活。

収入でいうと月8から10万円だった。

しかし自分には自信があった。

受験時代に独学で1年間4000時間勉強し、早稲田に現役合格した

そんな俺なら月収50万円,100万円も同じようにやればいけるはず。

そして毎日10時間1.5万字くらい記事を書きまくってツイートをした。

ずっと一人で4畳の部屋でパソコンをカタカタしていた。

友人は大学に通っていて、もとからお金がないため遊べていなかったので仲のいい友人はいなかった。

誰とも遊ぶことなく朝起きたらすぐに記事を書く生活。

お金はないので一食100円生活だ。

間食で高いなぁと思いながらミックスナッツだったりを食べ、夕食はお茶漬けに近くの惣菜屋で買った揚げ物。

「あぁ、もっと旨い飯が食べたい。」

そんな生活を3ヶ月続けた。

受験時代と同じように家からほぼ出ず毎日記事を書きまくったのに全く収益が上がらない。

年末になっても収入はライターのものを含めても9万円いかないくらいだ。

3月に初めて初めて半年しても月収は

サイト関連で24683円だった。

そしてライターで61870円だ。

時給なんて10円以下だ。

借金500万円を卒業後にずっと払っていく人生、
子供を産ませて罪のない人を気づつけてしまった後悔、
1年休学しても月収10万円以下、

「もしかして俺、このままいくとどん底?」

とふと年末年始に実家へ帰省した際に気づく。

「自分の進む方向間違えたかな。」

そしてなぜ結果が出なかったか自己分析すると、

「格上の人の言うことを全然聞いてなかった。自己流でやりすぎていた。」

これまで貧しくほかの人と関わることがほとんどなく自分で完結してしまった悪い癖だ。

いわば貧乏という病気が引き起こした罠だった。

「ここまでうまくいっていない自分の考え方で何か手を動かしても確実に失敗する」

そして僕は

・自分が無能であること
・貧乏であること
・プライドが高く言われたことをやってないこと

を認識し、徹底的に格上のいうことをまずは聞いて行動することにした。

ここまで来るのに自分で稼ぎ始めてから10か月かかっていた。

そしてもともといたウェブマーケティング系のインターン会社のもとへ戻った。

そこは2019年9月頃にインフルエンサー関連の事業を始め、軌道に乗っていたとのことだった。

一緒のタイミングでその会社に入った同期がすでに20万円稼いでる

と聞き「まじか。対して俺は2万円ちょっとしか稼げていない」

と思い自分のこれまでは何だったんだと猛省しサイトの運営を完全にやめ、その事業に参加することに。

競合はどのように収益を上げているのか何がネックなのか分析。

毎日営業しまくり、メールや電話したりで相手が深夜3時くらいが都合いいと言ったらその時間でも対応するくらい仕事をした。

ほんとに毎日仕事しまくった。

今の自分の生活から抜け出したい。みじめだ。

奨学金も返せないし休学1年しているのに何してるんだ。

この狭い部屋も毎日同じ食事も美容室もいけない状態もすべて抜け出したい。

必死の思いで毎日電話やメッセージ、仕事をして初月は2万円弱の収益。

2か月目は8万円弱。

自分がこれまで半年以上やっても到達できなかった8万円をたった2か月で。

そして3か月目にはなんと

186368円

の収入に!

「おお!これで正社員の初任給レベルで稼げるようになった!!」

そのころにはサイトの収入も全く手入れしていないのに伸びていて

合計の収入で

282824円

となっていた。

「おおお!このままいけば貧乏生活を抜け出せる!!!」

そしてその半年後、

月50万円以上の収入を優に達成し4畳の狭い部屋から抜け出し、

新宿タワマン大学生

となった。

その後は順調に収入を伸ばして、

2021年は女遊びにフルコミットし経験人数100人を超え、高級ホテルに泊まる、スーパーで食べたいものを値札見ないで買いまくる、顔の整形に100万円以上かける、ハイブランドの服を買いあさる

などなど自分のやりたいことはたいていなんのためらいもなくできるようになった。

これを書いている今現在では最高月収は更新し400万円ちょっとになっている。

23歳にしてはそこそこの収入だろう。(上には上がいるのでまだまだ上目指してます)

お金があると、人に会うのにもお金を気にする必要がなくなり余裕ができ深い仲になれる。

考え方もポジティブになりどんどん新しいアイデアが生まれ、プラスのオーラを発することでどんどん人にも恵まれる。

貧乏という病を治すことでどんどん人生が好転する。

そしてどんどん時間が増える。

自分ができないことややりたくないことをお金を使ってほかの人にやってもらうことでどんどん時間は増える。

実際に自分は23歳だがもう40歳くらいの生活をしているなと感じることはある。

お金があることでいろんな経験をすることができ、そしてそれがさらにお金につながる。

自分が仕送りなしの限界大学生から抜け出せたのは

・まずやってみること
・格上の考えをどんどん実践すること
・無駄なプライドを捨てること

のおかげだ。

自分が恵まれていない、貧乏である

ということを恨んでなんの行動もしないでは一生そのままだ。

死ぬ間際に「ああ、もっとこうすればよかったな」と思いながら死にたくないだろ。

ほかの人に嫉妬して自分のできなさを正当化する人生を歩んで何になる?

自分のできなさをいったん受け入れるのが本当の強さだ。

ps

こんな超長い記事をここまで読んでくれて本当にうれしい。

これが春ぱるの隠されし過去だ。

すべて実話。

この記事をきっかけにあなたの人生を見つめなおしすこしでも良い方向に進んでくれたらうれしい。

感想はいつでもお待ちしてます。

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この記事のライター

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