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「40歳、扶養内パートのままじゃいられないと思い始めた日」

Threadsに書いた本音

このnoteを書こうと思ったきっかけはThreadsに何気なく書いた、あの本音でした。40歳を過ぎてこれからの働き方を考えることが増えました。今は扶養内パート。働きやすい環境で、人にも恵まれていて、子どものことで休みやすい職場。「ありがたい」って気持ちは本当です。でも同時に決められた年収をを超えないように毎月数字を気にしてたった数百円の超過で夫の会社からもらえる扶養手当を返金になった現実にどこか虚しさも感じていました。来年は長女が大学生。このまま扶養内で働き続けて本当に大丈夫なんだろうか。そう思えば思うほど「じゃあ私は何ができるの?」という答えのない問いにぶつかります。特別なスキルも、誇れる経験もない。今さら挑戦なんて無理なんじゃないか。でも、このまま何も変わらないのも苦しい。Threadsに書いたのは解決策でも前向きな宣言でもなく、ただの正直な気持ちでした。そして「同じことで悩んでいます」「私も同じ立場です」そんな声をいくつももらってこの気持ちは私だけのものじゃないと知りました。このnoteでは答えを出すためではなくこのモヤモヤを言葉にして一度ちゃんと向き合ってみようと思います。同じ場所で立ち止まっている誰かの心が少し軽くなるようなそんな記録になれば嬉しいです。

第1章|40歳を過ぎて、急に現実が重くなった

40歳を過ぎた頃から今まで見ないふりをしてきたことが急に現実として目の前に現れるようになった。特別な出来事があったわけじゃない。大きな失敗をしたわけでもない。ただ、年齢の数字が一つ増えただけ。それなのに「このままでいいのかな?」という問いが、急に重くなった。20代、30代の頃は何となく、まだ大丈夫。まだ若いし先がある気がしていた。多少遠回りしても「時間はある」と思えていた。でも40歳を過ぎた今同じ言葉がもう自分を励ましてくれなくなった。体力も、正直落ちてきた。無理がきかなくなって疲れが翌日まで残るようになった。それでも毎日は待ってくれない。仕事、家事、子どものこと。気づけば「自分のこと」はいつも一番後回しだった。将来のことも前よりずっと現実的に考えるようになった。老後のこと。お金のこと。そして、子どもたちの未来。来年、長女は大学生になる。その事実を考えるたび、胸の奥が少しザワッとする。今の働き方でこの先もやっていけるのか。今の収入で子どもたちの夢を支えられるのか。「何とかなる」じゃ済まされない年齢に気づいたら立っていた。焦りがあるわけじゃない。でも見て見ぬふりはできなくなった。40歳を過ぎて感じたのは「終わりが近づいた」感覚じゃなくて「このまま進む覚悟が必要になった」という現実だった。この章を書きながら、同じように「急に重くなった現実」を感じている人がきっといると思っている。それは弱さじゃない。ちゃんと自分の人生と向き合い始めた証拠だと今は思っている。

第2章|扶養内パートという“安心”と“不安”

扶養内パートという働き方は私にとって「安心できる場所」だった。子どもが熱を出したとき学校行事があるとき「すみません」と言えば休める環境。早退や急な欠勤にも嫌な顔をされることはほとんどなかった。子どもを優先できる。それは、何よりありがたかった。「お母さんがそばにいる」その時間を守れることがこの働き方を選び続けてきた一番の理由だった。職場の人たちも本当にいい人ばかりでだからこそ、気づけば10年も働いていた。でも、その安心感の中で、ずっと心のどこかに引っかかっていたものがある。それは、「このままでいいのかな?」という違和感。扶養内だから働ける時間も、稼げる金額も決まっている。頑張りすぎないように。超えないように。増やさないように。本来なら前を向くはずの「頑張る」がここではブレーキになっていた。守られている。でも同時に見えない枠の中にきれいに収まっているような感覚。「これ以上はダメ」「そこまでで止めて」誰かに直接言われたわけじゃないのにずっとそう言われ続けている気がした。生活は回っている。大きな不満もない。それなのに心の奥では少しずつ息苦しさが溜まっていった。安心と引き換えに何かを諦めているような気がして。それが何なのかはっきり言葉にできないままずっとここまで来てしまった。扶養内パートは私を守ってくれた。でも同時に「ここから先へ進むこと」を怖くさせていたのも事実だった。

第3章|数百円超えて返金したあの日

それは、本当に些細なことだった。たった数百円。それだけの話。でも、その「数百円」が私の働き方を一気に虚しくさせた。夫の会社の扶養手当には「3ヶ月平均で◯円以内」という決まりがある。年間130万円以内なら大丈夫…それだけじゃ終わらない現実。月ごとじゃなく3ヶ月平均。多くてもダメ。少し残業しただけでもダメ。毎月電卓を叩いて「今月はいくらまでなら大丈夫か」を確認する。頑張ってるのに素直に喜べない働き方。去年の夏ほんの少しだけ超えてしまった。本当に、数百円。結果、夫のボーナスから扶養手当を返金した。申し訳なさと情けなさと言葉にできない気持ちが一気に押し寄せた。「私、何のために働いてるんだろう」頭に浮かんだのはその言葉だった。頑張らないように頑張って増えないように調整して超えないように気を張って。それでもたった数百円で「アウト」。働いた時間も気を使った気持ちも全部が無意味に思えた。悪いことをしたわけじゃない。ルールを守ろうとしていただけ。なのにまるで何か失敗したみたいな気分になった。その日「扶養内で働く」という現実が初めて重くのしかかってきた。数字に振り回される働き方。自分の価値が、金額だけで測られているような感覚。この出来事がなかったら私はまだ「まあ、仕方ないよね」と自分を納得させ続けていたと思う。でもこの日心のどこかではっきりと気づいてしまった。この働き方ずっと続けるのはしんどい。そして同時に「じゃあどうする?」という問いに答えを持っていない自分にも気づいた。だからこそこの数百円は私にとって大きすぎる出来事だった。

第4章|来年、長女が大学生になる

来年、長女が大学生になる。その言葉を頭の中で繰り返すたびに少しだけ胸がざわつく。嬉しくないわけじゃない。ここまで大きくなってくれたことは本当に誇らしい。しっかりした夢を持ちそれに向かって進んでいる娘の姿はとても輝いて見える。でも同時に、現実的なことが一気に押し寄せてくる。入学金。授業料。教科書代。交通費。今までとは桁の違うお金の話。これまでは何となく「何とかなる」で乗り切ってきた。でも大学進学はさすがにそうはいかない。世帯年収のことを初めて真剣に考えるようになった。今の働き方のままでこの先もやっていけるのか。扶養内で働き続けるという選択は家計を守っているようで実は限界もはっきりしている。収入が増えないこと。増やせないこと。頑張っても線を越えないように調整するだけ。このままでは見える未来があまりにも狭い。焦りがないと言えば嘘になる。「間に合うのかな」「今からでも、何かできるのかな」そんな気持ちが夜になるとふと顔を出す。怖いのは失敗することじゃない。このまま何も変えずに「やっぱり無理だった」と後から思うこと。扶養内という安心の中にいながら同時に未来がぼやけて見える。それが今の私の正直な気持ちだった


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「40歳、扶養内パートのままじゃいられないと思い始めた日」

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