この記事は2013年9月7日に初めて公開した文章です.その後の追記を含め,本文の内容・表現と図・写真を当時のまま掲載しています.制度・状況・製品に関する記述は執筆当時のものです.
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何事にも透明性と公平性が謳われる昨今,大学教員の採用も公募の形式がとられることが多くなってきている.もちろん,大学側が求めている研究分野・研究者像がハッキリしている場合や,強力なコネの力学が働けば,一本釣りやデキ公募もあり得るが,個人的には純粋な公募が多い印象だ.
そんな大学教員の公募であるが,(少なくとも数学・物理系では)現在は「圧倒的な買い手市場」である.その理由を一言で言えば,教員ポスト数に比べて大学院生・ポスドク等の数が多すぎるからだ.(2022年9月追記:海外との比較で考えれば,日本の大学の数が少ないわけではないから,教員ポストが少ないことより,博士の就職口が大学ぐらいしかないことの方がよほど問題である.海外では博士の就職口は沢山ある.)
かなりの数(数十~数百のオーダー)の応募書類を書き,ほぼ全ての大学から不採用を告げられ,いくつかの大学から面接に呼ばれ,そのうちの一つの大学からオファーをもらえば,例えその大学が何処のどのような大学であろうと御の字と考えなければならないのが現状だ.大学院を修了し苦労して博士号を取得しても,大学教員などのアカデミックポストに就けるのはほんの一握りの人々だからである.
博士が100にんいるむら(現在リンク切れ)
などは博士号取得者の悲惨な境遇を示したものとして有名だ.
さて,大学・高等教育機関をめぐるこのような状況は,まともな社会のそれとは言い難いが,大学教員を目指す研究者(公募戦士)としては文句を言っても始まらない.とにかく応募し続けることが肝要である.いやしくも社会構造を是正しようとでもするならば,晴れて大学教員になってからすればよい.さもなくば,いたずらに歳をとることになる.残酷・不条理だが,加齢は公募戦士にとって致命傷になりかねない.
公募戦士の心得として,「出したら忘れる」が鉄則と言われている.どんなに気合いを入れて応募書類を書いても,簡易書留の控えを受け取った瞬間から,応募したことは忘れ,応募したことが記憶の遙か遠くにあるかないかくらいの時期に不採用通知を受け取るくらいが丁度よい.一つ一つの採用通知を首を長くして待っているようでは,ハートがやられてしまう.忘れる為には沢山出すことも重要だ.(2013年9月26日追記:それでも「待ってしまう」のが人情である.)
出したら忘れるが鉄則であるが,出す前は知恵を絞らなければならない.例えば,日頃から大学における採用人事の仕組み,大学教育に関する一般的問題点などに関して情報収集をして,何らかの意見をもっておくことは必要だ.
