ご購入前に本記事は「AIを用いた数理研究の高度化・高速化の教科書」のTips版です.別媒体で公開している同名記事と主要な内容は共通です.既に購入済みの方は,重複購入にご注意ください.
冒頭と第1章で全体像を紹介し,第2章以降では環境構築,具体的な依頼文,研究・教育・日常業務の実践手順を扱います.AIサービスの利用料は記事の購入代金に含まれません.製品・料金の情報は本文に記載した確認日時点のものです.
生成AIは,研究者に答えを返す道具から,文献を読み,計算コードを実行し,図と原稿をファイルとして作る作業者へ変わりつつあります.数理研究では,テーマ候補の探索,解析,数値検証,論文初稿,理解のためのノート,投稿資料の準備までを,一続きの工程としてAIに先行させられるようになりました.これは単なる時短ではなく,限られた時間でも複数の着想を試し,見込みのない方向を早く捨て,有望な研究へ集中できるようになる変化です.
この変化が広がれば,投稿される研究の量と質は上がり,従来と同じ研究速度では相対的に不利になると筆者は予測します.一方,AIの出力には,架空文献,計算の誤り,条件の脱落,機密情報の流出,投稿規程との不一致があり得ます.したがって,速さを成果へ変える鍵は,AIへの丸投げではなく,AIが先行し,人間が節目ごとに制御する研究工程です.
本稿では,エージェント型AIの導入,継続作業のためのフォルダと記録,テーマ探索,解析と原稿化,自分用教科書による理解,独立検証,AI利用の開示,投稿前確認までを,実際の依頼文と図を用いて説明します.さらに,携帯デバイスからの継続作業と日常業務の委任により,研究時間そのものを増やす方法も示します.
本稿を読み終えた読者は,1つの研究テーマについて,AIに作業を先行させながら,何を任せ,どこで止め,何を自分で確かめるかを設計し,テーマ候補から検証済みの投稿原稿までを継続的に管理できるようになります.対象は,自ら査読付き論文を書いた経験があり,数式,計算,英文,文献を自分で確認できる理論系・数理系研究者です.採択,掲載,新規性,研究成果の正しさを保証するものではありません.
目次
- 第1章 AIは数理研究の何を変えたか
- 第2章 AIが継続して働ける環境を作る
- 第3章 テーマ候補から投稿前検証まで進める
- 第4章 研究時間を増やす
- 第5章 おわりに
- 謝辞
- 付録A.AIサービスの違いと料金
- 付録B.複数のPC・研究者で作業する場合
第1章 AIは数理研究の何を変えたか
1.1.答えるAIから,研究を進めるAIへ
「面白そうだけれど,勉強する時間がない」.そう思って閉じた論文や,途中のまま眠っている計算ノートはないでしょうか.筆者にも,専門から離れているため,長く手を付けられなかった題材がありました.AIと一緒に研究を進めるようになって,そのような問題にも取り組めるようになりました.
ChatGPT(OpenAI社の対話・作業用サービス)に質問し,説明を読んだり,英文を直してもらったりする使い方は,すでに身近かもしれません.本稿でご紹介したいのは,その先の使い方です.AIに資料を読んでもらい,計算を進め,図と論文原稿を作ってもらいます.そのために使うのが,ポイント(i) エージェント型AI です.
チャット(メッセージをやり取りする会話)が会話を中心とするのに対し,エージェント(目的に応じて道具を使い,結果を見て次の操作を選ぶ仕組み)は,道具を使って実際の作業を進めます.「この式をどう解きますか」と尋ねるだけでなく,「この式を解析し,数値計算と比べて,結果を原稿にまとめてください」と依頼できます.

図1.チャット型とエージェント型の違い.左は質問と回答の往復を中心に進めます.右は目的を伝えると,AIがファイルや計算の道具を使い,結果を確かめながら複数の作業を進めます.人間は成果を確認し,次の方向を伝えます.
図1のように,依頼を受けたAIは,研究フォルダの資料を読み,計算のコードを書いて実行し,図を描き,原稿のPDFまで作ります.人間は,でき上がったファイルを開いて確かめ,次の方向を伝えます.答えを読むだけだったAIが,研究成果物を作り,次の検討材料を残すAIへ変わったこと が,本稿の出発点です.
1.2.研究速度が競争条件になる
筆者は理論物理学の研究者で,AIの専門家ではありません.それでも2026年の今,AIはすでに多くの分野で,共同研究者へ頼んでいた作業の一部を担う水準に達したと感じています.論文を読み,計算を進め,原稿を書く.筆者の条件では,どれも働き方を変えるほどの水準です.汎用人工知能(AGI)は,特定の課題に限らず,人間と同等以上に幅広い知的作業をこなすAIを指します.定義は人によって違いますが,筆者の実感では,研究の進め方を作り替える時代はもう始まっています.
この変化は,研究者の仕事の仕方を変えるだけでなく,学術誌の側にも及ぶはずです.AIを使いこなす研究者が増えれば,現在の水準に達する研究成果が,これまでより速く生み出され,投稿数も増えると考えられます.
一方,学術誌の数や掲載数が同じ速さで増えなければ,採択率は下がり,掲載の水準は上がっていくでしょう.成果の供給が増え,掲載に必要な研究の水準が上がる.筆者はこれを論文インフレ と呼んでいます.投稿数の増加と査読の負担は,すでに議論され,実験も行われています.ただし,掲載水準がどれほど,どの速さで上がるかは,筆者の予測です.
例えば,査読者へのフィードバックに大規模言語モデルを用いた大規模なランダム化研究(Nature Machine Intelligence,2026年,査読者へのフィードバックに関する研究)や,AI研究の自動化を扱った論文(Nature,2026年,AI研究の自動化に関する論文)があります.
大切なのは,AIを使うこと自体ではなく,試行回数と検証の質を今から上げることです.AI利用が一般化する前に研究工程を作っておけば,複数の着想を小さく試し,有望な研究へ時間を集中しやすくなります.筆者自身,AIエージェントを使い始めてから,研究の開始から掲載までの時間と労力は,以前の10分の1ほどになりました.年に1〜2本だった論文が,月に1〜2本になり,その多くは,長年憧れながら手を出せなかった専門外の題材です.これは筆者1人の経験で,分野,研究歴,研究の型によって結果は異なります.
誤解のないように付け加えると,本稿が勧めるのは,検証を省いて論文を量産することではありません.AIに作業を先行してもらい,人間は問い,理解,検証,投稿判断を引き受ける. この分担によって,速さを研究成果へ変えます.最初に扱える情報と作業範囲を決めたら,仮説や計算の試行はAIと軽快に進めます.未確認の点は記録に残し,主要な結論は投稿までに理解して検証します.
補足:筆名「物理金魚」の由来
例えば,ソフトバンクグループの孫正義氏は,株主総会で,考え方や知識など全方位で人間を10倍上回るものをAGI,1万倍程度をASI(超人工知能)と説明しています(第44回定時株主総会書き起こし,28〜32頁).筆者はこの1万倍という差を,人間と金魚の差に例えています.筆名の「物理金魚」はここから取りました.
1.3.本稿で身につく研究フロー
ただし,研究は1回の依頼では終わりません.翌日には別の計算を試し,数週間後には原稿へ戻り,査読後には修正します.そこで大切になるのが,ポイント(ii) AIと人間の継続的な作業を見据えたフォルダ・ファイル管理 です.会話が変わっても,担当するAIが変わっても,研究の続きを始められるようにします.
もう1つ,筆者の研究の進め方を大きく変えたのが,ポイント(iii) 論文を書いてから理解する という順序です.必要なことをすべて勉強してから着手するのではなく,まずAIと原稿を作り,そこに必要な知識を学びます.原稿があるからこそ,何を理解すればよいのかが見えてきます.専門外の題材にも挑戦しやすくなり,出版のペースも調整できます(3.2「解析を進め,まず論文を書く」).もちろん,投稿するまでには,自分で内容を説明し,計算を確かめられるようにします.
ここまでのポイント(i)〜(iii)で,テーマの相談から投稿までの研究が一通り回ります. 残る2つは,この流れを加速するための選択肢です.
ポイント(iv) リモート機能で携帯デバイスからAIを操作し,隙間時間を研究時間にします. ここでいうリモート機能は,離れた端末へ接続し,PC上のAIに依頼して結果を確認する機能です.途中結果を読み,次の方向を伝えれば,短い待ち時間にも研究の続きを進められます.
また,研究に使える時間そのものを増やすことも大切です.ポイント(v) 日常業務をAIに任せて効率化し,研究時間を確保します. 日程調整,申請書,公募書類,授業の準備といった仕事もAIと進められます.メールや予定,資料を扱うサービスとAIをプラグイン(アプリに機能や外部サービスとの連携を追加する仕組み)でつなげば,情報を探すところから成果物の作成までを任せられます.サービスへのログインと,必要な操作の許可を設定して使います.

図2.5つのポイントと本稿の構成.ポイント(i)〜(iii)で研究を一通り進め,ポイント(iv)と(v)はそれを加速する選択肢です.ポイント(i)と(ii)は第2章,(iii)は第3章,(iv)と(v)は第4章で,それぞれ実際の手順として説明します.
この5点に,特別な技能は要りません.筆者もプログラマではありません.必要なのは,月額20ドル程度からのAIアプリと,本稿で説明するいくつかの習慣だけです.5つのポイントと本稿の構成の関係を図2に示します.
ここでいう「論文を書いてから理解する」とは,まずAIと論文の原稿を作り,それを読みながら必要な知識を学び,計算を自分で確かめる という進め方です.分からない箇所はAIに説明してもらい,内容を理解し,誤りを直してから投稿します.
本稿を読み終えた読者は,1つの研究テーマについて,AIに何を渡し,何を作らせ,どこで止め,何を人間が確かめるかを設計できるようになります.具体的には,研究フォルダを作り,テーマ候補を小さく試し,原稿と自分用教科書を分け,文献と計算を独立に確認し,投稿先の規程に沿って最終判断するところまでを一続きに管理します.
本稿は,数式や文献を自分で確かめられる,論文執筆の経験がある方に向けた実践の手引きです.研究を始めたばかりの方は,指導者と一緒に試すのがよいでしょう.実験・観測が中心の研究や,すでに同様の使い方をしている方には,そのまま当てはまらない部分もあります.採択,掲載,新規性,研究成果の正しさを保証するものでもありません.
以下では,第2章でAIが継続して働ける環境を作り,第3章でテーマ候補から投稿前検証までを進めます.第4章では,研究を加速する選択肢として,研究に使える時間そのものを増やす方法を紹介します.付録には,各社のサービスと料金,複数のPCや複数の研究者で作業する場合の方法をまとめました.
