メンエスという体験は、人によってまったく違う意味を持つ。
ある人にとっては癒しであり、 ある人にとっては冒険であり、 ある人にとっては、ただの気分転換なのかもしれない。
ただ、少なくとも自分にとっては—— もっと複雑で、もっと“奥”がある体験だった。
気がつくと、無意識のうちにスマホでお店を検索している。 「どこが安いかな?」 「今日はどこで45があるかな?」 気づくと、その日の予定や気分までもが店選びに左右されていく。
そして帰り道でふと思う。 「結局、風◎行けばよかったんじゃないか?」 そんな後悔が胸に残る日もあった。
けれど、その“後悔”自体にも意味があると気づいたのは、ずいぶん後のことだった。
メンエスという体験は、 もっと単純に「気持ち良かった」「微妙だった」の二択で評価してしまいがちだ。
でも実際には、 ・その日の気分 ・担当する女性の雰囲気 ・店の空気 ・部屋の温度、香り、光 ・会話の温度 それらすべてが積み重なって、体験が形成される。
つまり、メンエスは「結果」ではなく「プロセス」そのものだと思っている。
そしてある時から、 ただ消費して忘れてしまうのではなく、 “体験として残す”という選択を意識するようになった。
人は強い体験ほど、忘れない。 でも強い体験ほど、流されやすくもある。
ならば、それを記録し、意味づけし、 自分の中で「ただの遊び」以上のものに昇華できるのではないか—— そんな感覚が芽生えた。
記録する視点を持つと、 同じ体験でも受け取り方が変わっていく。
「今日は当たりだった/外れだった」 そんな単純な評価ではなく、 ・何が良かったのか ・どこに違和感があったのか ・なぜその感情が生まれたのか 自分の内側の反応が、客観的に見えるようになってくる。
すると、 メンエスという体験そのものが “内省” の材料になっていく。
ただ消費して終わらせるのではなく、 何かしらの形で意味づける。 それは、自営業という生き方とも相性が良かった。
自分の選択、時間、体験を、 どう扱うかで価値が変わる世界に生きているからだ。
メンエスも同じ。 使い方によっては「浪費」になり、 扱い方によっては「気づき」や「癒し」にもなる。
そして、自分にとってはもう一つの側面があった。
記録していくと、そこに必ず “物語”が生まれる。
人との関わり、空気、期待、ズレ、驚き—— そういうものは、文章にすると力を持ち始める。
その瞬間、メンエスは“ただの消費”ではなく、 「残る体験」 に変わっていった。
最後にひとつだけ書いておきたい。
これは美化でも正当化でもない。 ただ、自分の時間と体験をどう扱うか—— その“選択”だけの話だ。
メンエスという体験を、 意味のない消費にするのか。 それともひとつの記録として昇華させるのか。
すべては選択次第だ。
この考え方を、もう一歩先まで整理した内容は、
こちらにまとめています。
▶ メンエス体験を“消費”ではなく“資産”として扱う具体的な方法
https://tips.jp/u/narimiya-kaede/a/wakust-10man-guide/d/dac
