2023年5月は記念すべき月となった。
ナンパの歴史に名を刻むであろう某が、上野の地に降り立った。その名が悪名となることは、この初心者マークがついたナンパ師は知らなかった。
2023年5月はもはや、コロナも黄昏といった様子で、コロナが怖くなければ自らの存在意義がなくなってしまう感染症専門医だけが、コロナの恐怖を必死の形相で煽り続けていた。コロナは既得権となったのだ。
上野ではなく仲御徒町にした理由は、なんとなく電車が暑かったのと、上野にたどり着く前にウォーミングアップをしたかったからに他ならない。
東京メトロ日比谷線の仲御徒町で降りる。2023年のゴールデンウィークは天気にも恵まれ、気温も高かった。長袖でも半袖でも出歩ける快適なこの時期に、僕はなぜか分厚いスウェットを着て出かけた。
仲御徒町駅1番出口から地上に出ると、交差点を渡った先にセブンイレブンがある。地上に出るやいなや、セブンイレブンに駆け込んだ。うんちが漏れそうだったのである。
セブンのトイレを自宅のように使い、街に出る。

大きく息を吸って、つぶやいた。
「さぁ、ゲームの再開だ」
ゴールデンウィークは人が少ない、というのは嘘で、上野は人で溢れていた。
特にアメ横周りは歩くのが困難なほどで、誰もが大きな声で笑い、叫び、酒を飲んでいた。
酒の匂い、煙草の臭い、酔っ払い、全てが愛おしい。
人生はこうでなくてはならない、とコロナで失われた3年を振り返った。

アメ横は人が多すぎる。人の量に圧倒された僕は、上野中央通りに逃げ出した。
ここで声をかけることから僕の人生は始まる。
緊張で足が震える。この緊張感こそが、ゲームの醍醐味だ。

上野のガード下を駆け抜け、中央通りに向かう。すれ違う女の子が全員かわいい。
「チンポがついていない」ただそれだけで、その存在のすべてを愛せる気がした。
いや、ちんちんがついていても、愛せるかもしれない。それほどに僕は愛を失っていた。
芸能人が「CELINE」や「LOWBE」のロゴドンTシャツを着るのと同じように、僕は「非モテ」のロゴドンを纏っていた。非モテにとって、女は眩しい。後光が差して見える。

上野中央通りに出た。
ここだ、ここで「声掛け」をするんだ。"たくさんの声掛け"を意味する「ローラー」を武器にするナンパ師はたくさんいるが、僕にはローラーはついていない。
上野中央通りを地蔵が歩く。
一人で歩いている女を見つけた。ババアだった。
声をかけようか迷った。
このババアと一緒に飲みに行けたとする。そのあと、チンポは立つのか?と取らぬ狸の皮算用ならぬ、即るババアの皮算用をしていた。

ババアとのセックスのイメージトレーニングをしているうちに、ババアは上野の雑踏に消えていった。次にババアを見つけたときは、迷わず声をかけようと誓った。ババアも20年前は若々しいギャルだったのかもしれないのだから。
上野中央通りの何度も往復する。
美女を見つけては戸惑い、見送り、彼女たちの背中に幸福を願った。
上野中央通りの亡霊とは僕のことだ。声もかけられずに、慈愛の眼差しで女の子の背中を追った。交差点の向かい側に富士そばを見つけた。「腹が減っては戦はできぬ」と、戦ってもいないのにそばを食べた。不思議と力が湧いてきた。

それほど上等とは言えないかけ蕎麦を流し込み、街に出る。
ガールズバーの女の子が客引きしている。胸の谷間が見えた。そのおっぱいに埋もれたい。
途中、なぞのパンダを見つけた。ナンパ界隈で上野が「パンダ」と呼ばれる所以か。

上野のパンダよ。俺に微笑め。俺だけに微笑め。パンダに願をかけ、交差点を渡る。
一人で歩いている女の子を見つけた。
💁🏻♂️「すいません!」
初めて、声が出た。
💁🏻♂️「いや、めちゃくちゃ美人だなって!これから飲みに行きません?」
なんの捻りも工夫もない声掛け。これで「連れ出し」ができたら奇跡だ。
女の子が僕の顔をじっと見る。気持ち、震える。
💁🏻♂️「いきなり声かけてびっくりしたかもですが、オーラがすごくて!美女オーラ!」
💁🏻♀️「え、本当ですかぁ?」
なんと、反応してくれた。マジか。自分で声をかけておいて、自分で驚いた。
なんて声をかけるかよりも、誰に、どのタイミングで声をかけるかが大事なのかもしれない。
💁🏻♂️「そうそう、美人だなって思って!飲みに行きません?これからどこか行く感じですか?」
💁🏻♀️「あ、これから友達と飲みに行く約束があって」
ダメか───
と、諦めかけていたのだが、なぜか普通に会話が続く。
ゴールデンウィークは仕事があること、普段はそれほど予定はないこと、上野によく遊びに来ること。
ダメ元で、連絡先の交換を試みた。
💁🏻♂️「今日はお友達と飲みの予定あるかもしれないけど、今度予定空いてるときに飲みいかない?」
💁🏻♀️「あ、ぜひ〜。友達できて嬉しい」
なんと、LINEの交換ができた。絶対ムリだと思ったのに。バットを振らなければヒットは打てないように、打診しなければLINEはゲットできない。連絡先を交換した。
どこかのナンパ師が「アポまで取り付けるべき」と書いていたのを思い出し、飲みに行く約束もした。満足だ。
緊張すると、トイレに行きたくなったので、その場で女の子を見送って家電量販店のトイレに駆け込んだ。
少し上野を散歩して、帰りの電車に乗った。見る人が見れば、小さな成果でしかないかもしれない。いや、成果ですらないかもしれない。
しかし、その昔、月への一歩を踏み出した男はこう言った。
「人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩だ」
僕にとっても偉大な一歩だった。LINEを交換した女の子と飲みに行く予定を入れた。ドタキャンされてもヘコまない、でも希望は捨てない。
ナンパ師として、小さな一歩を踏み出した。