「数字が苦手=マーケが向いていない」もし今、少しでもそう思っているなら、この記事はあなたのためのものです。
GA4を開いた瞬間、画面いっぱいに並ぶ数字。セッション、ユーザー、直帰率、エンゲージメント…。言葉は見たことがあるけれど、正直なところ、「で、結局どう判断すればいいの?」と手が止まる。
広告管理画面を見ても同じです。CTR、CPA、CVR。意味は何となく知っている。でも、数字を見た瞬間に「次に何をすればいいか」が浮かばない。
上司やクライアントから、「この数字、どう思う?」「ここ、改善できそう?」と聞かれたとき、頭が真っ白になる。
悪い数字なのは、たぶん分かる。でも、「なぜ悪いのか」「どこから手を付けるべきか」「どう説明すればいいのか」が言葉にならない。
──そんな経験、ありませんか。
そして多くの人が、このタイミングでこう考えてしまいます。
「自分は数字に弱いタイプだ」「マーケティングって、数字に強い人の世界だ」「センスがある人じゃないと無理なんじゃないか」「向いてないのかもしれない」
ここまで思考が進むと、数字を見ること自体が、少し怖くなります。
GA4を開くのが億劫になる。レポート作成が苦痛になる。数字の話題が出ると、無意識に距離を取ってしまう。
でも、ここで一つ、はっきり言っておきたいことがあります。
数字が見れる人と、見れない人の差は、才能でも、センスでも、頭の良さでもありません。
違うのは、たった一つ。**数字を見るときの「視点」と「前提」**です。
実は、数字が見れる人たちも、最初から数字が得意だったわけではありません。
GA4を初めて触ったときは、「何これ、意味わからない」と思っています。
広告管理画面を初めて見たときも、「項目多すぎない?」「これ全部見る必要ある?」と戸惑っています。
それでも、いつの間にか「数字が見れる人」と呼ばれるようになる。
この差は、勉強量の違いではありません。専門用語をどれだけ知っているかでもありません。
もっと根本的な、数字との向き合い方の違いです。
多くの人は、数字を見るとき、無意識のうちにこう考えています。
「正しく理解しなければならない」「間違ったことを言ってはいけない」「答えを出さなければならない」
この前提がある限り、数字は一気に難しくなります。
一方で、数字が見れる人は、まったく違う前提で数字を見ています。
「これはヒントだ」「何かが起きている“痕跡”だ」「仮説を立てる材料だ」
つまり、数字を“テスト”ではなく、“会話”として扱っている。
だから、数字を見てフリーズしない。完璧に理解していなくても、口が動く。「たぶん、こういうことじゃないか」と話し始めることができる。
この記事では、そんな**「数字が見れる人の頭の中」**を、できるだけそのまま言語化していきます。
具体的には、
なぜ、多くの人が「数字が見れない」と感じてしまうのか。
数字が見れる人は、数字をどう“捉えて”いるのか。
実務の現場では、数字は実際にどんな使われ方をしているのか。
そして、明日から数字を見るときに少しだけ肩の力が抜ける考え方。
こういった話を、専門用語に振り回されない形で、できるだけ噛み砕いて解説していきます。
この記事は、「GA4の使い方マニュアル」でもなければ、「広告指標の解説記事」でもありません。
もっと手前の、“数字との距離感”を変えるための記事です。
読み終わる頃には、
「数字を見る=怖い」「数字を見る=自分には無理」
という感覚から、
「数字を見る=状況を知ること」「数字を見る=ヒントを拾うこと」
そんな感覚に、少しだけ変わっているはずです。
もし今、数字を見るたびに自信を失っているなら、それはあなたの能力の問題ではありません。
ただ、まだ“見方”を知らないだけです。
ここから先で、その見方を一緒にほどいていきましょう。
なぜ今、「数字が見れるかどうか」がこれほど重要なのか
少しだけ、時代の話をさせてください。
今のWEBマーケティングは、良くも悪くも、ほぼすべてが数字で可視化される世界になりました。
SEOであれば、どのキーワードで、何位に表示され、どれくらいクリックされ、どのページで離脱しているのかが分かります。
広告であれば、何人に表示され、何人が反応し、いくら使って、いくら売れたのかが分かります。
SNSでも、投稿が何回表示され、どれだけ保存され、どこからプロフィールに飛ばれたかが分かります。
ECに至っては、どの商品が、どの流入経路から、どんな人に、どのタイミングで売れたのかまで追えます。
つまり今のマーケティングは、「なんとなく上手くいった」「感覚的に当たった気がする」では、ほとんど通用しません。
なぜなら、数字で説明できてしまうからです。
上司からは、「それって、数字的にはどうなの?」と聞かれます。
クライアントからは、「結果として、何がどれくらい変わりましたか?」と求められます。
そして、自分自身も、「次は何を改善すべきか」を決めなければなりません。
このすべての場面に、必ず数字が関わってきます。
ここで重要なのは、「数字を完璧に理解しているか」ではありません。
重要なのは、**数字をもとに“判断できるかどうか”**です。
数字が見れる人は、「良い・悪い」を感覚ではなく、一定の根拠を持って語れます。
だから、
・なぜこの施策を続けるのか・なぜここを改善するのか・なぜ今はやらないのか
こうした意思決定ができます。
一方で、数字が見れないと、どうしても話はこうなりがちです。
「たぶん、良さそうです」「感触は悪くないです」「もう少し様子を見たいです」
決して間違っているわけではありません。でも、これだけでは判断材料として弱い。
結果として、
・次の施策が決まらない・議論が感想ベースになる・責任ある判断を任されにくくなる
こうした状況が生まれます。
つまり、「数字が見れるかどうか」は、スキルの差というより、役割の差を生みます。
数字が見れる人は、「考える側」「決める側」に回りやすい。
数字が見れない人は、「言われたことをやる側」に留まりやすい。
この差は、派手に表には出ません。でも、現場では静かに、確実に広がっています。
そしてもう一つ、大事なポイントがあります。
数字が見れる人は、改善の話ができるようになります。
「数字が悪いですね」で終わらない。「じゃあ、どこを変えますか?」まで話が進む。
数字が見れないと、改善は“気合”や“頑張り”の話になりがちです。
でも、数字が見れると、改善は「選択肢」の話になります。
ここを変えるか、それとも、こっちを試すか。どちらの可能性が高そうか。
こうした会話ができる人は、自然と信頼されます。
なぜなら、感覚ではなく、状況を理解した上で話しているからです。
だから今の時代、「数字が見れる人」は、
・意思決定ができる・改善の話ができる・説明ができる・信頼されやすい
という立場に立ちやすい。
逆に言えば、数字が見れないままだと、
・感想しか言えない・施策が思いつかない・話がふわっとする・評価されづらい
こうした状況に陥りやすい。
これは、努力不足の話ではありません。能力の話でもありません。
数字が“読めない”のではなく、数字とどう向き合えばいいかを誰にも教わっていないだけです。
ここを理解しないまま、ツールや専門用語だけを増やしてしまうと、数字はどんどん難しくなっていきます。
だからこそ今、「数字が見れるかどうか」が、これまで以上に重要になっているのです。
