「今の言い方、
変じゃなかったかな」
「もしかして、
嫌な思いをさせたかも」
「さっきの返事、
ちょっと冷たかった気がする……」
家に帰ってから、
今日あった会話を
何度も思い返してしまう。
相手はもう
忘れているかもしれないのに、
自分の中では
反省会が終わらない。
そんな経験はありませんか?

職場でも、
家族といるときでも、
友人と会っているときでも、
「相手がどう思うか」
を先に考えてしまう。
本当は断りたい。
でも、
断ったら感じが悪いと
思われるかもしれない。
本当は少し休みたい。
でも、
周りが頑張っているのに
自分だけ休むのは申し訳ない。
本当は違うと思っている。
でも、
ここで自分の意見を言ったら
空気を悪くしてしまうかもしれない。
そうやって、
気づけばいつも自分より
周りを優先している。
そして家に帰るころには、
もうクタクタ。
別に一日中
走り回っていたわけでもない。
大きなトラブルが
あったわけでもない。
それなのに、
なぜかものすごく疲れている。
そんな自分に対して、
「もっと人の目を
気にしない性格になりたい」
と思ったことがある人も
多いかもしれません。
私も、
「もっと気楽に考えればいい」
「いちいち気にしなければいい」
という言葉を
何度も見聞きしてきました。
だから、
人の目を気にしてしまったとき、
「また気にしてる」
「こんなこと気にしちゃダメだ」
「もっと図太くならないと」
と、
自分に言い聞かせる。
でも、
ここで少し
考えてみてほしいのです。
もしかすると、
人の目を気にすること以上に、
「人の目を気にする自分を直そうとすること」で
疲れていませんか?
「気にしないようにしよう」が、
いちばん疲れることもある
人の目を気にするのは、
それだけでも
エネルギーを使います。
相手の表情を見る。
声のトーンを感じ取る。
場の空気を読む。
「今これを言って
大丈夫かな」と考える。
「どう思われたかな」
と振り返る。
頭の中では、
ずっといろいろな情報を
処理しているわけです。
それだけでも大変なのに、
さらにもう一人、
自分を監視する自分まで
頭の中に
増えてしまうことがあります。
たとえば、
誰かにお願いごとをされたとします。
本当は今日は疲れている。
だから断りたい。
でも、
「断ったら嫌な人だと
思われるかな」
と考えてしまう。
ここですでに、
相手の気持ちを考えています。
そして結局、
お願いを引き受けたあと、
今度は、
「なんで私は
断れないんだろう」
「また人の顔色を
見てしまった」
「こういう性格を直さなきゃ」
と自分を責める。
つまり、
外では相手に気を遣い、
内側では自分を監視している。
ずっと二方向に
気を遣っているような状態です。
これでは、
疲れてしまうのも
不思議ではありません。

「もっと図太くならなきゃ」で
苦しくなる
世の中には、
「人の目なんて
気にしなくていい」
「嫌われる勇気を持とう」
「他人はそこまで
あなたを見ていない」
という言葉がたくさんあります。
もちろん、
それでラクになれる人も
いると思います。
ただ、
「そうか。
気にしなければいいんだ」
と思って、
すぐに気にしなくなれるなら、
そもそも、
ここまで悩んでいないはずです。
頭ではわかっている。
他人は自分が思っているほど
自分のことを見ていない。
全員に好かれるなんて無理。
少しくらい断っても大丈夫。
それでも、
気になってしまう。
だから今度は、
「わかっているのに
できない自分」
まで嫌いになってしまう。
これが、
かなり苦しいのです。
人の目を気にする。
↓
そんな自分を直そうとする。
↓
それでも気にしてしまう。
↓
「やっぱり私はダメだ」
と落ち込む。
この繰り返し。

もしかすると、
あなたを消耗させているのは、
「人の目を気にする性格」
だけではないのかもしれません。
今の自分ではダメだから、
別の性格にならなければいけない。
この前提そのものが、
あなたを疲れさせている
可能性があります。
ずっと「自分のダメなところ」を
探していませんか
真面目な人ほど、
何かがうまくいかなかったときに
自分の中から原因を探します。
「あの言い方が
ダメだったかな」
「もっと気を利かせれば
よかったかな」
「私が我慢すれば
よかったかな」
そうやって、
自分の行動を振り返る。
これは決して
悪いことではありません。
自分を振り返れることは、
大切なことでもあります。
でも、
それが習慣になると、
いつの間にか、
「今日の自分のダメだったところ探し」
になってしまうことがあります。
あのとき、
もっと明るく返事をすればよかった。
あのとき、
もっと上手に話せばよかった。
あのとき、
断らなければよかった。
逆に、
あのとき、
ちゃんと断ればよかった。
そうやって考えていると、
何を選んでも、
自分にダメ出しができてしまいます。
そして最後には、
「もっと人の目を
気にしない人だったら、
こんなに疲れないのに」
という結論になる。
でも、
本当に変えるべきなのは、
あなたの性格なのでしょうか。
直すべきなのは、本当に
「人の目を気にする性格」
でしょうか
少しだけ、
見方を変えてみます。
たとえば、
誰かがいつもより
少し元気がないとき。
あなたは、
周りの人より早く
「あれ、
今日ちょっと様子が違うな」
と気づくかもしれません。
誰かが会話に
入りづらそうにしていたら、
なんとなく察して
話を振ることが
あるかもしれません。
相手が忙しそうなら、
「今は話しかけないほうが
いいかな」
と自然に考える。
誰かに何かを伝えるときも、
「この言い方だと
傷つくかな」
「もう少し柔らかく
伝えようかな」
と考える。
こうやって並べてみると、
少し見え方が変わりませんか?
あなたがずっと、
「人の目を気にしすぎる」
と思っていた部分は、
別の角度から見ると、
人の変化に気づきやすい
という性質でもあります。
あるいは、
相手の気持ちを想像しやすい。
場の空気を細かく感じ取りやすい。
そんな性質とも言えます。
もちろん、
だから人の目を気にして
苦しくなることまで
「全部素晴らしいことだから、
我慢しましょう」
と言いたいわけではありません。
疲れているなら、
休んでいい。
断りたいなら、
少しずつ断れるようになっていい。
距離を置いたほうがいい人からは、
距離を置いていい。
ただ、
そのために、
「こんな自分はダメだから消さなきゃ」
とまで考える必要は
ないのではないでしょうか。
同じ性質でも、
見る角度で名前が変わる
これは、
人の目を気にすることだけでは
ありません。
たとえば、
「考えすぎる人」
と言われると、
欠点のように聞こえます。
でも、
「いろいろな可能性を
想像できる人」
と言われたら、
少し印象が変わります。
「心配性」
と言われれば
直したくなるかもしれません。
でも、
「先のリスクに気づきやすい」
なら、
仕事によっては大切な能力です。
「優柔不断」も、
見方を変えれば、
いろいろな人の立場を
考えられるから
簡単に決められないのかもしれません。
同じ性質でも、
どの場面で使うか。
どのくらい使うか。
そして、
自分自身がどう捉えているか。
それによって、
見え方は大きく変わります。

ところが、
自分の嫌なところを見つけると、
私たちはすぐに、
「直さなきゃ」
と考えてしまいます。
でも、
消す以外の方法も
あるのかもしれません。
自分を敵にすると、
休む場所がなくなる
人の目を気にしすぎて
疲れている人にとって、
本来、
一番安心できる場所は
「自分の中」
であってほしいと思います。
外でたくさん気を遣った。
今日は言いたいことを
言えなかった。
少し無理をしてしまった。
そんな日でも、
家に帰ったあとくらい、
「今日もよくやった」
「そりゃ疲れるよね」
と、
自分だけは自分の味方でいる。
それだけでも、
少し違います。
でも、
外で周りに気を遣って、
家に帰ってからも、
「また気にした」
「また断れなかった」
「いつになったら直るの?」
と自分を責めていたら、
心が休まる場所が
なくなってしまいます。
だから、
人の目を気にしなくなることよりも
先にやってみてほしいことがあります。
それは、
「人の目を気にしてしまった自分まで責めない」
ことです。
今日、
気を遣いすぎてしまった。
「ああ、またやっちゃった」
で終わっていい。
すぐに直さなくてもいい。
性格改善の反省会を
始めなくてもいい。
まずは、
それだけでもいいのです。

「気にしすぎる自分」のままでも、ラクになる道はある
ここでひとつ、
考えてみてほしいことがあります。
あなたが今まで
欠点だと思ってきた性質を、
いったん、
「直すべきもの」
という箱から
出してみるとしたら。
その性質には、
どんな別の使い道があるでしょうか。
たとえば、
人の気持ちを察しやすいなら、
誰かの話を聞く場面では
その性質が活きるかもしれません。
細かな変化に気づくなら、
人と関わる仕事で
助けになるかもしれません。
慎重に言葉を選べるなら、
誰かに大切なことを伝えるときに
役立つかもしれません。
もちろん、
四六時中、
周りの気持ちを読み続けていたら
疲れてしまいます。
だから大切なのは、
「敏感さを消す」
ことだけではなく、
敏感さを使う場所と、
休ませる場所を分けること。
なのかもしれません。
包丁が便利だからといって、
24時間握っている必要はありません。
必要なときに使って、
使わないときは置いておく。
性質も、
少し似ています。
自分の特徴を
ずっと全開にしておく必要はありません。

「今日はもう
人に合わせるのをやめよう」
「この人の機嫌まで、
私が背負わなくていい」
「今は一人になろう」
そうやって、
自分の性質を休ませる時間を作る。
それも、
自分を大切にする方法だと思います。
「どうすれば消せる?」ではなく
「どこなら活きる?」
もし、
あなたがこれまで、
「どうしたら人の目を
気にしなくなれますか?」
という答えを
探し続けてきたのなら、
一度だけ、
問いを変えてみてください。
「この性質は、どこなら活きるんだろう?」
この問いに変えるだけで、
自分を見る方向が
少し変わります。
「直すべき欠点」を
探すのではなく、
「扱い方」を
考えられるようになるからです。
人の目を気にする自分。
考えすぎる自分。
心配しすぎる自分。
断れない自分。
傷つきやすい自分。
今までは、
「こんな自分じゃダメ」
と思っていたかもしれません。
でも、
本当に必要なのは
別人になることではなく、
今の自分の取扱説明書を知ること
なのかもしれません。

あなたは、どんな自分をずっと「直そう」としてきましたか?
最後に、
ひとつだけ問いかけさせてください。
あなたはこれまで、
自分のどんなところを
「直さなきゃ」
と思ってきましたか?
人の目を気にするところでしょうか。
考えすぎるところでしょうか。
飽きっぽいところ。
慎重すぎるところ。
感情が動きやすいところ。
マイペースなところ。
もし、
ひとつでも思い浮かんだなら、
今日だけは、
「どうやって直そう?」
ではなく、
「これって、本当に直すしかないのかな?」
と考えてみてください。
すぐに好きにならなくても
大丈夫です。
無理やり、
「これは長所なんだ!」
と思い込む必要もありません。
ただ、
今まで欠点という
一方向からしか見ていなかったものを、
少し違う角度から
眺めてみる。
それだけです。
私は、
自分の欠点だと思っている部分を
違う角度から見てみたい人に向けて、
「その欠点、実は才能です。数秘でわかる『自分を直さず活かす』生き方」
という記事も書きました。
数秘を使いながら、
自分が持っている性質を知り、
「どう直すか」ではなく
「どう活かすか」
という方向から
自分自身を見ていく内容です。

「もしかしたら、
性格を無理に変えなくても
いいのかもしれない」
と少しでも感じた方は、
興味があれば読んでみてください。
ずっと嫌ってきた部分に、
今までとは違う名前を
つけられるかもしれません。
人の目を気にしてしまう日があってもいい。
周りを優先しすぎて、
疲れてしまう日があってもいい。
そんな日は、
また自分を直すための
反省会を始めるのではなく、
「今日もたくさん気づいて、
たくさん考えたんだな」
くらいで終わらせてみてください。
あなたがこれから
少しずつ手放していくものは、
「人の目を気にする性格」
ではなく、
「こんな自分ではダメだ」という前提
なのかもしれません。
性格を無理やり作り変えなくても、
今の自分のままで
少しラクに生きる道はあります。
