この句集の作者は韓国舞踏家である。日本で生まれ育ちながらも20歳の時に母国である韓国へ渡り、韓国伝統舞踏と運命的に出会い舞の世界に足を踏み入れる。その後、ソウルに在住しつつも俳句と出会い、舞とともに詩の世界を深めている。
この句集には、舞踏家としての繊細な感性が随所に表れている。舞の一瞬の動きやしなやかな所作が、俳句という短詩形の中に見事に凝縮され、読者の心に静かな余韻を残す。また、韓国語と日本語の響きが調和し、独特のリズムと情緒を生み出している点も、この句集の大きな魅力の一つである。
風や光と戯れる舞の姿、韓国の風土や文化を背景にした情景が端正な言葉で紡がれている。その一つ一つの句が、作者の人生そのものを映し出し、読む者に新たな視点や感動を与えてくれる。
舞の手の春宵掬ひては伏せて
星月夜吐息しづかに舞ひおさめ
静寂の中に漂う舞の気配、柔らかく流れる時間の中で舞の手が繊細に動く様子が伝わってくる。読者はその情景をありありと思い描くことができるので、句集を読み終えれば、作者の舞を見たくなる衝動に駆られるだろう。
刃を咥へ跳ぬる巫堂魂迎
赤きチマまみどりの底泳ぎ行く
巫堂とは韓国の巫女のこと、チマとは韓国の伝統衣装でスカートに似た形をしている。日本語とは異なる語感が入り混じることで力強さと妖艶さを鮮烈に浮かばせて読者の視点も広がる。
秋冷や両目濡らして犬吠えず
市の裏残飯喰らふ秋の犬
綺麗な風景だけでなく、少し陰鬱な光景も逃さないのは、まさに俳人ならではの観察眼だ。韓国ではかつて犬食文化が存在していたが、現在では愛犬家も増え、犬食は禁止されている。それでも、犬に対する感情は一様ではなく、この句はその複雑な背景を映し出している。社会を切り取る視点も鋭い。
秋霖や母国母国語母語祖国
人物録父を記してソウル東風
母国語への愛着、そして家族の記憶が詠み込まれた句には、作者自身の人生が色濃く反映されている。句集名の「くりうむ」は、愛おしさ、恋しさ、懐かしさといった感情を表すハングルをそのまま平仮名で表記したものだという。その名の通り、この句集は作者の稀有な人生を追体験できる貴重な作品であるといえる。
