桃源憶故人(應靈道中) 陸游 陸放翁
ShiQi 時祺
桃園憶故人 応霊道中
欄干幾曲高齋路 「欄干幾曲、高斎の路、」
正在重雲深處 「正に重雲深き処に在り。」
丹碧未乾人去 「丹碧未だ乾かざるに人は去り、」
高棟空留句 「高棟空しく句を留(とど)む。」
離離芳草長亭暮 「離々たる芳草、長亭の暮、」
無奈征車不住 「征車の住(とど)まらざるを奈(いかん)ともする無し。」
惟有斷鴻煙渚 「惟(た)だ断鴻煙渚ありて、」
知我頻回顧 「我の頻りに回顧するを知る。」
「O高斎路。高斎は楼観の名。路は路衢、即ち城内のみち。そこに欄干がいくまがりにもなって居るのである。
(楼観。たかどの、楼閣といふに同じ。放翁は赴任すると直ぐそこへ楼観を作らしたのである。)
〇丹碧。楼観の柱などに塗った彩色。丹碧未だ乾かずと云ふのは、楼観が出来上がってから間もなく立ち去ったからである。
○留句。前の詞が、ここの「高棟空しく句を留む」に相当する。
〇離々。長く長くつづけるさま。
〇芳草。かをりよき花をつけた草。杜牧の詩には「芳草復芳草、断腸又断腸」といふ句がある。
○長亭。長き旅路の宿
〇征車。たびのくるま
○断鴻。断ははなればなれ、鴻は雁の大きなもの。
〇煙褚。もやのたちこめたなぎさ。
〇同題の前の詞は(題は他の場合と同じことで、詞の内容と符合してゐるわけではない)、高斎を去るに臨んでの作。この後の詞は、すでに高斎を去り、途中これを回顧しての作。前の詞と同様、私はこの詞も好きである。「丹碧未だ乾かざるに人は去り、高棟空しく句をとどむ。離々たる芳草長亭の暮、征車のとどまらざるを奈ともするなし」。日本読みにかう読み下して見ても、中々いいではないですか。」
出典:『河上肇全集20 陸放翁鑑賞』 出版社:岩波書店 著者:河上 肇