静けさの中で気づきが降りてくる、わたしのための編み物時間
🧶はじめに
編み物が大好き!
でもその「好き」は単なる趣味以上の意味を持つもので、
私にとっては 心が静かになる場所 でもある。
糸を一目一目編んでいると、
日常に入ってくる雑多な情報や音が少しずつ遠くなって、
答えの出ないぐるぐるした思考など、余計な考えごとがすーっと溶けていく感じがする。
今この瞬間瞬間を生きてる。
編むことと呼吸だけのような。
そんな静けさの中で、私はよく “大事な気づき” を受け取る。
🧶 編み物との最初の出会い
編み物との出会いは、小学校4年生の手芸クラブ。
初心者にはなかなかハード(らしい)、ピンクと黄色のモヘアを選んだ私。
理由はただ「ほわほわでかわいいから」。
案の定、人生初のメリアス編みは、大小様々な編み目が増えたり減ったり。自然なウェーブが出来上がりました。
でも、完成した瞬間のワクワクと「できたぁ!」という喜びは忘れられない。
「こんなに楽しいことがあるんだ!」と、そこが原点。
小学5年生の時に編んだセーターは、びっくりするぐらい巨大なものが出来上がったけど、わたしはただただ嬉しくて嬉しくて、めちゃくちゃ気に入って着まくっていました。
あぁ。とっておけばよかったなぁ。
🧶 子育ての嵐の中で、それでも「好き」は静かに生き続けた
5人子育て真っ最中の頃は、
編み物をする余裕なんて全くなかった。
でも、手芸屋さんでかわいい糸を見ると、ついつい買ってしまっていた。
編む時間はないのに、毛糸だけはちゃんと増える
あれは、私の“好き”が細くても生き続けていた証拠だと思う。
年に一回編めればいい方で、そんなタイミングで小物を編むと
「あぁ、やっぱり好きだなぁ」と感じずにはいられなかった。
ほんの少し“自分に戻る”時間だった。
🧶 そして、今。静けさの中で気づきが降りてくる
子どもたちも大きくなり、ほとんど家を出ていった。
結構前に離婚もして、家事も精神的なストレスも(こっちの方が重要)、驚くほど減った。
気がつけば、自分のために使える時間がかなり生まれていた。
その時間に糸があれば……もう編むしかない!!
バッグ、スヌード、ショール、靴下セーター、カーディガン...
夢中で編むうちに、心がスーッと静かになっていく。
そして突然、ふっと気づく。
🧶 私、ずっと“他人の目”を気にして生きていた
編んでいるときに浮かんできたのは、
「この色合わせ変かな?」
「ちゃんと編めてないって思われない?」
そんな“存在しない誰か”の目線だった。
でも気づいたんだ。
私、編み物じゃなくて日常でもずっとこれをやってた。
- 子育てはこうあるべき
- 良い妻ならこうしなきゃ
- 家事をもっとやらなきゃ
- 頼ったらダメ頑張らなきゃ
- 変に見られたくない
- ちゃんとしなくちゃ
- 私が我慢すれば丸く収まる
- 失敗したらいけない
この「誰の声でもない声」に、私はずっと縛られていた。
「ん?この判断軸なんかおかしいかも...」
まずは、気づくだけでいい。
「これって〇〇(たとえば父親とか)の判断基準じゃん!」
「それを採用してただけだった〜。勘違いだー!もう、要らないね。」
穏やかに感じていくと、編み物の静けさの中で、それがほどけていった。
🧶 自分の“かわいい”を許したら、世界がやわらかくなった
完成した作品を見ると、自然と出てくる言葉はただひとつ。
「くぅぅ〜かわいい!!」
その瞬間、腑に落ちた。
“私がかわいいと思うなら、それがわたしの中の大事な正解。”
自分の正解を許せると、
他人の正解も「それもいいね」と自然に思える。
ジャッジじゃなくて、それもいいねと思える気持ちが増えると、世界がすこしずつやわらかくなっていく。
🧶 間違えても、ほどけばいい
これは最大の魅力!
編み物の好きなところのひとつは、
間違えたときも、なんかしっくりこない時も、ほどけばいいこと。
ほどきたくない時は、ほどかなくてもいい。
そのまま活かすのもあり。
人生も同じだと思った。
絡まった糸も、絡まった心も、
立ち止まってほどけばまた編み直せる。
完璧じゃなくていい。
むしろ完璧ってただの幻想。
今の自分にしっくりくる感覚を大事にする。
ほんとに一目ずつ、ゆっくりでいい。
触れてるだけでもいい。
眺めてるだけでもいい。
思いを馳せるだけでも。
ただただ深〜く呼吸をしてみるとか。
🧶 おわりに
編み物は、私にとって 自分に還る場所。
- 没頭の中で
- 静けさの中で
- 大事な気づきがふっと降りてきて
- 自分の感覚を大事にする場所
これからもいろんな自分に気づき、自分をほどき、楽しみながら、また編んでいこうと思う。
ちょっぴり編んでみたくなりました?
