昔話の「アリとキリギリス」。 夏のあいだ勤勉に働いたアリは冬の食料を蓄えるためにせっせと働き、毎日遊んでいたキリギリスには悲惨な現実が待っていました。
私たちは皆、この寓話から「人生には働くべきときがある」と学び、アリのように将来へ備えることの大切さを知っています。
しかし、ここで残酷な問いをひとつ。 「だが、アリはいつ遊ぶことができるの?」
💡 豊かな将来のために、若く貧乏な自分から搾取していないか?
実は私自身、大学生の頃に「もっと遊んでおけばよかった…」という強い後悔があります。
二度と戻らない貴重な時間だとわかっていたはずなのに、その時は「お金」を優先してしまったのです。
それはまさに、「豊かなはずの将来の自分のために、若く貧乏な自分から金をむしり取っていた」状態でした。
ふだん、私たちはまるで世界が永遠に続くかのような感覚で生きています。
しかし、人生はテレビゲームとは違って、果てしなく高スコア(貯金額)を目指せばいいわけではありません。ひたすら貯めて、いったいどうなるのでしょうか?
冷静に考えれば、これから数年間で確実に収入は上がっていくはずであり、将来のために無理な節約をする必要はないのです。
「若い頃にはした金を貯めるな」という事実から、目を背けてはいけません。
💡 お金の浪費より怖い「人生の無駄遣い」
私たちが本当に恐れるべきは、お金が減ることではありません。
お金を無駄にするのを恐れて機会を逃すのはナンセンスです。
なぜなら、「金を浪費するより、人生を無駄にしてしまうことのほうが、はるかに大きな問題」だからです。
人は老化には逆らえません。
「健康なくして富に価値なし」。
どんなにお金を貯め込んでも、それを最大限に楽しむ健康や若さが失われてからでは遅いのです。
でも、私にはひとつの確信もあります。
それは、これまで「物」ではなく、「経験」に使ったお金は、ほぼ全部「やってよかった!」と心から思えていることです。
人生の充実度を高めるのは、そのときどきに相応しい経験です。
大切なのは、自分が何をするのが幸せになるかを知り、その経験に惜しまず金を使うこと。
だからこそ、喜びを先送りせず、「今しかできないこと」に投資するというルールを絶対に忘れてはいけません。
💡 ただ生きるだけでなく、十分に生きよう
死が近づいて初めて「自分は今までいったい何にしていたのだろう?」と我に返る。 そんな後悔はしたくないはずです。
私たちは、将来の不安から「喜びを先送り」しすぎています。
もちろん、無一文になるまで散財しろという話ではありません。
しかし、限られた時間の中で最大限に命を燃やすためにも、「今しかできない経験への投資」は絶対にケチってはいけないということです。
「ただ生きるだけでなく、十分に生きる」ために。
あなたは今、将来の自分のために「今の自分」から多くをむしり取りすぎていませんか?

