カーナビに目的地を入れないまま、高速道路を全力で走り続けるようなものでした。
どこへ向かうべきかは、走っているうちに自然に決まるだろう、そう思っていたのです。
あなたは今、こうなっていませんか?
・noteを書いているのに、「誰に向けて書くか」を言語化したことがない・タイトルを考えるとき、「なんかいい感じ」という直感だけで決めている・記事を出しても読まれず、なぜなのかわからないまま次を書き続けている・「数を積み上げれば何か見えてくる」と信じて、設計をずっと後回しにしている
先に結論を言います。ターゲット設計書を1枚書くだけで、読まれ方が変わります。
この記事では、月3,000万円規模の広告を担当していたときに必ずやっていた「ターゲット設計書」を、なぜ自分のnoteでは10本目まで一度もやらなかったのか。その理由と、ようやく書いてみたあとに何が変わったかを書きます。
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広告の現場では、ボタンを押す前に必ず1枚書いていた
キャンペーン初日にExcelを開く、というルーティン
広告を出す前に、必ず「ターゲット設計書」を1枚書いていました。
フォーマットはシンプルで、「誰に届けるか」をひたすら言語化するだけです。
どんな人か(年齢、仕事、生活リズム、何に悩んでいるか)。
細かく書いてから、広告のコピーを考え始めるのが当たり前でした。
その人は今、何に困っていて、何を検索しているのか。
そこまで言語化してからでないと、言葉が定まらないからです。
書く内容は毎回大きく変わりません。
でも、この1枚があるかないかで、その後に書くすべての言葉が変わりました。
このプロセスを省いたキャンペーンを、Lilyはほぼ見たことがありません。
設計なしで出稿するのは、宛名なしで封筒を投函するようなもの、そういう感覚が、現場では共通認識でした。
何十本と広告を作ってきて、このルーティンを疑ったことは一度もありませんでした。
「当たり前すぎて意識もしていなかった」と言ったほうが正確かもしれません。
月3,000万円の広告費が、設計書の圧力を作っていた
これだけの広告費を動かすと、失敗のコストがとても大きいです。
「誰に届けるか」がズレると、すべてのクリエイティブがズレていきます。
1人のターゲットに刺さる言葉は、全員に向けた言葉より圧倒的に強い。
これは、何度も数字で確認してきた事実です。
「転職を考えている人へ」と書いた広告より、「IT業界に5年いて、なんとなく疲れてきた人へ」と書いたほうが、クリック率が上がることがほとんどでした。
刺さる言葉は、その人を具体的に想像することからしか生まれないからです。
失敗したキャンペーンを振り返ると、ほぼ全部が「ターゲット設計があいまいなまま走った」ものでした。
設計書は「作るのが面倒」というより、「作らないと後悔する」とわかっていたから書いていたのです。
広告は数字で結果が見えるので、設計のズレがそのまま数字に現れます。
だからこそ、設計を省くという発想自体がなかったのだと思います。
noteを始めたとき、なぜその工程をすっ飛ばしたのか
「自分のことを書くんだから」という思い込みがあった
noteを始めたとき、設計書を書こうとは一度も思いませんでした。
理由を振り返ると、「自分のことを書くんだから、読む人は自然についてくる」という思い込みがありました。
広告は「誰かに売るもの」、noteは「自分を発信するもの」、無意識にそう区別していたのだと思います。
でも、この区別は完全に間違いでした。
「自分のことを書く」としても、「誰に届けるか」を決めていなければ、誰にも届きません。
広告でもnoteでも、「届く」かどうかの原理は変わらないのに、なぜかそう思えませんでした。
発信するつもりでいても、読まれるかどうかは「読み手の問題意識と記事が一致するかどうか」で決まります。
その一致は、設計がないと生まれません。
自分の話をしているつもりが、気づいたら誰にも向いていない文章を積み上げていました。
これが、10本書いてわかったいちばん大きな失敗です。
「量を積めば絞られてくる」という楽観がベースにあった
もう一つの理由は、「書き続けていればターゲットが自然に絞られてくる」という期待です。
走りながら目的地を決めよう、という発想です。
でも実際には、方向が定まらないまま書いた10本は、バラバラな記事の積み上げになりました。
AIの話の次に副業の話、その次はツールの紹介、読者からすると、何の人かわかりません。
「書いているうちにテーマが見えてくる」という話をよく聞いていたので、それを信じていました。
でも、それは「テーマが見えてくる」という意味で、「ターゲットが自動的に絞られる」という意味ではなかったのです。
テーマは「何を書くか」、ターゲットは「誰に届けるか」、この2つは全然別のものでした。
テーマが固まっても、ターゲットが決まっていなければ、言葉は届きません。
10本書き終えたとき、自分のnoteのプロフィールページを開いて、少し途方に暮れました。
「これ、誰のためのアカウントなんだろう」という気持ちがじわっと出てきたからです。
10本書き終えて気づいた、設計がなかった証拠
タイトルを並べたら、全部「自分視点」だった
10本の記事タイトルを全部書き出してみました。
すると、ほぼ全部が「〜してみた」「〜を使った」「〜がわかった」という構造でした。
「〜で悩んでいる人へ」「〜したい人に読んでほしい」という、読者視点のタイトルが1本もありませんでした。
読者が「自分のことだ」と感じる余地が、最初から作られていなかったのです。
これはタイトルだけの問題ではありません。
タイトルが自分視点になるのは、「誰に届けるか」を最初に決めていないからです。
タイトルを見た読者は、「自分の悩みに答えてくれるか」を判断したいのに、自分視点のタイトルでは「この人の話が面白そうか」しか伝わりません。
この差が、読んでもらえるかどうかに直結していました。
タイトルは、設計の「結果」として出てくるものです。
設計がなければ、タイトルは「自分が書いたことの要約」にしかなりません。
記事ごとに「難易度」がバラバラだった
1本目はAIをほぼ使ったことがない人向け、4本目は慣れてきた人向け、7本目はほぼ自分の日記、という状態でした。
毎回、頭の中で想定している読者が違っていたのです。
これ、書いているときは全然気づかないんです(笑)。でも並べて見ると、明らかにちぐはぐです。
ターゲットが決まっていないから、記事ごとに「なんとなく想定した読者」が毎回変わってしまいます。
設計書がない状態では、これは避けられないことだとわかりました。
ある記事を読んでくれた人が、次の記事を読んだら「あれ、急に難しくなった」と感じる。
これは読者の問題ではなく、設計の問題です。
「量を積めば方向が決まる」という期待は、残念ながら正しくありませんでした。
方向は、積む前に決めないと、積むほどバラバラになります。
11本目の前に、たった1枚だけ書いた
広告と同じ形式で、40分だけ座った

思い切って、設計書を書くことにしました。かかった時間は、約40分です。
広告でやっていたのとほぼ同じフォーマットで、4つのことを書くだけです。
まず、読んでほしい人のイメージを書きました。職業や年齢ではなく、「今どんな気持ちか」で定義しました。
AIに興味はあるけど「自分はエンジニアじゃないし、難しすぎる気がする」と思っている人、そう書きました。
この1行を書くのに、意外と時間がかかりました。
次に、その人が今いちばん困っていることを書きました。
「AIでできることはわかるけど、自分の生活にどう使えばいいかわからない」、このあいまいさが、いちばん大きな壁だと整理しました。
それから、Lilyの記事で何が変わってほしいかを書きました。
「AIを怖いものではなく、日常で使えるツールとして最初の1歩を踏み出してほしい」、大きな変化じゃなくていい、という方向性を明確にしました。
最後に、記事を読んだあとに何をしてほしいかを書きました。
「何か1つ、今日試してほしい」、ここを決めると、記事の終わり方が自然に決まりました。
この4つを書くのに、約40分かかりました。
この40分が、それ以前の10本分の方向を変えた感覚があります。
設計書を書いた直後に、タイトルを3回書き直した
設計書を書き終えてから、11本目として書いていた記事のタイトルを見ました。
「あ、このタイトル、設計書に書いたあの人に刺さっていないな」と、すぐ気づきました。
最初のタイトルを書き直しました。書き直したものを設計書と見比べると、また少しズレていました。
もう1回直しました。3回目で、ようやく「これだ」というタイトルになりました。
「設計書に書いたあの人が、このタイトルを見て自分のことだと思うか」、この基準に照らし続けたら、言葉の構造が根本から変わりました。
最初のタイトルと3回目は、同じ内容の記事だとは思えないほど、受け取り方が違いました。
仕組みの全体像は有料記事にまとめています。ここでは、まず設計書の考え方だけ伝えます。
タイトルを3回書き直した記事を公開したあと
公開から24時間で、手応えが違った
記事を公開してから24時間以内のreadが、それ以前の10本の平均を超えました。
具体的な数字は書きませんが、「あ、届いている」という手応えが初めてありました。
それ以前の10本は、公開してもしばらく静かなことがほとんどでした。
11本目は、数時間後には何かが違うとわかりました。
10本目まで出し続けていても「本当に読まれているのか」という不安が常にありました。
11本目で、その不安の質が変わった感覚があります。
「届いているかどうかわからない不安」と「届いているけれど次どうするかという不安」は、種類が全然違います。
後者のほうが、ずっと前向きに動けます。
「まさに自分のことでした」という言葉が届いた
数字より印象に残ったのは、届いた言葉の質でした。
「まさに私のことでした」という反応が、初めて来ました。
それ以前の記事への反応は、「参考になります」「面白かったです」が多かったです。
11本目には、もう少し深いところから来た言葉が届きました。
「誰かに刺さっている」感触と「誰かに読まれた感触」は、全然違うものだとわかりました。
設計書を書く前と後で、この違いはくっきりありました。
同じ内容の記事でも、「誰に届けるかを決めたか」で、読者の受け取り方が変わります。
設計書の1枚が、その違いを作っていたのだと思います。
設計書を書いてわかった、大事なこと
「量を積む」と「ターゲットが絞られる」は別の話

10本書いてわかったのは、「量を積めばターゲットが絞られてくる」は間違いだということです。
テーマは絞られていっても、ターゲットは設計しないと絞られません。
テーマは「何を書くか」、ターゲットは「誰に届けるか」、この2つは別物です。
テーマが固まっても、ターゲットが決まっていなければ、言葉は届きません。
この2つを混同したまま書き続けると、積み上がるほどバラバラになります。
Lilyがまさにそうでした(笑)。
「自分のことを発信する場所」だからこそ、「誰に向けて発信するか」の設計が要ります。
逆説的ですが、これは本当のことだとわかりました。
設計書1枚は、40分の投資で10本分の方向を変えた
40分かけて書いた設計書1枚が、それ以前の10本より早く読まれました。
これを高いと見るか安いと見るかは人それぞれだと思います。
でも、Lilyには安かったです。
設計なしで10本書いた後の40分は、これまでのどの40分より効果がありました。
設計書を書いたからといって、バズるわけではありません。
でも「誰かに届いている」という感触が、初めてありました。
その感触を持てるかどうかは、続けるモチベーションに直結します。
届いているかどうかわからないまま書き続けるのは、正直しんどいです、、、
今日から1枚書いてみるなら
まず15分だけ、完璧にしない
ターゲット設計書と聞くと、フォーマットを探したり完成度を上げようとしたりしたくなります。
でも最初は、15分で十分です。
「誰に読んでほしいか」を1行、「その人は今どんな悩みを抱えているか」を2〜3行。
それだけ書けたら、設計書として機能します。
書き切ることより、書き始めることのほうが大事です。
完璧な設計書を作ろうとして書けないまま次の記事を出してしまう、それがいちばんもったいないです。
Lilyは40分かけて書きましたが、最初は15分でもちゃんと機能します。
精度よりも「誰に届けるかを言語化したかどうか」のほうが、はるかに大事だからです。
次に出すタイトルを、設計書に照らして確認する
1枚書いたら、次に出そうと思っているタイトルを横に並べてください。
設計書に書いたターゲットが、そのタイトルを見て「自分のことだ」と思うかどうかを確認します。
「なんかいい感じ」ではなく、「この人が読みたくなるか」で判断する、この基準だけで、タイトルの質が変わります。
Lilyが3回書き直したのも、この基準に照らし続けたからです。
設計書は、5〜10本書くうちに「もう少し絞ったほうがいい」「ここの想定がズレていた」という気づきが出てきます。
そのたびに更新するものなので、最初から完璧にしなくていいです。
10本書いてから設計書を書いたLilyが言うので、少しだけ信じてもらえると思います。
書く前より書いた後のほうが、ずっと書きやすくなりました。
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AIで「寝てても回る仕組み」を30日で組む全手順|コード不要・特典40ファイル・毎月更新
