なぜマネーフォワードは“祖業”を新会社に移したのか。決断の背景に「収益化」
Lynks ~Various Consulting~
マネーフォワードが、創業以来の事業を大きく転換する決断を下した。
2024年7月17日、同社は三井住友カードとの資本業務提携を発表。この提携に伴い、マネーフォワードは創業以来12年間守り育ててきた個人向け資産管理サービス「マネーフォワードME」事業を分社化し、新会社に移管する方針を明らかにした。新会社の株式49%を三井住友カードが取得し、残りの51%をマネーフォワードが保有する。
この決断は、マネーフォワードにとって「創業から12年間で最も大きな意思決定」(辻庸介社長)となる。1610万人もの利用者を抱え、国内最大級のPFM(個人資産管理)サービスとして知られるマネーフォワードMEは、同社の看板事業であり、社名の由来ともなった祖業だ。それを新会社に移すという決断の背景には、PFMサービスが長年直面してきた収益化の課題がある。
マネーフォワードは、なぜこのタイミングで祖業を新会社に移すという重要な決断を下したのか。そして、三井住友カードとのタッグは、PFMサービスの収益化という業界共通の課題にどのような解決策をもたらすのか。
PFMサービスの栄光と苦悩
マネーフォワードMEは、日本のPFMサービス市場において、圧倒的な存在感を示す先駆者だ。2012年の創業以来、着実に利用者を増やし、現在では1610万人もの個人が利用する国内最大級のサービスへと成長を遂げた。
その人気の秘密は、複数の金融機関の口座やクレジットカードの利用履歴を一元管理し、家計の全体像を「見える化」する便利さにある。スマートフォンひとつで、自身の資産状況を簡単に把握できるこのサービスは、デジタル時代の家計簿として多くのユーザーから支持を集めてきた。
しかし、その成長の陰で、大きな課題も抱えている。PFMサービスの収益化という難題だ。
「何らかお金に対する不安を持っている」ユーザーが88.4%にも上るという調査結果が示すように、個人の金融リテラシー向上や資産管理の重要性は広く認識されている。しかし、その需要の高さは必ずしも事業としての収益性に直結していない。
マネーフォワードの事業ポートフォリオを見ると、PFMサービスを含むHome事業の売上高は全体の約13%にとどまる。さらに、前年比16%増という成長率は、会社の基幹事業であるバックオフィス向けSaaSの45%増に比べると見劣りする。つまり、ユーザー数では圧倒的な存在感を示すPFMサービスだが、収益面では期待通りの成果を上げられていない現状が浮き彫りになっている。
この課題に対し、マネーフォワードはさまざまな施策を講じてきた。プレミアム会員向けの有料サービスの提供、金融商品の比較・紹介サービス、さらには保険、FP/IFA相談、資産運用、新電力など、他社との協業を積極的に推進。ユーザーの「お金の課題解決」を目指し、9000億円以上のTAM(最大市場規模)を持つ事業領域で、さまざまなサービス開発と提携を進めてきた。
しかし、こうした取り組みにもかかわらず、1610万人という圧倒的なユーザー基盤に見合う収益を上げるには至っていなかった。多くのPFMサービスが直面する「基本機能の無料提供」と「収益化」のジレンマは、マネーフォワードにとっても大きな課題であり続けた。
この課題に対し、マネーフォワードが出した答えが、三井住友カードとの資本業務提携だったわけだ。
「ポイントが貯まる家計簿」も
マネーフォワードと三井住友カードの業務提携により、両社はさまざまな機能の実現を目指している。
注目を集めたのは、PFM上で登録した複数の口座間で、ドラッグ&ドロップで資金を移動できる機能だ。これまでPFMは、口座の残高を取得する参照系APIを用いてサービスを提供してきた。口座の資金移動を可能にする更新系APIを用いたサービスが次の一歩として期待されていたが、セキュリティ面での難易度も高く、PFMでは実現に至っていない。ただし、この機能の実現には、必ずしも更新系APIを使用するとは限らず、具体的な実装方法についてはまだ明らかにされていない。
三井住友カードの決済をリアルタイムで家計簿に取り込む機能も重要だ。これにより、ユーザーは常に最新の家計状況を把握でき、より正確な資産管理が可能になる。
また、AIを活用したパーソナライズされたレコメンド機能の提供も計画している。ユーザーの資産状況や行動パターンを分析し、最適な金融商品や資産運用方法を提案する。例えば、家計や資産の状況から投資信託の積立とローンの繰り上げ返済のどちらがいいかをアドバイスするなど、ユーザーの財務状況に応じた具体的な提案が可能になる。
個人向けローン機能の組み込みも目指す。ユーザーは事前に借りられる金額が分かるため、急な出費や計画的な借入れに対して柔軟に対応できるようになる。これは、マネーフォワードMEの詳細な家計データと三井住友カードの与信ノウハウを組み合わせることで実現する機能だ。
さらに、「ポイントが貯まる家計簿」という概念も導入する。家計簿をつけること自体が三井住友グループが推進する第5の共通ポイント「Vポイント」の獲得につながり、そのポイントは三井住友カードのサービスで使用できるようになる。辻社長は、「家計簿をつけることでユーザーの資産が増えていく。そんな世界を作りたかった」としている。
資本業務提携による両社のメリット
では両社にとっての提携のメリットは、どこにあるのだろうか。
三井住友グループが進めている個人向け総合金融サービス「Olive」は、すでに絶好調の滑り出しを見せている。三井住友カードの大西幸彦社長は「今月中に300万ユーザー突破は間違いない」と自信を見せた。この勢いに乗るOliveを、個人向けPFMのトップを走るマネーフォワードと組み合わせることで、さらなる成長加速を図る狙いがある。
サービス強化の武器として期待を寄せるのが金融取引データの活用だ。マネーフォワードMEの1610万人のユーザーが持つ詳細な家計データと、Oliveの決済データを組み合わせることで、より精緻な与信判断やパーソナライズされたサービス提供が可能になる。三井住友カードの大西社長は「両社のサービスを掛け合わせて全く新しい世界を作っていきたい」と語り、このデータ融合による新たなサービス創出に期待を寄せている。
一方、マネーフォワードにとっては、金融サービスの提供が大きなメリットとなる。辻社長は「金融サービスを自社で開発する能力が不足していた。そこにOliveが多彩なサービスを携えて登場し、ぜひ一緒にやりたいと考えた」と述べた。自社開発が難しかった金融サービスを、この提携を通じて実現できる可能性が開けたわけだ。
新規ユーザー獲得の面では、両社の顧客基盤を活用したクロスセルも期待できる。例えば、三井住友カードのプラチナプリファード会員に対し、マネーフォワードMEの有償プラン相当のサービスを無料で提供するといった施策も考えられる。実際に、マネーフォワードは新電力のシン・エナジーとの提携で同様の手法を取っており、シン・エナジー利用者にマネーフォワードMEの有償サービスを無償提供している。
さらに、マネーフォワードMEの利用がOliveのポイント還元率アップにつながるような仕組みも検討できる。これにより、両社のサービス間でシナジーを生み出し、ユーザーの囲い込みと利用促進を図ることができる。
両社は、この提携を通じてオープンな金融プラットフォームの構築を目指している。大西社長は「自分の経済圏に囲い込むというのとは逆。開かれた中で広くさまざまなサービスとつなげていく」と述べ、囲い込みの狙いがないことを改めて強調した。
ブランド戦略とスケジュール
マネーフォワードと三井住友カードの資本業務提携は、大きな転換点となる。しかし、この新たな挑戦にはまだ多くの未確定要素も残されている。
最大の課題の一つが、新会社のブランド戦略だ。新会社には会長に大西氏、社長に辻氏が就任することは決まっているが、社名は未定だ。辻社長は「ブランド名はまだ決まっていない。頭を悩ませている」と語る一方で、「両方のブランド名は残していきたい」という意向も示している。
マネーフォワードMEとOlive、どちらも強い認知度を持つブランドだけに、両ブランドの併用など、さまざまな選択肢が考えられるが、最終的な決定はユーザーの反応を大きく左右する可能性がある。
スケジュールに関しては、2024年12月に新会社の設立を予定している。辻社長は「春にお会いして、『こうしたサービスができればワクワクするね』という話をしたが、数カ月で検討して本日に至った」と話す。わずか数カ月という短期間で今回の提携は具体化した。
この提携は、マネーフォワードにとって祖業との決別ではなく、むしろPFMサービスの新たな進化の機会として捉えられる。テクノロジー企業としての強みを保ちつつ、大手金融機関のリソースを活用することで、「お金の課題解決」というミッションをより強力に推進しようとする戦略的な判断だ。
一方、三井住友カードは詳細な家計データを活用した新しい金融サービスの創出というチャンスを手に入れた。両社の強みを生かしたこの提携が、日本の個人向け金融サービス市場にどのような変革をもたらすのか、今後の展開が注目される。