この記事はYahoo!リアルタイム検索アプリを使用してリサーチした結果をベースに
あれこれ駄文をトッピングして書き連ねていくというスタイルの一風変わったフォーマットの文章です。
アプリ調査項目10項目はのちほど半ばくらいに現れます。
有料記事の為に新規書き下ろしした記事で今回満を持してのお披露目となります。
今回のテーマは「おひとりさまに優しい国ニッポン」です。
では早速いってみましょう!
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「味集中カウンターでひとりリンダリンダを叫ぶバスツアー」がある国、ニッポン。いや、そんなものはきっとどこにもない。
「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」を、通勤の合間に読む昼下がり。これはなかなか素敵だね。
ところで、日本はおひとりさま文化に対してとても寛容ですよね。
その歴史は古く、江戸時代の庶民は街角や寺社の縁日などで屋台を利用して手軽に食事を楽しんでいました。
屋台では蕎麦、天ぷら、焼き鳥、団子、甘酒などが提供され、現代のファーストフードのような役割を果たしていました。
江戸時代からあった1人鍋――独身者や単身者は武士でも庶民でも鍋をつついていたそうです。
それが現代のラーメン店や牛丼店での孤食文化の萌芽に連なっている――。
ひるがえって私はこの現代の少子化の理由の一つに「いつでもぼっち飯が食べられる環境が整い過ぎている」というのがあるのかな、とも思ったのですが、それは杞憂だったようです。
こうして江戸~昭和の歴史を見るとなんだ、昔からおひとりさま文化ってとっくに花開いていたじゃんか、ベビーブーム世代のときでもひとり飯は厳然として存在してきたんでないのか。
安易に原因の因果関係と相関関係を混同してはいけません。
今の外食産業が隆盛なのもおひとりさまに優しいのも現状追従型の需要があって結果的に時代に合わせた成り行きであって、
なにもひとり飯できる環境が整い過ぎているから少子化が進んでしまうのだ・・・という考え方は時系列の過程を無視した本末転倒な発想なのです。
欧米ではおひとりさまに対する風当たりが厳しい
よく比較として引き出されるフレーズとして個人主義の強そうな北欧やドイツは外すとして、南欧やフランスあたりでは食事は社交の意味合いが強く、
「欧州・アメリカにはカップル文化というのがあってところによっては日本の同調圧力のそれよりも強いプレッシャーがある」社会
であるともいわれますが向こうでは一人で食事をしていると
「友達は?パートナーはいないの?」と奇異な目で見られ
「(可哀そうな人)、私たちのテーブルで一緒に食事をしましょう」なんていう申し出を何度も受けたという日本人旅行者の声もあります。
逆に煩わしい社交文化に疲れ切ってしまった海外から見ると「日本には本当の自由がある」などとセレブの発言が大いにバズるという現象も巻き起こりました。
こうしてみるとなぜおひとりさま文化に抵抗があるのか?実は案外理由は単純かも知れないのではないでしょうか。
欧米では儒教社会はなじみのないものでありますが、実質的にアジア圏のそれを置き換える社会規範がすでに同様に存在して
欧米であったとしても保守的な風土というのは社会の安定を志向していて、なにか、こう…食事という社会的行為を単独人では決して行えないようフィルタリングする、
行動単位をユニット管理にして統治しやすくする、外部者よりも縁故者だけをより抜く選好的優遇メカニズムが儒教と同等に機能しているのではないか?
過剰な個人主義の発達は人口動静に悪影響を及ぼすというのを本能的に警戒していたというのが奇妙にも儒教精神と一致した、という見方。
そんなしょーもないことも考えたりします。
というわけで時代は新自由主義です。さっきのセレブの発言がバズるのくだりでふと我に返ったのですけれど、小賢しい話はこれくらいにして
おひとりさまといえば「一人旅」。
冒頭の「表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬」というのは何を隠そうそうした一人旅エッセイの名著、
その辺の旅好き本好きの人に聞いたらまず筆頭として挙がるのに違いないであろう素敵な紀行文、
これを皆さまにご紹介したかったのです。タダの前フリではなかったんですね~。
