【本稿の目的】
本稿は、苦しい感情を無理に消したりコントロールしたりせず、感情があっても、必要以上に生活や行動を止めないための「感情との付き合い方」を整理した文章です。
【読書前のご注意】
本稿は、日常生活におけるセルフマネジメントを目的とした思考フレームワークです。
医学的・心理学的な診断や治療を目的とするものではなく、個別の症状に対する治療法を示すものでもありません。
現在、精神科・心療内科その他の医療機関で治療を受けている方は、本稿の内容を理由に、服薬・通院・治療方針を自己判断で変更または中断せず、担当する医師や専門家の指示を優先してください。
また、強いパニック、フラッシュバック、現実感の著しい低下、日常生活に大きな支障がある状態など、自分一人で扱うことが難しい症状がある場合は、本稿だけで対処しようとせず、適切な医療機関や専門家への相談を優先してください。
⸻
苦しい感情が出たとき、人はその感情そのものを何とかしようとする。
悲しい。
怖い。
寂しい。
不安になる。
胸が重い。
すると、
「早く消したい」
「こんな気持ちになってはいけない」
「もっと前向きに考えよう」
「何かをして忘れよう」
「なぜこんな気持ちになるのか考えよう」
と動き始める。
もちろん、現実に解決すべき問題があるなら対応する必要はある。
しかし、
感情そのものまで、必ず解決しなければならない問題なのだろうか。
ここを一度分けて考えてみる。
大切なものを失えば、悲しさが出る。
危険を感じれば、怖くなる。
人とのつながりを失えば、寂しさが出ることもある。
まず起きているのは、心と身体の反応である。
そして、その反応が起きたあとに何をするかによって、苦しさがさらに増えたり、生活まで感情に縛られたりすることがある。
本稿で扱うのは、その部分である。
⸻
感情は、雨にたとえると分かりやすい
雨が降っているとする。
普通は、
「この雨を今すぐ晴れに変えなければ」
とは考えない。
雨が降っていることを確認して、必要なら傘をさす。
そして、出かける。
感情もこれに近い。
悲しさがある。
不安がある。
胸が重い。
そのとき、
「今、こういう反応が起きている」
と扱うことはできる。
ここで重要なのは、
感情を好きになることでも、
感情を肯定することでも、
「これは素晴らしい経験だ」と意味づけることでもない。
ただ、
感情があることと、その感情を消さなければ生活できないことは別である。
感情が残っているからといって、必ずしも生活のすべてを止める必要はない。
雨を止めなくても行動できるのと同じように、感情を完全に消さなくても生活は動かせることがある。
これが、この考え方の基本になる。
⸻
感情と、そのあとに出てくるストーリーは別である
たとえば、
「寂しい」
という感情が出たとする。
ここまでは、今起きている反応である。
しかし、そのあとに思考が続くことがある。
「自分には誰もいない」
「昔から人間関係がうまくいかない」
「自分には何か欠けているのかもしれない」
「この先もずっと一人なのではないか」
すると、
最初は「寂しい」という一つの感情だったものが、
過去の評価、
自分への評価、
未来の予測まで含んだ大きな話へ広がっていく。
そして、その話を考えることで、さらに不安や悲しさが出てくる。
すると、その新しい感情を材料に、また考える。
つまり、
感情 ↓ 思考 ↓ ストーリー ↓ 新しい感情 ↓ さらに思考
という循環が起こることがある。
ここで大事なのは、
思考をなくすことではない。
「もうダメかもしれない」
という思考が出ることはある。
そのとき、
「今、『もうダメかもしれない』という思考が出ている」
と気づくところまでは問題ない。
そのあと、
「だから自分はダメな人間だ」
「昔からそうだった」
「この先も全部うまくいかない」
と話を広げ続ける必要はない。
「悲しい」という感情と、
「だから自分の人生はこうだ」という結論は、
同じものではない。
まずそこを分ける。
⸻
感情から逃げ続けると、生活の方が変わっていくことがある
感情が苦しいと、感じないように何かをすることがある。
不安だからスマホを見る。
寂しいから誰かに連絡する。
胸が重いからゲームをする。
悲しいから仕事を詰め込む。
こうした行動そのものが悪いわけではない。
スマホを見てもいい。
ゲームをしてもいい。
誰かと話してもいい。
問題になりやすいのは、
「この感情を感じないためには、これをしなければならない」
という関係が強くなることである。
たとえば、
一人になると不安だから、常に誰かと連絡を取る。
暇になると嫌な感情が出るから、予定を詰め続ける。
ある場所へ行くと感情が出そうだから、その場所を避け続ける。
こうしたことが積み重なると、
最初は感情から逃げていただけなのに、
少しずつ生活の方が感情に合わせて変わっていく。
一人で過ごせない。
暇になるのが怖い。
行ける場所が減る。
何かをしていないと落ち着かない。
ここまで来ると、
問題は感情があることだけではなくなる。
感情を避けることが、生活の条件になっている。
ここが回避の厄介なところである。
⸻
感情を消そうとすると、新しい仕事が増える
もう一つ起きやすいことがある。
苦しい感情が出る。
そこで、
「この感情を消さなければ」
と考える。
すると次に、
「まだ残っている」
「さっきより強い」
「ちゃんと抜けていない」
「いつになったら消えるんだ」
と確認し始める。
最初は感情が一つあっただけだった。
しかし途中から、
感情 + 感情を消す仕事 + 消えたか確認する仕事
になる。
つまり、
感情そのものとは別に、その感情を処理するための仕事が増えている。
しかも、消えたかどうかを何度も確認すれば、そのたびに感情へ注意が戻る。
だから、
「早く消すこと」
を目標にすると、その目標そのものが新しい負担になることがある。
ここで目標を変える。
感情を早く消すことではない。
感情がそこにあっても、それ自体を問題として扱わないこと。
これが重要になる。
⸻
感情を消す方法が変わっても、目的が同じなら同じ構造になる
前向きに考えることが悪いわけではない。
感謝することが悪いわけでもない。
たとえば、
悲しい。
↓
「悲しんではいけない」
↓
「もっと前向きに考えよう」
↓
まだ悲しい。
↓
「自分は切り替えが下手だ」
となれば、
ポジティブ思考が自分を支えるものではなく、
ネガティブな感情を追い出すための作業になっている。
悲しいなら、その時点では悲しさがある。
無理に別の感情へ上書きする必要はない。
同じことは、
「受け入れよう」
「手放そう」
という考え方にも起こり得る。
「ちゃんと受け入れられたか」
「まだ抵抗している」
「早く手放さなければ」
「まだ手放せていない」
と確認し始めれば、
今度は「受け入れること」や「手放すこと」が新しい課題になる。
方法がポジティブ思考でも、
受け入れることでも、
手放すことでも、
感情を消すための作業になれば、同じ構造が起こり得る。
だから、
無理に前向きになろうとしなくていい。
無理に受け入れようとしなくていい。
無理に手放そうともしなくていい。
本稿でいう「通す」に近いのは、
すでにある感情に、余計な操作を加えないことである。
