土曜の朝が、こんなに憂うつになるなんて思っていませんでした。
子どもが「やりたい」と言った学童野球。
私も「分かった。応援する。」と決めたはずなのに、
週末が来るのが、どこか憂うつでした。
「今日、私はちゃんとできるかな」
「何か言われたらどうしよう」
「周りから浮いてないかな」
「ああ、正直行きたくない」
週末を嬉しそうに待つ子ども。
それを微笑ましく感じつつ、私はずっと、見えないしがらみと戦っていました。
学童野球って、あまり“いい話”を聞かなくないですか。
・大変だよ
・共働きは無理だよ
・土日は全部つぶれるよ
私も、まさにそのイメージを持っていました。
夫も私も野球未経験。ルールもよく分からない。
正直、「よりによって野球か…」と思ったのが本音です。
それでも「教えるのは親じゃないし」「送り迎えくらいなら何とかなるでしょ」
そう自分に言い聞かせて、入団を決めました。
その判断が、自分を苦しめるとも思わずに。
始まってみて、一番つらかったのは、作業の多さではありませんでした。
『どう振る舞えばいいのか分からない時間』
それが、想像以上にしんどかったのです。
グラウンドに行けば、テキパキと動く母たち。
私は、誰がどの子の親なのかも分からない。
何をしたらいいのか分からない。
誰に話しかけていいのかも分からない。
どこに立っていればいいのかも分からない。
分からない、分からない、分からない。
だからといって、ずっとスマホを眺めていたら感じ悪いよね。
え?じゃあ、何すればいいの?
一応、話に混ざってみる。
でも、この人がどの子の親なのかも分からない。
適当に相槌を打って、愛想笑いして。
「ちゃんとした野球母」を演じようと、必死でした。
家に帰ってからも、余裕はありませんでした。
やることが終わらない。
部屋は片付かない。
疲れているのに、休めない。
できない自分にイライラして、
家族にも当たってしまって、
そんな自分が嫌で、さらに落ち込む。
「応援したいだけなのに、どうして私は、こんなに苦しくなっているんだろう」
学童野球を始めて、初めてそう思いました。
今まで楽しみにしていた週末が、
「来ないでくれ」と思うものに変わってしまったのです。
もしかして、あなたも今、同じように感じていませんか?
今振り返ると、私はずっと、見えないルールに縛られていました。
行かなきゃ。
手伝わなきゃ。
ちゃんとやらなきゃ。
でも、その「ちゃんと」は、誰が決めたものだったのか。
当時の私は、それを考える余裕すらありませんでした。
あるとき、ほんの小さな気づきがありました。
「もしかして、全部を背負いすぎていたのは、私自身だったのかもしれない」
そこから少しずつ、学童野球との関わり方を見直しました。
すると、景色が変わったのです。
前日から「明日は野球の日だ」と、少し楽しみにしている自分。
当日の朝、眠たい目をこすりながら、「頑張れよー」と心の中で唱えつつ、おにぎりを握る自分。
できない自分にいっぱいいっぱいだったはずなのに、
子どもが野球をする姿を、純粋に楽しめるようになっていました。
そうなったのは、「あること」を知ったから。
あんなに憂うつだった週末が、
少しずつ、違うものに変わっていったのです。
想像してみてください。
土曜日の朝、「今日はどんな姿を見せてくれるのかな」と思いながら、グラウンドに向かう自分を。
周りと比べるのではなく、「私たちは、私たちに合った関わり方でいい」と、心穏やかに過ごせる自分を。
帰りの車の中で、「今日もカッコよかったよ」と、素直に子どもを褒められる自分を。
もし、学童野球がしんどいという気持ちを抱えているのなら、
あなたが弱いわけでも、
向いていないわけでもありません。
私もずっと、「なんでこんなに苦しいんだろう」
その理由が分からないまま、週末を迎えていました。
応援したい気持ちはあるのに、心はついてこない。
ちゃんとやっているはずなのに、どこかで苦しくなっていく。
その違和感の正体に気づくまで、私は少し遠回りをしました。
ここから先では、
私が実際につまずいた場面や、
「しんどさ」が形になった瞬間について、
正直に書いています。
もし、今のあなたがあの頃の私と重なるなら。
この続きは、土曜の朝を迎える気持ちを少し変えるきっかけになるかもしれません。
