
新宿の夜景を一望できるパークハイアットのスイートルーム。 事後の熱気が残るシーツの中で、俺は自分がいかに「美しく破滅したか」を、呼び出したデリヘル嬢に語っていた。
「……時代の波に飲まれただけさ。Web3という夢に、俺は三千万と人生をベットした。後悔はないよ」
俺は、一晩のサービス料として数万円を支払った相手に対し、自分は「大きな何か」に挑んで散ったのだという酔いしれるようなカタルシスをぶつけていた。負け惜しみではない、そう自分に言い聞かせるための儀式だった。
だが、源氏名「サヤ」というその女は、事後の火照りも感じさせない冷徹な手つきで、脱ぎ捨てていた白いニットを手に取った。
「三千万。……あんた、それだけあればシカゴ大豆の建玉をどれだけ操作できたか、考えたこともないんでしょ」
「……シカゴ大豆?」
雰囲気に似つかわしくない無機質な単語に、俺の自尊心に小さな亀裂が入った。
「あんな地味なもの、相場じゃない。俺が求めていたのはもっと、こう、爆発的な……」
サヤは無造作に黒髪をかき上げ、タイトな白いニットに腕を通す。大きく盛り上がった胸元が生地を押し上げ、知的な眼鏡の奥の瞳が鏡越しに俺を射抜いた。それは、客を蔑む目ですらなく、ただ「無能な統計データ」を眺めるような、無機質な視線だった。
「そう。爆発して、自分が消えちゃったわけね。ご愁傷様。チップ、多めに置いてくれてありがとう。」
サヤは表情ひとつ変えず、部屋を出ていった。 残されたのは、清潔すぎるシーツの匂いと、俺の薄っぺらなプライドの残骸だけだった。
ビル屋上の再会

三十分後。 俺は最上階のさらに上、普段は施錠されているはずのビル屋上の縁に立っていた。 吹き付ける風が、最後の感傷を煽る。スマホの画面には、ゼロが並んだ取引所の残高。これを消去し、俺も消える。完璧なエンディングだ。
「いい場所ね。景色だけは」
背後から響いた声に、心臓が跳ねた。サヤだった。なぜか非常階段の重い扉に背を預けて立っている。
「……サヤ? なんでここに」 「忘れ物」 「まさか、俺を止めに来たなんて言うなよ」 「自意識過剰よ。それより、関係者でもないあんたが、どうしてその扉を開けられたの?」
俺は鼻で笑い、ポケットの中にある特注のマスターキーを弄んだ。 「金があれば、どうにかなることが多いんだよ。この世の中はな」
死にゆく男の、精一杯の強がり。だが、サヤの返答は刃物より鋭かった。
「そう。――で、今はその金がなくなって、どうにもならなくなって死ぬってわけね。滑稽だわ」
敗因は「対応」にある
「なんだと……?」 「あんたが負けた本当の理由を教えてあげる。ビットコインの暴落じゃない。『予測』が外れた時の対応が、何一つできなかったことよ」
サヤは歩み寄り、自分のスマホを俺の目の前に突きつけた。そこには、俺が見慣れた暗号通貨の心電図のようなチャートではなく、ゆったりとした「うねり」を描く黄金色のラインが表示されていた。
「デイトレが難しいのはね、ボラティリティが脳の処理限界を超えているからよ。予測が外れたコンマ一秒後に、冷徹な損切りを自分に強いる。そんなの機械のやることで、人間の仕事じゃないわ。あんたが弱かったんじゃない。戦う場所を間違えていただけよ」
彼女の声は、夜風よりも冷たく俺の胸に突き刺さる。
「私が扱っているのは『うねり』。穀物の相場は、仮想通貨ほど速くない。だから、予測が外れても、それに対応して『建玉を操作する』時間が残されている。プロに必要なのは、瞬間的な反射神経じゃない。ゆったりとした波の中で、自分のミスを修正していく**『技術』**なのよ」
「……何をすればいい」
「死ぬのは、この『うねり』を攻略する技術を学んでからでも遅くないわ。明日から、あんたには『数字』を書いてもらうわ。画面の中の光る点じゃなくて、紙の上に、自分の手でね」
俺の人生の損切りは、この女によって一方的に拒否された。
💡 今回の学び:相場技術論の入り口
- 予測の否定: 「当てる」ことに全力を注ぐから、外れた時に動けなくなる。
- ボラティリティの罠: 速すぎる相場は、人間の判断力を奪う。
- 技術(アート)の必要性: 予測が外れても利益を残す「建玉操作」こそがプロの証。
