「うちは大丈夫」だと思っていた。
お母さんが元気なうちに、娘の私が知っておきたかった、
たった一つのこと。
お父さんの相続は、何事もなく穏やかに終わった。
だから、次もきっと大丈夫。
心のどこかで、そう信じていませんでしたか?
でも、もし…。
二次相続で、家族の財産が半分になり、
思い出の詰まった実家を、手放さなくてはならなくなるとしたら…?
これは、遠い誰かの話ではありません。
一次相続を無事に終えた、ほとんどの家庭に訪れる「未来」の姿なのです。
なぜ、二次相続はこんなにも厳しいのか?
お父さんの時に使えた「魔法の特例(配偶者控除)」が使えないから
思い出の土地を守る「お守り(小規模宅地等の特例)」も使いにくいから
そもそも「非課税の枠」自体が小さくなってしまうから
知識がなければ、対策もできません。
でも、もう心配しないでください。
この本は、難しい法律用語や計算式を並べた専門書ではありません。
田舎に住む女性が、お母さんと一緒に、一つひとつ不安を乗り越えていく「物語」です。
【この本で得られること】
✅ 二次相続で数百万円の税金を損しないための、具体的な知恵が身につきます。
✅ 節税のためだけじゃない、家族の絆を深めるあたたかい対策が見つかります。
✅ 「生前贈与」「生命保険」「リフォーム」など、今すぐできるアクションがわかります。
✅ 家族が「争う相続」を避けるための、一番大切な約束を知ることができます。
✅ 読み終えた時、不安が希望に変わっていることをお約束します。
はじめに
縁側でまどろむ猫の背を、夕陽がやさしく撫でています。
庭の隅では、名も知らぬ秋の虫が、りん、と鳴きました。
私の隣で、母が静かにお茶をすすっています。
父が空へと旅立ったあの日。
深い悲しみの中、相続という大きな手続きは、まるで魔法のように、痛みもなく通り過ぎていきました。
「うちは大丈夫」
私たちは、何の疑いもなくそう信じていました。
「ねぇ、もし私がいなくなったら、この家、どうするの」
ある日、母がぽつりと呟いたその一言が、私の心に小さな波紋を広げました。
父の時は使えた魔法が、次はもう使えないこと。
家族の思い出が詰まったこの場所が、いつか悩みの種に変わるかもしれないこと。
「二次相続」という、初めて聞くその言葉の響きは、穏やかな日々に静かな不安の影を落としました。
これは、難しい数字を並べた解説書ではありません。
大切な家族を想い、その未来にそっと心を寄せる、あなたと私のための物語です。
来るべき未来の私たちへ、心を込めて荷造りをする「仕送り」のように。
家族の愛が、お金の心配で曇ることのないように。
ページをめくるたび、あなたの心の不安が、あたたかな希望の灯に変わることを願いながら。
さあ、一緒にはじめましょう。
私たちの未来を守るための、静かで、けれど確かな一歩を。
第1章 ある晴れた日、お母さんと相続の話をしてみた
お父さんが亡くなった時、家族は悲しみの中でも穏やかだった。でも、もし次にお母さんに何かあったら…? ふとした会話から始まる、私たちの未来の物語。
秋の光は、夏の名残を惜しむように、やわらかく縁側に差し込んでいます。私が淹れたばかりのほうじ茶の湯気が、その光の中でゆらりと立ちのぼり、香ばしい匂いを運んできました。私の隣では、母が小さな湯呑みを両手で包むように持ち、遠くの山並みを静かに眺めています。その膝の上では、うちの三毛猫のミケが、安心しきった顔で丸くなっていました。
父が空へと旅立ってから、五年という月日が流れました。
あの頃の記憶は、今でも胸の奥をきゅっと締めつけます。けれど、葬儀やその後の手続きに追われた日々は、不思議なほど穏やかだったように思い出されます。特に、お金にまつわる心配事は、ほとんどありませんでした。ご近所の方から「相続は大変でしょう」と声をかけられても、母と私は顔を見合わせ、「うちは、大丈夫みたい」と、どこか他人事のように答えていたのです。
「ねぇ、もし、私がいなくなったら」
突然、母がぽつりと呟きました。
その声は、秋風に揺れるコスモスのように、かそけくて、それでいて私の心の真ん中に、すっと届きました。
「この家とか、畑とか、どうするのかしらね」
私は言葉に詰まりました。考えたこともなかった、というより、無意識に考えるのを避けてきた問いでした。父の時、あれほど穏やかに過ぎていったのだから、次もきっと大丈夫。そう、心のどこかで何の根拠もなく信じ込んでいたのです。
母のその一言が、私の心に投げ込まれた小さな石のように、静かな波紋を広げ始めていました。穏やかだったはずの日常に、ほんの少しだけ、見たことのない影が落ちた瞬間でした。
1-1. 「うちは大丈夫」の根拠って、なんだろう?
その日の夕食後、私は珍しく、父の相続の時に使ったファイルを持ち出してきました。母は「あら、懐かしいわね」と少し驚いた顔をしましたが、すぐに私の隣に座り、分厚いファイルを一緒に覗き込んでくれました。
「あの時、税理士の先生が『奥様の場合は大丈夫ですから』って言ってくれたのよね」
母の言葉に、私も頷きました。そうだ、あの時、スーツを着た優しい目をした先生は、難しい書類を前に途方に暮れる私たちに、そう言って安心させてくれたのです。私たちはその言葉を、まるで神様のお告げのように信じ、それ以上深く考えることをしませんでした。
「でも、その『大丈夫』って、どういう意味だったんだろうね」
私は、ファイルの中の「遺産分割協議書」や「相続税申告書」と書かれた書類を指でなぞりながら呟きました。そこには、見たこともない漢字や数字がびっしりと並んでいます。私たち家族の歴史が、全く知らない言葉に翻訳されてしまったような、不思議な気持ちになりました。
「うちは、そんなにお金持ちってわけじゃないしねぇ」
「借金もなかったし、それが一番よね」
母と私は、これまで自分たちが安心していた理由を、一つひとつ言葉にして確かめ合いました。けれど、そのどれもが、ふわふわとした雲のようで、確かな手触りがありません。「周りの家と比べたら、うちは質素な方だ」とか、「都会と違って土地の値段も高くないだろう」とか。そのすべてが、私たちの「感覚」や「希望的観測」でしかなかったことに、私は気づき始めていました。
父が真面目に働いて遺してくれた、わずかばかりの預貯金。祖父が建て、父が大切に手入れをしてきたこの家。そして、季節ごとに豊かな実りを与えてくれる、小さな畑。それらは決して「大した財産」ではないかもしれないけれど、私たち家族にとっては、かけがえのない宝物です。その宝物が、次の世代に渡る時、本当に「大丈夫」だと言い切れるのでしょうか。
今まで見て見ぬふりをしてきた、漠然とした不安の正体。それを知りたい、知らなければいけない。そんな気持ちが、心の奥底から静かに湧き上がってくるのを感じていました。
この小さな「どうしてだろう?」という疑問こそが、未来の私たちを助けるための、最初の扉をノックする音だったのかもしれません。もし、あなたが今、私と同じように「うちは大丈夫かな?」と少しでも感じているのなら、それは未来の家族からの大切なメッセージです。その小さな声に耳を澄ませること。それが、すべての始まりになるのですから。
1-2. お父さんの時、魔法みたいに税金がかからなかった本当の理由
「これじゃないかしら」