はじめに:揺れる日常の隙間で
オフィスの窓から見える東京の景色は、今日も変わらず無機質で、それでいて不思議と安らぎを与えてくれます。
私は都内の某商社で事務の仕事をしています。毎日決まった時間に地下鉄に乗り、決まったデスクで数字を追い、定時になればスーパーに寄って帰る。そんなルーティンを愛する、平穏を好む性格です。
正直に言うと、私は怖がりです。
人混みが苦手だし、突発的な出来事にはすぐに心臓が早鐘を打ちます。だからこそ、心のどこかでずっと引っかかっていたことがありました。
「今、この瞬間に地面が揺れたら、私はどうなるんだろう」
そんな漠然とした不安です。
私は大きな地震を経験したことがありません。テレビで見る被災地の映像は、どこか遠い世界の出来事のように感じてしまう自分がいて、そんな薄情な自分にまた嫌悪感を抱くこともありました。
でも、防災リュックを用意するだけが対策ではないはずです。家にいない時間、つまり通勤中や勤務中、あるいは休日の外出先で被災したら? その時、私の持っている防災リュックは家のクローゼットの中です。
「何も知らないまま死ぬのは嫌だ」
そう思って、私はある休日に意を決して、専門家の資料や経験談を徹底的に調べることにしました。元消防士の方の知識や、実際に被災された方の言葉。それらをノートに書き写し、自分の行動範囲に当てはめてシミュレーションしてみたのです。
これは、そんな私の「私的な備忘録」です。
専門家ではない、ただの怖がりな事務職の私が、自分を守るために集めた情報の共有。もし、私と同じように「なんとなく怖いけれど、何をどう考えればいいかわからない」と思っている方がいたら、このノートが少しでも役に立てばいいな、そんなふうに思っています。
第1章:外出中に地震発生! 公共交通機関・施設内での生存戦略
1. あの瞬間の「11時」を想像してみる
ある統計データを見て、背筋が少し寒くなりました。
全世帯の外出率が最も高くなるのは、午前7時から夕方19時の間。最大で40%もの人が家の外にいるそうです。
特に、午前11時。
この時間、皆さんはどこにいますか?
平日の私なら、間違いなくオフィスのデスクでパソコンに向かっています。あるいは、お使いで近くの郵便局へ歩いているかもしれません。
休日ならどうでしょう。久しぶりの買い物でデパートにいるかもしれないし、電車に乗って少し遠出をしているかもしれません。
もし、その「午前11時」にマグニチュード7クラスの地震が起きたら。
想像してみてください。
私は最初、「とにかく逃げなきゃ」と思っていました。「早く家に帰りたい」「安全な場所に移動したい」。そう考えるのが普通だと思っていたのです。
けれど、調べてみて分かったのは、その思考こそが「間違い」だということでした。
「まずはその場で、身の安全を確保する」
これが鉄則です。当たり前のように聞こえますが、実際の大きな揺れの中では、人は立っていられないそうです。逃げるどころか、一歩も動けない。
そんな中で無理に移動しようとすれば、転倒したり、落下物に当たったりして怪我をするリスクが跳ね上がります。
「家に帰りたい」「ここから出たい」というはやる気持ちを、ぐっと抑えること。
揺れている最中は、移動しない。帰ろうとしない。
持っている鞄で頭を守り、ダンゴムシのように身を小さくして、嵐が過ぎるのを待つ。
私の愛用している、書類がたっぷり入った重たい革のトートバッグ。これがいざという時には、私の頭を守る盾になるのだと言い聞かせました。
2. 地下鉄・バスという密室での孤独な戦い
通勤ラッシュの地下鉄やバス。内向的な私にとって、あの空間はただでさえストレスの溜まる場所です。そこが大地震の現場になったら……想像するだけで息が詰まります。
公共交通機関に乗っている時、もし揺れを感じたら。
ここでのポイントは、「運転手さん(プロ)に身を委ねる」という覚悟を決めることでした。
バスや電車は、地震を感知すると急停車します。つり革や手すりを、指が白くなるほど強く握りしめてください。座席に座っているなら、前の座席の背もたれや手すりにしがみつきます。
そして、絶対に勝手に行動しないこと。
「早く降ろして!」と叫びたくなるかもしれません。でも、外の状況は車内よりも危険かもしれないのです。
バス会社や鉄道会社には、私たちが知らない安全確保のマニュアルがあり、乗務員さんはその訓練を受けています。彼らが「扉を開けます、避難してください」と言うまでは、じっと耐える。それが生存率を高める最善手です。
さらに、興味深い(そして少し怖い)データを見つけました。
バスや電車には、「事故の際に死亡率が低い席」というものが統計的に存在するそうです。
【バスの場合】
右側(運転席側)
中央通路側
タイヤの上
非常口に近い席
【電車(10両編成)の場合】
4両目から7両目(全体の中央付近の車両)
もちろん、毎朝の満員電車で席を選り好みする余裕なんてありません。でも、もし選べる状況なら。あるいは、車両のどのあたりに乗るか決められるなら。
私はこれまで、「端っこの車両の方が空いているから」という理由で先頭や最後尾に乗りがちでした。でも、これを知ってからは、なるべく真ん中の車両に乗ろうと意識が変わりました。
こういう小さな知識の積み重ねが、気休めかもしれないけれど、私のお守りになっています。
3. 商業施設・オフィスビル:降ってくる凶器
次は、私が一日の大半を過ごすオフィスや、休日に訪れる商業施設についてです。
ビルの中での最大の敵。それは「上から落ちてくるもの」です。
きらびやかなシャンデリア、おしゃれなショーウィンドウ、高く積まれた商品棚、オフィスの頭上にある蛍光灯。
日常では空間を彩るそれらが、揺れた瞬間に凶器へと変わります。
以前、ある映像を見ました。地震の瞬間、人は反射的に「何が起きたんだろう?」と上を見上げてしまうのです。でも、それは一番やってはいけないことでした。
ガラスの破片や照明器具が、顔を目掛けて降ってくるからです。
「絶対に上を見ない」
「棚やガラスから離れる」
もしデパートにいたら、商品棚の列には絶対に入り込んではいけません。できるだけ広い通路の真ん中や、エレベーターホールの広いスペースへ。そこで鞄を頭に乗せてうずくまる。
揺れが収まったら、避難を開始します。ここで重要なのが「避難経路」です。
普段、私たちはエスカレーターやエレベーターを使いますよね。
でも、災害時はこれらは使えません。使うべきは「階段」です。
商業施設やオフィスビルには、法律で「2箇所以上の避難階段」の設置が義務付けられているそうです。
皆さんは、よく行くデパートや自分の会社の、2つの階段の場所を即座に答えられますか?
私は恥ずかしながら、会社の非常階段の場所を1つしか知りませんでした。
もう1つはどこにあるんだろう?
翌日出社した際、こっそりと給湯室の奥にある非常口を確認しました。普段は使わない重い鉄の扉。これを知っているかどうかで、生死が分かれるかもしれないのです。
また、もし地下街やデパ地下にいた場合も同様です。パニックにならず、地上へと続く階段を探すこと。地下は閉塞感があり恐怖が増しますが、落ち着いて「非常口」の緑のマークを探す癖をつけようと思います。
第2章:屋外・運転中の危険回避と「帰宅困難」への対応
1. 休日の私を守る:山と海のリスク管理
