35条書面をAIで下書きする ―― 「重要事項説明」は任せない。宅建士が自分の取引で使うためのプロンプト6本と、絶対に越えない線
真山英二 | 不動産業界での生成AI活用の第一人者
重要事項説明が終わりかけた、その最後の場面でした。
二時間近くかけて説明を読み上げ、告知事項の欄にさしかかったとき、私は念のため売主の方に「過去に何か、お伝えすべきことはありませんか」と確認しました。すると、その場で初めて「実は以前、ある一室でそういうことがありました」と告げられたのです。買主も、私も、寝耳に水でした。買主はその点を気にされる方で、「それなら難しい」と、契約はその場で白紙に戻りました。二時間の説明が、最後の一行で無になった——気まずい空気のまま、その日は終わりました。
(複数の事例をもとに再構成した架空の事例です。特定の取引を指すものではありません)
この日、私が突きつけられたのは、35条書面の怖さは「書いてあること」ではなく「書かれていないこと」にあるという事実でした。
シリーズの無料記事(F0)の冒頭で、私はこう書きました。「重要事項説明書を読み返しながら『どこかに確認漏れがないか』と、夜中に見直して胃が痛くなる」と。あれは比喩ではありません。地場でひとりか数人でやっている宅建士なら、同じ夜を何度も過ごしているはずです。日中は現場、夜は書類。私の場合、戸建て1件の重要事項説明の準備に、役所調査から書面の作成・見直しまで含めて、まる1日から2日かかることがあります。相続がらみで資料が散っている案件なら、もっとです。
この記事は、その時間を軽くするための記事です。ただし——軽くしてよい部分と、絶対に軽くしてはいけない部分を、一本の線で分けたうえでの話です。
そして最初に、私自身の過去の発言について、正面からお話ししなければなりません。
第1章 なぜ重説だけは別格なのか――「説明」と「書面」を分ける
この章で得られるのは、「重要事項説明」と「35条書面」を分ける一本の線と、工程ごとの判定表(この記事全体の地図)です。ここさえ腹に落ちれば、以降の章で迷うことはありません。
1-1 「AIに任せてはいけない」と言った私が、この記事を書く理由
以前、私はセミナーで「重要事項説明はAIに任せてはいけない領域です」と話しました。今もその考えは変わっていません。
ただし——あのとき私が「任せてはいけない」と言ったのは、重要事項説明という行為のことです。宅地建物取引士が、宅建士証を示し、買主の前で、自分の言葉で説明し、責任を負う。あの行為をAIに肩代わりさせることは、今後もありません。
一方で、実務にはもうひとつ別のものがあります。35条書面——法律にもとづいて作成し、記名し、交付する書面です。この書面の「下書き」を作る作業には、役所で調べた結果を欄に転記する、文言を整える、記載漏れを見直すといった、大量の文書作業が含まれています。私が夜中に見直して胃を痛めていたのは、まさにこの部分でした。
つまり、こういうことです。
- 重要事項説明=宅建士が行う説明行為。AIには任せない。この記事でも一切扱いません。
- 35条書面=交付する書面。AIが手伝えるのは、この書面の下書きだけです。
この2語を混同すると、話が一気に危なくなります。本記事では、以降すべての章でこの使い分けを守ります。読んでいて迷ったときは、「今読んでいるのは書面の話か、説明の話か」を確かめてください。書面の話なら手伝わせる余地があり、説明の話なら余地はありません。
1-2 この記事のスコープ(先に絞っておきます)
範囲をはっきりさせておきます。
- 対象は売買(宅地・建物の売買の媒介)です。 賃貸の重要事項説明は、記載すべき事項の構成が異なります。本記事のプロンプトをそのまま賃貸に流用しないでください。また、37条書面(売買契約書)は本記事では扱いません。
- セルフユース限定です。 本記事の手法は、あなた自身が宅地建物取引士として関与する取引で、自分の下書き作業を軽くするために使うことを前提にしています。他社の取引の35条書面を代わりに作る、代行サービスとして売る——という使い方は想定していませんし、勧めません(第4章で詳しく扱います)。
- 書式は載せません。 所属団体が配布している様式は、本記事では転載しません。実案件の重要事項説明書や登記事項証明書も例示しません。作例はすべて架空です。
- 社内規程・団体の規程を先に確認してください。 会社によっては、生成AIの業務利用そのものにルールを設けている場合があります。まずは自社の規程を確認してから読み進めてください。
1-3 本記事で使う架空物件
作例は、次の1件で全章を通します。架空の物件です。実在しません。地名も架空です。
【架空物件A】 - 種別:中古戸建(土地+建物)/取引態様:媒介 - 所在:A市さくら台(架空の地名) - 土地:約135㎡(登記)/建物:約98㎡(登記) - 築22年・木造2階建 - 最寄り:B駅 徒歩12分 - 前面道路:南側・幅員4.0m - 売主:相続により取得した相続人(その家に住んだことはない)
相続で取得した戸建て、というのは私の実務でよく出てくる形です。そして本記事の後半(第10章・第11章)で、この設定が効いてきます。
1-4 工程判定表――この記事の地図
重要事項説明までの実務を、⓪から⑩までの工程に分けます。この番号は本記事全体で使う共通の座標です。各章の冒頭で「この章が扱うのは工程②です」というように参照していきます。
| 工程 | 何をする段階か | AIに任せてよいか | 扱う章 |
| ⓪ | 案件の受任・使用する様式の決定 | 不可(宅建業者・宅建士の判断) | 第1章・第3章 |
| ① | 調査項目の洗い出し(チェックリスト作り) | 条件付き(抜け探しの補助まで) | →第6章で扱います |
| ② | 取得済み資料からの転記・要約 | 条件付き(出典欄つき・原本と突合) | →第6章で扱います |
| ③ | 役所調査(法令上の制限) | 調査は不可/確定した結論の整形のみ | →第7章で扱います |
| ④ | インフラ調査(上下水道・ガス・排水) | 調査は不可/確定した結論の整形のみ | →第7章で扱います |
| ⑤ | 現地調査(境界・越境・現況・接道) | 不可(現地でしか確定しない) | →第5章・第7章で扱います |
| ⑥ | 説明用の平易な言い換え(別紙・口頭補助メモ) | 可(35条書面本文は改変しない) | →第8章で扱います |
| ⑦ | 記載漏れのセルフチェック | 可(一次スクリーニングまで/ただし入力量は全工程で最大) | →第9章で扱います |
| ⑧ | 心理的瑕疵の調査・記載 | 不可(プロンプトを置きません。理由は第10章) | →第10章で扱います |
| ⑨ | 売主の物件状況等報告書・付帯設備表 | 不可(売主が書く書類。プロンプトを置きません) | →第11章で扱います |
| ⑩ | 説明当日(宅建士証の提示・説明・記名・交付) | 不可(宅建士本人の行為) | →第3章で扱います |
表を見てわかるとおり、「可」と言い切れるのは⑥と⑦の2つだけです。①〜④は条件付き。⑤・⑧・⑨・⑩は不可。⓪も不可。
ひとつ、先に断っておきます。この「可・条件付き・不可」は、AIの出力をどう扱ってよいかの判定です。入力の危なさは、この順番とは一致しません。いちばん「可」に見える⑦が、実は最も大量の情報を外に出す工程です(第9章で、貼る前に削る欄を一覧にします)。
「思ったより少ない」と感じたかもしれません。そのとおりです。けれど、少ないからこそ意味があります。どこまでなら安全かがはっきりしていれば、その範囲は迷わず全力で使えるからです。今まで「重説にAIを使うのはなんとなく怖い」で丸ごと止まっていた作業が、線を引いた瞬間に動き出します。
この記事が売っているのは、プロンプトそのものではありません。この線です。
※本情報は執筆時点のものです。最新の法令・ガイドライン・各団体の書式・サービス仕様等は各自ご確認ください。
