自分の作業は、たしかに軽くなりました。それなのに、机の上の書類は減りません。
AIを使い始めて最初に効くのは、自分が手を動かしている部分です。文章を書く、体裁を整える、言い回しを直す。ここは目に見えて速くなります。ところが、しばらくすると妙なことが起きます。自分が速くなった分だけ、他の人が作った書類の確認が、自分のところに溜まっていくのです。
私の実務で工程ごとに時間を測ったことがあります。いちばん重い例は重要事項の調査と35条書面の作成で、役所調査3時間、書類の作成4時間、自分での見直し1時間、そのうえで私のレビューに1時間。合わせて9時間ほどでした。もっと軽い書類も同じです。机上での査定書なら1件2時間ほど(WEB調査20分・相場調査10分・文書作成1時間・見直し30分)。現地を見て作る査定は、これとは別に半日から丸一日かかります。重さは違っても、「誰かが作る時間」と「誰かが確かめる時間」に分かれているという形は変わりません。
先に断っておきます。この記事は35条書面に特化した記事ではありません。35条書面の下書きを工程ごとに扱うのは、シリーズの別記事(FLAG1)です。ここで扱うのは、書類の種類を問わない「作る人と、確定する人」の設計です。査定書でも、条件の一覧でも、社内の型でも、同じ構造が出てきます。一人でやっている方にも、確かめる人はいます。下書きを作るのがAIで、確定させるのがあなたになるだけのことです。
正直に言えば、私も長いあいだ怖さがありました。担当者に「AIを使っていい」と言うのが怖い。何かあれば責任を負うのは、記名する宅建士だからです。その怖さの正体は、たいてい「どこまでなら任せていいか」がはっきりしていないことにあります。線が引けていないから、丸ごと止めるか、丸ごと開けるかの二択になってしまう。
この記事は、その線を引くための記事です。
この記事の地図
- 第1章:何が減って、何が減らないのか ―― 宅建士でなければできない事務は3つ
- 第2章:レビューできる下書きの3条件(プロンプト①)
- 第3章:書面と書面の食い違いを洗い出す(プロンプト②③)
- 第4章:「まずAIに投げる」という順序 ―― うまくいった指示を、社内の型にする(プロンプト④⑤⑥)
- 第5章:自分以外が使うときの入力ガード
- 第6章:どこで止めるか
- 第7章:安全装置5つ(組織版)+セルフチェック
第1章 何が減って、何が減らないのか ―― 宅建士でなければできない事務は3つ
この章で得られるのは、AIを入れて実際に減ったものと、まったく減らなかったものの区別、そして「宅建士でなければできない事務は3つだけ」という外縁です。この2つがはっきりすると、それ以外の作業は落ち着いて分担できるようになります。
1-1 うちの体制と、実際に減ったもの
まず、私の会社の書類作成の形を書いておきます。特別なことは何もしていません。
担当の売買営業が書類を作成し、宅地建物取引士である私がレビューして、最終チェックを行う。
作る人と、確定させる人が分かれている。それだけの体制です。この形にAIが入って、私のレビューの中身がはっきり変わりました。指摘する内容が変わったのです。
減ったのは、次の3つでした。
- 入力忘れによる、未入力の項目
- 単純な誤字脱字
- 特約の文章の分かりにくさ
この3つに共通しているものが何か、お気づきでしょうか。どれも、判断以前の単純な間違いだということです。誰が見ても間違いだと分かるもの。専門知識がなくても「ここ、空いてますよ」と言えるもの。文章が読みにくい、という体裁の問題。
だからAIが拾えます。逆に言えば、AIが拾えるのはここまでです。
結果として、私のレビューにかかる時間は半分くらいになりました。ただし、これは私の実務での一例であり、限られた作業についての体感値です。成果を保証するものではありませんし、案件の性質や書類の種類によって変わります。数字そのものより、何が減ったのか(=判断以前の間違い)のほうを覚えて帰ってください。
1-2 減らなかったもの ―― 判断は1ミリも減っていません
一方で、まったく減らなかったものがあります。判断です。
たとえば特約。文章が分かりやすくなったからといって、その特約をこの取引に入れるかどうかの判断は、そっくりそのまま残ります。契約不適合責任の範囲をどう設計するか。測量をどちらの費用で行うか。境界の明示ができないときに、どう手当てするか。これは読みやすさの問題ではありません。事案ごとに、責任を負う人間が決めることです。
ですから、私の実感としては「レビューが軽くなった」というより、「レビューが判断だけに絞られた」という言い方が正確です。誤字を直している時間が消えて、判断に使う時間だけが残った。時間が半分になったのは、その結果です。
ここには裏側もあります。判断だけが残るということは、レビューの密度が上がるということです。「AIが見たから大丈夫だろう」という空気が生まれると、この設計は一気に崩れます。この点はこの記事でいちばん危ない論点なので、第6章で正面から扱います。
1-3 「重要事項説明」と「35条書面」を混ぜない
外縁を引く前に、シリーズで一貫して使っている用語の区別を確認させてください。ここを混ぜると、この先の話がすべて危なくなります。
- 重要事項説明 … 宅地建物取引士が、宅建士証を示し、自分の言葉で行う説明行為。AIには任せません。
- 35条書面・37条書面 … 作成し、記名し、交付する書面。AIが手伝えるのは、この書面の下書きだけです。
「重説をAIにやらせる」という言い方は、この2つを混ぜています。読んでいて迷ったら、いま読んでいるのは書面の話か、説明の話かを確かめてください。書面の話なら手伝わせる余地があり、説明の話なら余地はありません。
1-4 宅建士でなければできない事務は、3つです
そのうえで、外縁を引きます。書類まわりの仕事のうち、宅地建物取引士でなければできない事務は、次の3つです。
| # | 宅建士でなければできない事務 | 根拠 |
| 1 | 重要事項の説明(宅建士証の提示を含む) | 宅地建物取引業法35条1項・同条4項 |
| 2 | 35条書面への記名 | 同法35条5項 |
| 3 | 37条書面への記名 | 同法37条3項 |
この表を、この記事全体の土台にします。言い方を変えると、こうなります。
この3つ以外の作業は、分担できます。この3つは、分担できません。
調べた内容を欄に転記する。文章を整える。条件を書き出して並べる。抜けを探す。前回の指摘を反映する。——これらはすべて、3つの外側にあります。だから担当者にもAIにも渡せます。渡したうえで、確定させるのはあなたです。
ここで、混ざりやすいところを分けておきます。「宅建士かどうか」と「その書類を確定させる人かどうか」は、別の話です。
営業の担当者には、宅建士の資格を持っている人もいれば、持っていない人もいます。私の会社でも混在しています。資格を持っている担当者が下書きを作ることも、普通にあります。それでも、その書類を確定させる人は、1人に決めます。宅建士が2人いて、どちらも「相手も見ているだろう」と思った書類は、結果として誰も見ていない書類になります。第3章で扱う事例が、まさにそれです。
ですから、この記事で「担当者」と書くときは、資格の有無ではなく、工程上の役割を指しています。資格を持っている担当者なら、下書きの精度は上がるでしょう。ただ、上がった精度は、確定させる人を決めなくてよい理由にはなりません。
ひとつ補足します。査定書や社内メモのように、宅建士の記名が法律で求められているわけではない書類もあります。その場合は「記名する人」を「確定させる人(宅建士)」と読み替えてください。法律上の記名義務があるかどうかにかかわらず、その書類の内容に責任を持つ人を1人に決めておく——それがこの記事の設計の芯です。
そして、一人でやっている方へ。この構造は変わりません。AIが下書き役、あなたがレビュー役になるだけです。作る自分と確かめる自分を、時間を空けて分ける。それだけで、この記事の手順はそのまま使えます。
1-5 共通工程表 ―― この記事の地図
書類の種類ごとに手順を作ると、いつまでも終わりません。そこでこの記事では、書類の種類ではなく「フェーズ」で共通化します。以降の章では、この表のどの行の話をしているかを都度示します。
| フェーズ | 誰が行うか(AIに任せてよい範囲) | 扱う章 | この成果物を確定させ、記名するのは誰か |
| 下書き作成 | 担当者が作成/AIは出典欄・要確認欄つきの下書きを補助 | 第2章 | ― |
| 自己チェック | 担当者本人が一次チェック(AI補助あり) | 第4章 | ― |
| 書面間の突合 | AIが対照表を作成し差異を列挙/担当者・宅建士は確認と確定 | 第3章 | ― |
| 型の抽出・共有 | 担当者・宅建士が型を抽出/AIは共通指示文への変換を補助 | 第4章 | ― |
| 上司レビュー・確定 | 宅建士本人 | 全章共通 | ― |
| 記名・交付・説明 | 宅建士本人のみ | 第1章 | 宅建士(35条書面=35条5項、37条書面=37条3項、重要事項の説明=35条1項) |
表を見ていただくと分かるとおり、「宅建士本人のみ」と書いてある行は、いちばん下の2行だけです。上の4つのフェーズには、担当者もAIも入れます。
「思ったより広いな」と感じたなら、それがこの章の狙いです。今まで「なんとなく怖い」で丸ごと止めていた工程のうち、実際に止めなければならないのは下の2行だけでした。上の4行は、設計しだいで動かせます。
※本情報は執筆時点のものです。最新の法令・各団体の規程・サービス仕様等は各自ご確認ください。
外縁が引けました。次は、その内側の話です。分担できると分かっても、上がってきた下書きが確認しづらければ、レビューの時間は減りません。では、確認しやすい下書きとは何でしょうか。
第2章 レビューできる下書きの3条件
この章で得られるのは、書類の種類を問わず使える「レビューできる下書き」の3条件と、それをAIに守らせるための共通ヘッダのプロンプトです。共通工程表の「下書き作成」フェーズの話です。
2-1 「上手な下書き」と「レビューできる下書き」は違います
AIに下書きを作らせると、たいてい、そこそこ読める文章が出てきます。体裁も整っています。ところが、それをレビューする側に回ると、これがなかなか厄介です。
全部がきれいに書かれているので、どこを疑えばいいのか分からないからです。
担当者が作った下書きなら、書いた人の迷いが残ります。いまどき手書きの書類はありません。パソコンで作って、プリントアウトされて回ってきます。それでも、空欄が空欄のまま残っている。「※要確認」と入れてある。そこだけ赤字になっている。付箋が貼ってある。それを見て、確認する側は「ここから見よう」と当たりを付けられます。AIの出力には、それがありません。調べて書いた一行と、それらしく埋めた一行が、同じ顔をして並んでいます。
ですから、レビューする側にとって速い下書きというのは、文章が上手な下書きではありません。確認すべき場所が、最初から目印になっている下書きです。
シリーズのFLAG1(35条書面)では、私はこれを「出典欄が埋まらない記述は、書面から削る」という一本のルールにしました。この考え方は、35条書面に限った話ではありません。査定書でも、条件の一覧でも、社内向けのメモでも、同じように効きます。ここでは、それを3つの条件に開きます。
2-2 条件1:出典・根拠が「欄」として埋まっている
1つ目は、その一行がどこから来たのかを書く欄が、下書きの中にあることです。
| 項目 | 記載内容 | 出典(資料名・確認先・確認日) |
| 土地面積 | 135.42㎡(登記) | 登記事項証明書(20XX年◯月◯日取得)・表題部 |
| 測量の実施 | 確定測量を売主負担で実施予定 | 売主との打合せ記録(20XX年◯月◯日) |
| 用途地域 | 第一種低層住居専用地域 | A市都市計画課 窓口確認(20XX年◯月◯日) |
大事なのは、文章の末尾に「(登記簿より)」と添えることではありません。独立した欄にすることです。文章の中に紛れ込ませると、書き忘れても目立ちません。欄にしておけば、空いていることが一目で分かります。
この欄には、もうひとつ役目があります。AIが書いた部分と、人が確定させた部分を機械的に見分けられるという役目です。AIは出典を書けません(書かせれば、それらしいものを作ってしまいます)。ですから、出典欄が空のまま記載だけがある行は、誰かが「たぶんこうだろう」で埋めた行である可能性が高い。レビューは、そこから見ます。
そして運用のルールは1つだけです。出典欄が埋まらない記述は、その書類から落とす。書かない。落としたうえで、調べに行く。これだけで、確認する側の負担はかなり変わります。
2-3 条件2:未確定は【要確認】として表に出ている
2つ目は、分かっていないことが、分かっていないと書いてあることです。
生成AIは、空欄を嫌います。埋められない欄があると、一般論やありそうな値で埋めてきます。悪気があるわけではなく、そういう仕組みだからです。しかも、その一行がいちばん自然に見えます。「第一種低層住居専用地域/建ぺい率(けんぺいりつ)50%/容積率100%」——どこにでもある、ごく普通の組み合わせです。だから、誰も引っかかりません。ところが、その土地の指定は60%/150%でした。AIは、いちばんありふれた値を置いていただけです。
もう少し見つけにくい例も挙げておきます。指定容積率200%の住居系の土地で、前面道路の幅員が4m。AIは「容積率200%」と書いてきます。建築基準法52条2項により、前面道路の幅員が12m未満のときは、その幅員に用途地域ごとに定められた数値を乗じた値と、指定容積率との、小さいほうが上限になります。住居系の用途地域は10分の4です(ただし中高層住居専用地域・住居地域・準住居地域では、特定行政庁が指定する区域で10分の6となることがあります)。4m×10分の4=160%。AIが書いた200%は、資料のどこにでも載っている正しい数字です。その土地に当てはめると違う、というだけのことで、字面はまったく自然に見えます。
そこで、下書きを作らせる段階で、埋めさせないための指示を入れておきます。
- 渡していない事実を、推測や一般論で補わない
- 該当する情報がない欄は、内容を書かずに 【要確認】 とだけ書く
- 「一般に〜とされています」「通常は〜です」といった補足を出力に含めない
こうすると、出てくる下書きは、正直なところ見た目が悪くなります。【要確認】だらけです。それでいいのです。【要確認】の数は、その時点で調べ終わっていない項目の数そのものです。見た目がきれいな下書きは、単に埋まっているだけで、調べ終わったことを意味しません。
レビューする側から見ると、この違いは大きい。【要確認】が並んでいる下書きは、そこだけ見ればいいからです。空欄が可視化されている状態は、確認する人にとってはありがたい状態です。
2-4 条件3:前回からの変更点が列挙されている
3つ目は、少し地味ですが、実際にやられると効きます。前回の下書きから、どこを直したのかが書いてあることです。
これは、AIの一般的な癖への対策です。不動産の話ではないのですが、私自身が経験したことがあります。自社のWEBサイトの修正をAIに何度も繰り返させていたとき、前に直したはずの部分が、いつのまにか修正前の状態に戻っていたのです。指示していない箇所が書き換わる、前回の修正が巻き戻る。これは業務の種類を問わず起きます。
書類でこれが起きると、厄介です。1回目のレビューで指摘して直した箇所が、3回目の下書きで元に戻っている。しかも、他の部分はきれいに書き直されているので気づきにくい。レビューする側は、毎回すべてを読み直すはめになります。それでは時間は減りません。
ですから、下書きを出し直させるときは、こう指示します。
- 本文の最後に[今回変更した箇所]のリストを付ける
- 修正を指示していない箇所を書き換えた場合は、その旨も書き出す
- 前回指摘したのに直っていない箇所があれば、それも挙げる
レビューする側は、まずこのリストを見ます。差分だけを見て、変わっていないはずの箇所が変わっていないかを抜き取りで確かめる。これでレビューの入口が決まります。
2-5 プロンプト① レビューできる下書きの形を指定する(共通ヘッダ)
場面:どんな書類の下書きをAIに作らせる場合でも、依頼文の頭に足す部品です。これ単体では何も生まれません。「査定の根拠コメントを書いて」「特約の文案を作って」といった実際の依頼の前に貼り付けて使います。
【出力フォーマットの指定(共通ヘッダ)】
以下は、このあとに続く依頼のすべてに適用する出力ルールです。
・入力する条件は、すべて仮のものです。実在の個人を特定する情報は含めていません。
出力にも、私が渡していない個人名・連絡先・金額を生成しないでください。
・出力は下書きです。宅地建物取引士が確認し、修正のうえ確定させます。
あなたの出力を、そのまま完成物として扱うことはありません。
1.【出典欄】
・すべての項目に[出典:資料名/確認先/確認日]の欄を設けてください。
・出典は、私が渡した内容だけを転記してください。あなたが補わないでください。
・私が出典を渡していない項目には、[出典なし=要調査]と書いてください。
2.【未確定の明示】
・私が渡していない事実を、推測や一般論で埋めないでください。
・該当する情報がない欄は、内容を書かずに【要確認】とだけ書いてください。
・「一般に〜とされています」「通常は〜です」という補足を、出力に含めないでください。
3.【変更点の列挙】
・修正して出し直すときは、本文の最後に次の2つのリストを付けてください。
[今回変更した箇所]/[前回に私が修正を指示したのに、直っていない箇所]
・私が修正を指示していない箇所を、勝手に書き換えないでください。
書き換えた場合は、その箇所を[今回変更した箇所]に明記してください。
4.【書かせないこと】
・「漏れはありません」「問題ありません」等の合格判定を書かないでください。
・あなたは候補を挙げるだけです。適否の判定は、宅地建物取引士である私が行います。
【このあとの依頼】
【ここに、実際に作らせたい下書きの依頼を入力】このプロンプトの要点
- 出典欄を「欄」として作らせるのが1番の肝です。文中に紛れ込ませると、書き忘れが見えません。空欄が空欄として残る状態を、意図的に作ります。
- 【要確認】を書かせる指示は、AIの親切心を止める指示です。ここを書かないと、埋められない欄が一般論で埋まります。出力が【要確認】だらけになったら、それは失敗ではなく、調査の残りが見えたということです。
- 変更点の列挙は、巻き戻りを検知するための仕掛けです。AIは指示していない箇所を書き換えることがあります。レビューする側が差分から入れるようにしておきます。
- 合格判定を書かせない。「漏れはありません」と書かれると、人はそこで安心します。AIが見ているのは、渡された下書きの中だけです。渡していないものは見えていません。
- これは部品です。単体で使わず、他のプロンプトの頭に足してください。この記事の以降のプロンプトにも、同じ趣旨の指示が組み込んであります。
3条件が揃った下書きは、レビューする側にとって「どこを見ればいいか」が最初から見えています。下書きの質が上がるというのは、文章がうまくなることではなく、確認の入口が付くことです。
ここまでは、1つの書類の中の話でした。ところが、実務でいちばん怖い間違いは、1つの書類の中を何度見ても見つからないところにあります。
