第2話: 招待当日、階段を上るまでの違和感(全10話)
第一話↓
足袋500円が60万円の悪夢に変わった日 〜とある呉服屋で起きた実話〜 | Tips
注意
本連載は筆者の実体験をもとに、一部脚色・変更を加えて構成しています。特定の店舗・業者・業界を非難したり、違法行為や詐欺行為を断定・告発する意図はありません。記載内容はあくまで個人の体験と感じ方に基づくものであり、すべてのケースに当てはまるものではないことをご理解ください。本記事が、似た状況に遭遇した際の判断材料や冷静に考えるきっかけの一つになれば幸いです。
正直、かなり面倒だった。でも足袋は買うつもりだったし、無断キャンセルも気が引ける。かといって、わざわざ電話をかけて断るほどの元気もない。結局、当日になって、私はその店へ向かった。
予約時間の5分前に到着すると、店はすでに開いていた。ガラス戸を開けた瞬間、例の男性店員がこちらに気づき、ぱっと表情を明るくする。
「お待ちしてました!」
その声の大きさに、少しだけ身構える。そして間髪入れずに、
「今日は上の階でご案内しますね」
そう言って、店の奥へと案内された。

通された先にあったのは、思ったより小さなエレベーターだった。業務用というほどでもなく、でも客用にしては無骨で、少し古い。何階へ行くのか確認する間もなく、扉は閉まり、箱ごと体が持ち上がる。
「そういえば」
上昇中、彼が思い出したように言った。
「前に足袋代、500円って言っちゃったんですけど……600円でした。すみません」
100円。大した額じゃない。言い間違いもあるだろう。
「大丈夫ですよ」
そう答えたけれど、心の奥に小さな引っかかりが残った。最初から600円だったんじゃないか、という疑問が、静かに浮かんでは消えない。それに、この人の距離感が、どうにも合わない。
エレベーターは、3階で止まった。……止まった気がする。正直、数字をしっかり見た記憶は曖昧だ。
扉が開き、靴を脱ぐように促される。
3階の空間は、想像以上に狭かった。1階よりも、さらに圧縮されたような広さ。反物が棚いっぱいに並び、壁際に数点の着物が掛かっているだけ。窓は小さく、空気がこもっている。
「こちらでお座りください」
勧められたのは、エレベーターを降りてすぐの位置に置かれた椅子だった。見学のはずなのに、なぜか“座る場所”が最初から決まっている。
腰を下ろした瞬間、店員は動き出した。

反物を、次々と運び始める。
「これ、お客様に似合うと思ってたんですよ」「何点か、もうピックアップしてまして」「この柄も、絶対お好きだと思います」
見るだけ、と言ったはずだった。なのに、“私向け”が前提で話が進んでいる。
並べられた反物は、どれも少しずつズレている。派手すぎるもの、地味すぎるもの。どれも私の好みではない。でも、否定するタイミングを見失ったまま、「へえ」と曖昧に相槌を打つ。
そのとき、奥からもう一人、人が現れた。
女性の店員だった。年齢も立場も分からない。ただ、彼女が出てきた瞬間、空気が変わった。
「合わせてみますか?」
男性店員が一歩下がり、
「僕が当てると、よくないので」
と、自然すぎる流れで役割を交代する。
その動きが、あまりにも滑らかで、前から決まっていた手順のように見えた。
この瞬間、はっきりと分かった。
これは、見学じゃない。エレベーターに乗ったところから、もう始まっていた。
【詐欺で使われることもある心理的な誘導構造】
低額サービスで引き込み+招待状の特別感演出。足袋ワンポイントを餌に「見るだけ」のハードルを下げ、2階の狭い部屋へ誘導する囲み準備。
※ここでいう「詐欺の手法」とは、法的に詐欺だと断定する意味ではありません。一般的に悪質な勧誘や詐欺的行為の解説で用いられる心理的な考え方を、当時の自分の体験に照らし合わせて振り返っていることをご理解ください。
【今振り返って】
最初の違和感を無視してはいけませんでした。好みのがないからと正直に伝えさっさと退散すべきでした。足袋なんて違う所でも買える。
