第3話: 反物合わせと2人がかりの強引トーク
注意
本連載は筆者の実体験をもとに、一部脚色・変更を加えて構成しています。特定の店舗・業者・業界を非難したり、違法行為や詐欺行為を断定・告発する意図はありません。記載内容はあくまで個人の体験と感じ方に基づくものであり、すべてのケースに当てはまるものではないことをご理解ください。本記事が、似た状況に遭遇した際の判断材料や冷静に考えるきっかけの一つになれば幸いです。
第一話↓
足袋500円が60万円の悪夢に変わった日 〜とある呉服屋で起きた実話〜 | Tips
女性の店員が姿を見せた瞬間、空気がもう一段階、変わった。
「僕が当てると、よくないので」男性店員がそう言って一歩引き、代わりに女性店員が私の正面に立った。
反物を手に取り、何の前置きもなく体に当ててくる。
「これ、どうですか?」「お肌が明るいから、こういう色、すごく映えますよ」「柄の入り方も上品で、品が出ます」
言葉が途切れない。私はお世辞にどう反応していいか分からず、苦笑いしながら「へえ……」と曖昧に返すだけだった。
正直、どれも好みじゃない。派手すぎるもの、逆に年齢が一気に上がりそうなもの。最初に「見るだけ」と伝えたはずなのに、反物は次々と体に当てられていく。
気持ち悪さが、じわじわと積もっていった。
何枚か繰り返したあと、女性店員が一つの反物を手に取って言った。
「これ、触ってみてください。肌触り、全然違いますから」
手に乗せられた反物は、確かに滑らかだった。でも、それで欲しくなるわけじゃない。
「ありがとうございます。でも今日は本当に、見るだけなので……」
そう言っても、返事はない。聞こえなかったみたいに、話は続く。
横から男性店員が入ってくる。

「本当に似合ってますよ」「お客様の着こなしに、ぴったりなんです」
気づけば、左右に人がいる。正面には鏡。後ろは椅子の背もたれ。体を引く余地が、ない。
私は少し疲れて、
「素敵だとは思いますけど、私の好みとはちょっと違うかも……」
と、正直に言った。
すると女性店員は、少しだけ首をかしげて、
「そうですか? でも、この中だと、これがお好きそうですけど」
そう言って、さっき私がほんの少し長く触った反物を示した。他より少しだけ現代的で、確かに“まだマシ”な一枚。
「……ちょっとだけ、いいかも」
自分でも驚くくらい、小さな声だった。
その瞬間だった。
二人の表情が、同時に変わった気がした。
「いいですね!」男性店員が声を弾ませる。「温度、上がってきましたね」
「やっぱり」女性店員もすかさず続ける。「お客様、センスいいわ。この反物、すごくいいです」
そこからは、止まらなかった。
職人がどうとか、技法がどうとか、色落ちしないとか。「若い方に着ていただけたら宣伝にもなる」そんな言葉まで混じってくる。
二人が交互に話す。私は何度も、
「買うつもりはないです」
と伝えた。でも、その言葉だけ、きれいに素通りされる。
追い詰められて、私は正直に言った。
「趣味にもお金がかかるので……ローンを組んでまで買うつもりはないです」
すると男性店員が、少し口角を上げた。
「その趣味より、着物の方が一生ものですよ」「少し削れば、買えますよね」
女性店員も、当たり前のように頷く。
「そうそう。着物の方が、価値がありますよ」
自分の大切にしてきたものを、軽く踏まれた気がした。腹が立った。でも、声が出なかった。
囲まれて、動けない。強く言い返す勇気が、削られていく。
どれくらい経ったのか、分からない。気づいたら、座ったままかなり時間が過ぎていて、足がじんじんと痺れていた。
足袋の話なんて、もう誰もしていない。
そのとき、奥から、もう一人、男性が現れた。

「こちら、この反物のデザイナーです」
そう紹介されたその人は、にこやかに笑っていた。本当にそうなのかどうか、確かめる術はない。
気づけば、私は三人に囲まれていた。
見学のつもりで来たはずなのに、いつの間にか、逃げ道がなくなっていた。
【詐欺で使われることもある心理的な誘導構造】
囲み販売+自尊心攻撃。複数人で物理的に囲み、趣味を否定して罪悪感や劣等感を植え付け、判断力を奪う。
※ここでいう「詐欺の手法」とは、法的に詐欺だと断定する意味ではありません。一般的に悪質な勧誘や詐欺的行為の解説で用いられる心理的な考え方を、当時の自分の体験に照らし合わせて振り返っていることをご理解ください。
【今振り返って】
趣味を馬鹿にされて悔しかったけど、動けなかった自分が情けなくて…今でも胸が痛いです。
