「よし、今度こそ副業を頑張ろう」
そう思って始めたのに、
気づけばやらなくなっている。
最初はあんなに
やる気があったはずなのに。
教材を買って、
必要なものを準備して、
「これなら私にもできるかも」
とワクワクしていたのに。
数週間、数か月経つと、
だんだん手が止まってしまう。
そしてSNSを開けば、
「継続が一番大事」
「結果が出るまでやめない人が勝つ」
「結局、続けた人だけが成功する」
そんな言葉が目に入ってくる。
見るたびに、
「やっぱり私って根性がないのかな」
と思ってしまう。
ブログを始めても続かない。
SNSを始めても続かない。
動画編集に興味を持ったけど、
途中でやめてしまった。
せどりも気になった。
ハンドメイドもやってみた。
資格の勉強を
始めたことだってある。
でも、
なぜか長く続かない。
そしてまた別のものが気になって、
「今度こそ、これかもしれない」
と思って始める。
だけど、
また止まる。
そんなことを何度か繰り返すと、
「私には、やりたいことがないのかな」
「何をやっても中途半端だな」
「こんなんじゃ副業なんて無理なのかも」
と、自分に自信がなくなってきます。
でも。
もし今、
そんなふうに感じているなら、
一度だけ、
「続かなかった=根性がない」
という考え方を
横に置いてみてほしいのです。
なぜなら、
「続かなかった」
という結果だけを見ても、
あなたの意志が弱いかどうかなんて、
本当はわからないからです。
「また続かなかった」で、自分にバツをつけていませんか?

副業を始めたばかりの頃って、
けっこう楽しいんですよね。
知らなかった世界を知って、
「こんな働き方もあるんだ」
「これができるようになったら、
会社以外からも収入を作れるかも」
と未来を想像する。
最初の数日は、
暇さえあれば調べます。
YouTubeを見たり、
SNSで情報収集したり、
必要なら教材を買ったり。
休日も使って、
夢中で作業することもある。
ところが。
少し時間が経つと、
なんとなくしんどくなってくる。
パソコンを開くのが
面倒になる。
「今日は疲れたから明日でいいか」
という日が増える。
そして、
いつの間にかやらなくなる。
ここで多くの人が考えるのが、
「私は継続力がない」
ということです。
確かに、
何かで成果を出すためには
ある程度の継続は必要です。
今日始めて、
明日にはすべてうまくいく。
そんなことばかりではありません。
だから、
「継続は大事」
という言葉自体が
間違っているわけではないんです。
ただ、
私はもうひとつ、
考えてほしいことがあります。
それは、
「なぜ続かなかったのか?」
ということ。
ここを全部、
「根性がなかったから」
の一言で終わらせてしまうと、
せっかくの大事なヒントを
見落としてしまうかもしれません。
同じ「続かなかった」でも、中身は全然違う

たとえば、
3人の人が同じ副業を始めて、
3か月後にやめたとします。
結果だけ見れば、
3人とも
「3か月しか続かなかった人」です。
でも、
一人目は、
作業そのものが苦痛で、
毎日ものすごく疲れていたのかもしれない。
二人目は、
やってみたら思っていた内容と違って、
興味がなくなったのかもしれない。
三人目は、
その副業を調べる途中で
もっと夢中になれるものを見つけて、
そちらへ移ったのかもしれない。
全部、
「続かなかった」
という結果は同じです。
でも、
中で起きていることは違いますよね。
それなのに、
全部まとめて、
「根性がない」
と判断してしまう。
これって、
少しもったいないと思うんです。
もしかしたら、
続かなかったことそのものより、
「続かなかった理由を見ないまま、次へ行ってしまうこと」
のほうが、
やりたいことが定まらない原因に
なっているかもしれません。
「向いていない」と「根性がない」は別の話

たとえば、
人と話すことが好きな人が、
一日中ほとんど誰とも話さず、
同じ作業だけを
延々と繰り返す仕事をしていたら。
その人は、
途中でしんどくなるかもしれません。
反対に、
一人で集中することが好きな人が、
朝から晩まで
知らない人と話し続ける仕事をしたら、
それだけで
ぐったりするかもしれません。
どちらも、
「頑張ればできる」
可能性はあります。
でも、
できることと、自然に続けやすいことは別です。
ここを無視して、
「成功するには継続しないと」
「途中でやめる私はダメだ」
と自分を追い込んでしまうと、
副業そのものより、
「続けられない自分との戦い」
になってしまいます。
本当は収入を増やしたくて
副業を始めたはずなのに、
いつの間にか、
自分の根性を証明するために
頑張っている。
これでは、
苦しくなるのも当然です。
「続ける方法」を探す前に、見てほしいこと
何をやっても続かないと、
私たちはつい、
「どうしたら継続できるんだろう?」
と考えます。
毎日30分やる。
習慣化アプリを使う。
朝活をする。
SNSで宣言する。
目標を紙に書く。
もちろん、
こうした工夫が役立つ人もいます。
でも、
その前に一度だけ、
別の質問をしてみてください。
それは、
「私は、なぜこれを続けられなかったんだろう?」
です。
ポイントは、
自分を責めるために
質問しないこと。
「どうして私は
こんなことすらできないんだ」
ではありません。
もっと淡々と、
自分を観察する感じです。
過去にやめた副業を3つ思い出してみる

できれば、
紙やスマホのメモを開いてください。
そして、
過去に始めたけれど
続かなかったものを、
3つくらい書いてみます。
たとえば、
・ブログ
・動画編集
・せどり
こんな感じで大丈夫です。
次に、
それぞれについて、
「何が嫌だった?」
を書いてみます。
ブログなら、
「ネタを考えるのが苦痛だった」
かもしれない。
動画編集なら、
「細かい作業を何時間もするのが嫌だった」
かもしれない。
せどりなら、
「商品を探す作業にワクワクしなかった」
かもしれません。
ここで、
「だから私はダメなんだ」
とは考えなくて大丈夫です。
今やっているのは、
反省会ではありません。
自分の特徴を知るための、
材料集めです。
次に「なぜか楽しかったこと」を探す
ここがけっこう大事です。
続かなかったことの中にも、
部分的には
楽しかったことがありませんでしたか?
ブログそのものは
続かなかったけれど、
「デザインを考えている時間は好きだった」
とか。
動画編集はやめたけれど、
「企画を考えるのは楽しかった」
とか。
せどりは続かなかったけれど、
「売れそうな商品を調べるのは面白かった」
とか。
全部を好きになる必要はありません。
むしろ、
「何が嫌で、何なら自然にできたのか」
を分けて見てみるんです。
すると、
ただの失敗だと思っていた経験から、
少しずつ自分の傾向が
見えてくることがあります。
たとえば、
新しいことを調べるのは好きだけど、
同じ作業の繰り返しになると飽きる。
人に教えるのは楽しいけど、
一人で黙々と作るのは苦痛。
アイデアを出すのは好きだけど、
細かく仕上げる段階で止まってしまう。
反対に、
新しいことを次々始めるより、
ひとつの作業を改善していくほうが好き。
そんな傾向が
見えてくるかもしれません。
これは、
「どの副業なら絶対成功する」
という診断ではありません。
でも、
次に何かを選ぶときの
判断材料にはなります。
「続かなかった」は、自分を知るためのデータかもしれない

やりたいことが定まらないと、
焦りますよね。
「早くひとつに決めなきゃ」
「また違うことを始めたら、
中途半端になる」
「いい加減、腰を据えないと」
そう思うほど、
新しいことに興味を持った自分まで
否定したくなってしまいます。
でも、
これまでやってきたことを
少し違う角度から眺めると、
見え方が変わるかもしれません。
ブログをやった。
続かなかった。
動画編集をやった。
これも続かなかった。
SNS発信をやった。
また止まった。
これだけ並べれば、
「何をやっても続かない人」
に見えるかもしれない。
でも、
もう一段深く見てみる。
ブログでは、
文章を書くことより
リサーチが楽しかった。
動画編集では、
編集より企画が好きだった。
SNSでは、
投稿を毎日作ることより
人と交流するのが楽しかった。
だとしたら、
この3つは単なる失敗ではありません。
「私は何にエネルギーが湧くのか」
を知るためのデータになります。
「欠点」ではなく「条件」を疑ってみる

何かがうまくいかないと、
私たちは自分自身を
原因にしがちです。
続かない。
だから私は飽きっぽい。
行動できない。
だから私は怠け者。
人と比べて落ち込む。
だから私はメンタルが弱い。
そんなふうに、
出来事から一気に
自分への評価まで飛んでしまいます。
でも、
少しだけ間に
別の可能性を入れてみてください。
「自分がダメなのではなく、条件が合っていなかったとしたら?」
毎日同じことをするより、
変化があるほうが動きやすいのかもしれない。
一人で頑張るより、
誰かと関わるほうが続きやすいのかもしれない。
長期目標を追いかけるより、
短期間で区切ったほうが集中できるのかもしれない。
自分でゼロから考えるより、
型があるほうが力を発揮できるのかもしれない。
逆に、
人から指示されるより、
自由に試せるほうが楽しい人もいるでしょう。
こう考えると、
「どうやって自分を直そう?」
だけではなく、
「どんな条件なら、この自分を活かせる?」
という問いが生まれます。
私は、
この問いを持てるだけでも、
副業選びはかなり変わってくると
思っています。
やりたいことが定まらない時期にも、意味はある

もちろん、
何でもかんでも
すぐやめればいい、
という話ではありません。
始めたばかりだから
面白さがわからないこともあります。
慣れるまで
しんどい時期だってあります。
ある程度続けてみないと、
向き不向きがわからないこともあります。
だから、
「飽きた!向いてない!」
と毎回すぐ判断する必要もありません。
大切なのは、
続けることだけを
正解にしないことです。
やってみる。
違和感を感じる。
なぜなのか考える。
自分の傾向を知る。
次は少し条件を変えて試してみる。
この繰り返しもまた、
自分に合うものへ
近づいていく過程です。
今、
「やりたいことが定まらない」
と感じているなら、
まだ答えがないだけかもしれません。
いろいろ試したからこそ、
これから答えを見つけるための
材料が増えている。
そんな見方もできます。
「続かない自分」を直す以外の道もある
私たちは、
苦手なところを見つけると、
すぐに直そうとします。
飽きっぽいなら、
継続力をつけよう。
慎重すぎるなら、
もっと大胆になろう。
人の目を気にするなら、
気にしない人になろう。
でも、
本当に必要なのは、
その性質を消すことではなく、
「この性質は、どこなら役に立つんだろう?」
と考えることなのかもしれません。
たとえば、
いろいろなものに
興味が移りやすい人なら、
ひとつの作業を何年も
同じように繰り返す環境より、
新しい情報に触れたり、
変化に対応したりする環境のほうが、
力を使いやすいかもしれない。
慎重な人なら、
「行動が遅い」と責めるより、
リスクを見つける力として
活かせる場所があるかもしれない。
人の反応を気にする人なら、
それは同時に、
相手の小さな変化に
気づきやすいということかもしれません。
同じ性質でも、
見る方向を変えると
意味が変わります。
だから、
「何を始めても続かない」
という事実だけで、
自分を
「根性なし」
と決めなくていいんです。
次に何かを始めるなら、この3つだけ見てみてください

次に気になる副業を見つけたとき、
「今度こそ絶対続けるぞ」
と気合いを入れる前に、
3つだけ確認してみてください。
1つ目。
どの作業にワクワクしているのか。
「稼げそうだから」だけではなく、
実際の作業の中に
楽しめそうな部分があるか。
2つ目。
過去に嫌だった条件が含まれていないか。
毎日同じ作業が苦痛だったのに、
また同じ作業を
ひたすら繰り返す副業を選んでいないか。
3つ目。
自分を無理に変えないと成立しないものになっていないか。
「もっと社交的にならなきゃ」
「もっと几帳面にならなきゃ」
「もっと飽きない人にならなきゃ」
そんな前提で
選んでいないでしょうか。
副業を選ぶとき、
つい、
「何が稼げるか」
ばかり見てしまいます。
もちろん、
収入は大事です。
でも、
長く付き合うものを探すなら、
「今の自分が、どんな形なら力を出しやすいか」
も同じくらい
見てあげてほしいんです。
「私ってダメだな」で終わらせない
もし、
これまでいくつものことを始めて、
途中でやめてきたとしても。
その経験を全部、
「私には根性がない」
という一言で
片づけなくて大丈夫です。
やめた理由を見てください。
嫌だったことを見てください。
逆に、
その中でも
自然と夢中になれた瞬間を
思い出してみてください。
そこには、
これからの選択に使える
ヒントが残っています。
続かなかった過去を
消すことはできません。
でも、
その過去の意味は
変えることができます。
「また失敗した証拠」
として見るのか。
それとも、
「自分のことを知るために集めたデータ」
として見るのか。
それだけでも、
次に何かを始めるときの
気持ちは少し変わるはずです。
そして、
ここまで読んで、
「じゃあ、自分が欠点だと思っている部分にも、
別の見方があるのかな?」
と思った方へ。
私は、
欠点を無理に直すのではなく、
その性質をどう活かすか
というテーマについて、
こちらの記事で
数秘を使いながら詳しくまとめています。
『その欠点、実は才能です。数秘でわかる「自分を直さず活かす」生き方』

生年月日から自分の性質を読み解き、
「自分では欠点だと思っている部分を、
どう捉え直せるのか」
「どんな環境なら、
自分の性質を活かしやすいのか」
を考えていく内容です。
「何をやっても続かない」
「興味がコロコロ変わる」
「ひとつのことに決められない」
そんな自分を
ずっと直そうとしてきた方には、
ひとつの新しい見方に
なるかもしれません。
まずは、
「続かない私は根性なし」
という決めつけを、
今日だけ少し疑ってみてください。
あなたが今まで
続けられなかったことの中にも、
これから自分に合う道を
見つけるための
ヒントが残っているかもしれません。
次に探すべきなのは、
「どうすれば根性のある人になれるか」
ではなく、
「この自分なら、どんな場所で自然に力を使えるだろう?」
なのかもしれません。
