【ネタバレあり】歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』でハマれなかった部分

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・あらすじ

「何でもやってやろう屋」を自称する元私立探偵・成瀬将虎は、同じフィットネスクラブに通う愛子から悪質な霊感商法の調査を依頼された。そんな折、自殺を図ろうとしているところを救った麻宮さくらと運命の出会いを果たして——。あらゆるミステリーの賞を総なめにした本作は、必ず二度、三度と読みたくなる究極の徹夜本。第57回日本推理作家協会賞、第4回本格ミステリ大賞受賞。『葉桜の季節に君を想うということ』 裏表紙

この記事には、ネタバレを多分に含みます。未読の方は最後までお読みいただいた後に本記事をご覧ください。

・感想

本作は、2003年初版刊行ということもあり、紹介される際はほとんど「どんでん返し」の代表作であるとして紹介されている。実際に私がこの本を知ったのもとあるYouTuberがどんでん返しの作品を紹介する企画で出されたのを見たからである。私個人としては、どんでん返しであることを事前に知っていてもその作品の面白さが棄損されないと思っているタイプであり、読み進めていく中でどんでん返しのタネを探すような読み方はしない。推理小説でも犯人を推理しながら読むというよりは、お話の展開を重視している。

そして、本作でももちろんどんでん返しが行われた。だが、個人的には巷で名作と持ち上げられているような驚きや感動はいまいち感じられなかったので、その原因を紐解きたい。

まず一つ目のどんでん返しは、やはり登場人物の年齢だろう。主人公の成瀬将虎も、その思い人の麻宮さくらや久高愛子、芹澤清など、主要登場人物のほぼ全員が定年を終えた高齢者であるということだ。この衝撃の事実に関しては、確かに私も一読しただけでこの叙述トリックには気づかなかった。成瀬将虎が女遊びが激しいことや白金の築古のアパートに住んでいることからも若者だろうということは疑わなかった。

ただ、年齢に関わるために文中で明かされていない謎があり、それが少しどんでん返しに綺麗にハマるのにノイズに感じた。主人公の妹が無職であるにもかかわらず友達と遊び惚けていたり、主人公の両親と兄が(実際はかなり昔であるが、主人公を若者とするならば最近に)他界していることに対する説明がほとんどされなかったりする点がひっかかった。これに対してなにかミスリードであっても納得できる理由があればよかったのだが。

二つ目のどんでん返しは、麻宮さくらに対して主人公は名前を偽っており、友人の安藤士郎になりすまして生活していたということ。さらには本当の将虎の家は白金台にあり、築古のアパートは安さんに成り済ますためだけに利用していたという。

こちらは早々に何かあることに気づいてしまった。特に主人公のあだ名である「トラさん」は、関わりの深い人物にはそう呼ばれているが、さくらは主人公を頑なに名前で呼ぼうとしなかったのがすぐに分かってしまった。さらにはでたらめの誕生日を言われたことに対してさくらが異常に腹を立ててたのも相まって、さくらに何か重要なことを話していないのではないかと分かってしまった。(さすがに安藤士郎になりすましているというところまでは分からなかったので、完全に読めてしまったわけではない。)

他にも細かい種明かしはいくつかあるがそこは割愛する。

今まで述べたのは、上記の内容が読み進めていくうちにある程度ネタが分かってしまったということだが、それは私がどんでん返しがあるということを知ったうえで読んでいたからでもあるので、それは作品のせいではない。しかし、一番気になってしまう点としては、今まで挙げたどんでん返しが、ストーリーとしての方向性としてずれているところにある。

それまでのストーリーは、悪徳商法をしている蓬莱倶楽部の悪事を暴くことを目標に主人公は動いていた。(はじめは愛子からの依頼で動いていたが、後に主人公が義憤に覚えることで目的は蓬莱倶楽部を懲らしめる方向に向かっていった。)読者の私としても、蓬莱倶楽部の悪事がどう裁かれるのか、もしくは半ばに散るのかがこの物語の帰結点と思っていた。

しかし、どんでん返しの種明かしが一通り終わると、話は高齢者であってもバイタリティをもって人生を謳歌すべきという持論を主人公がさくらに話してそのまま過去の罪を自首するという方向で物語は終わってしまう。この物語を通してこの結論にいたることについては納得しているのだが、最終章がその論をただただ話すだけというのはいただけなかった。それは読者が小説のストーリーから読み取るべき感想であり、物語の主人公が滔々と語り読者に押し付けるものではない。少なくともストーリーの軸であった蓬莱倶楽部の顛末については知りたかった。持論よりもこちらを描写するべきだろう。

余談だが、タイトルでも気になる部分がある。主人公が「桜が紅葉することを誰も知らない。赤や黄に色づいた桜の葉は木枯らしが吹いてもそう簡単に散りはしない。」という台詞や文から名づけられたのだろうが、葉桜とは本来桜の花が散り若葉が出始めた頃から新緑で覆われた時期までのことを言う。言うなれば「紅葉の季節...」が正しいのではないか。


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