はじめに:肩を耳から離す方法
朝、中央線のドアが開くたびに、私は自分が少しずつ削り取られていくような気がしていました。
都内の事務職、26歳。私の仕事は、誰にも気づかれないようにミスを避け、誰にも不快感を与えないように丁寧にメールを打ち、誰にも心の奥に踏み込まれないように、適当な微笑みを顔に貼り付けておくことです。
人見知りで、どうしても周りの空気を読みすぎてしまう私は、退勤する頃にはいつも、肩が耳のすぐそばまで上がっていました。緊張でこわばった筋肉が、まるで自分の首を絞めているみたいに。
「生きづらい」なんて言葉、本当はあまり使いたくありません。なんだか、自分の弱さを環境のせいにしているみたいで。でも、実際問題として、私の体は毎日、戦場にいるみたいにガチガチに強張っていました。
たまの贅沢でマッサージに行けば「鉄板が入っていますね」と苦笑いされます。勇気を出して通ってみたヨガ教室では、周囲のキラキラした意識の高さに気圧されてしまい、余計に呼吸が浅くなって、かえって疲れて帰ってくる始末でした。
「頑張ること」には、もう疲れ果ててしまった。
でも、「何もしない」というのも、なんだか怖い。
そんな私がある日、ふとしたきっかけで見つけたのが、「ただ立っているだけでいい」という、あまりにも奇妙な、けれど優しい健康法でした。
中国の武術にある「站桩(たんとう)」、あるいはロシアの軍隊格闘術から生まれた「システマ」の自然体。
最初は「そんなことで本当に変わるのかな?」と半信半疑でした。けれど、疲れ果てて部屋の掃除もできないような夜、1Kの狭いフローリングの上で、私はただ「立って」みることにしたのです。
それが、私の静かな、本当に静かな革命の始まりでした。
第1章:新宿御苑で見つけた「動かない」おじいさん
その光景に出会ったのは、ある土曜日の午後のことでした。
