「私ばっかり」が口癖の人、だいたい自己中です

寄り添わない心理カウンセラー【Y】:代表
こんにちは🍵
「私ばっかり不幸だ」は聞き飽きた心理カウンセラー【Y】です
「私ばっかり我慢してる」「私ばっかり気を遣ってる」って言ってる人、ほんとよくいるんです
でもその言葉、実は自分の世界しか見てない証拠です
その“被害感情”、他人を思ってるようで、実はめちゃくちゃ自分中心だったりするんですよね
自分視点しか持てないから「私ばっかり」になる
「私ばっかり○○してる」と感じる人は、まず間違いなく“自分の頑張り”だけに注目している
自分がどれだけやってるか、自分がどれだけ我慢してるか
そこにばかり意識が向いて、周囲の状況を見ていない
たとえば、他人も同じくらい負担を抱えていても、自分の大変さだけが何倍にも感じられる
「私はこんなにやってるのに」「なんで誰もわかってくれないの?」という発想になりやすい
でも実際は、他人もそれぞれの場面で“自分ばっかり”を感じている可能性がある
「私ばっかり」と言う人ほど、他人の努力や苦労を見ようとしない視野の狭さを抱えている
また、「してあげてる」のスタンスが強すぎる
自分がやっていることを“奉仕”として捉えているから、見返りがないと不満になる。これが自己犠牲ベースの人間関係を作り、どこかで爆発する
「私ばっかり」が口癖の人は、実際には“自分の都合”で動いてる
相手に求められていないことを勝手にやって、「なんで感謝されないの?」と怒ってしまう
それ、病的な承認欲求(精神疾患)では?
「私ばっかり頑張ってる」と言う人の多くは、認められたい気持ちが強い
つまり、それって優しさでも責任感でもなく、病的な承認欲求の発露でしかない
本当に誰かのためにやっている人は、「私ばっかり」なんて思わない
やるべきだからやっている
必要だから動いている
それに対して、感謝を期待したり、他人の行動を比べたりしない
でも「私ばっかり」を言う人は、“頑張ってる自分”を見てほしい
“報われていない自分”に注目してほしい
だからこそ、他人の動きが気になってしまう
それって結局、自分の価値を他人に認めさせたいだけ
他人から「すごいね」「助かったよ」と言われることで、自分の存在を肯定したいのだ
だから見返りがないと、「なんで?」と不機嫌になる
しかも、その怒りは他人に向けるのに、自分の中にある“期待”には気づかない
つまり、感情の責任を放棄している
その結果、「誰もわかってくれない」「もう嫌だ」となり、自分で勝手に疲れて、自分で勝手に不信感を抱えていく構造になる
「私ばっかり」と言う前に確認すべきこと
まず、自分がやっていることは本当に求められているのかを考えるべき
「してあげてる」が強すぎると、独りよがりになる
勝手に気を回して、勝手に疲れて、勝手に怒る
これは正直言って、迷惑な行為だ
次に、他人もそれぞれ自分の戦場で戦っているということを思い出す必要がある
あなたに見えていないところで、周囲も負担を抱えている可能性は高い
さらに、自分が何を期待しているのかを自覚することも大事
「感謝してほしい」「認めてほしい」と思っているなら、それは“対価を求めた行動”だということを受け入れなければならない
そして、自分の価値を他人のリアクションで測るのをやめること
他人がどう動くか、何を言うかで自分の価値が変わるようでは、ずっと不満と依存の中で生きることになる
やるべきことをやったら、それで完了
「私ばっかり」と言いたくなった時は、「今、自分は承認されたいだけでは?」と一歩引いてみる癖をつけるといい
自己中さに気づく人から、関係は変わっていく
「私ばっかり」と言う人が抱える問題は、実は“関係の偏り”ではなく、“自己中心的な視点”だ
自分を中心にして世界を見ているから、他人の動きが全部不公平に見える
だが、自己中心的なままでは、誰といても不満が出る
どこにいても報われないと感じる
環境のせいじゃない
人のせいでもない
ただ視点が偏っているだけ
その偏りに気づいて、自分がどれだけ「してあげた」かではなく、どう関わったかに意識を向けられるようになると、人間関係の風向きは変わっていく
他人をコントロールしようとしない
感謝されなくてもいい
やるべきだと思ったからやった
そう思える人の方が、結果的に信頼され、感謝されるようになる
「私ばっかり」と思った時こそ、自分が“周囲に期待しすぎてないか”“評価を求めすぎてないか”を見直す
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