【20219-5】No,1
芍薬椿
真っ白な体、真っ白な髪、曇りゆく瞳、彼の命が少しずつ体から抜けていく。
あたしは、少しでもこの世界に繋いでおきたくてキスを繰り返す。
一度キスをすると3分はこの世界にいようと思いとどまるらしい。あたしにも時間がなかったけどできる限りのキスをした。
硬くて重い鎖はすでに錆び付いていて誰も解き放つことはできないと言われていた。
死を待つ婚約者には多くの蛾が群がり、ハイエナが競売の準備をはじめていた。
きっとあたしも付属品として数えられているんだわ、、、
あたしは良い家で生まれた。衣食住揃ったごく一般的な良い家庭で。
群がる蛾もショウジョウバエたちもあたしと同じような良い家で生まれた子たちだろうと気づくと、あたしは自分の出自に疑問を抱かずにはいられなかった。
死にゆく婚約者はあたしが気を抜くと、またこの世界から離れようと命の放出を許してしまう。
キスを繰り返すことに意味が持てなくなって、あたし自身が何者なのかと懐疑的になってきてしまう。
共倒れと共食いにどんな違いがあるんだろうか?
「ねえ?まだ何か食べれそう?」
ひとつ頷く。力の限りあたしを愛していた証拠だと嬉しくなった。
「どこがいい?」
「子宮」
唇が形を作っている。食べたいというサインだ。
死にゆく婚約者はこうしてあたしの子宮を食べてこの世にまた繋がれることになった。
死なせて欲しかったとは言わない。お前は悪魔だとあたしを罵る。
間に受けてあたしは生きながらえさせてやったのにと怒り狂う。
それから1000年後
夜の海、明け方の群青。
少し明るさをはらむ空からくだってくる天使がいた。
明るさをはらんだのはあたしじゃない、彼だ。
あたしの子宮は時を経て宇宙に太陽を産んだ。
原始、女性は太陽であったという有名な言葉の裏側に隠れるあたしたちの神話を今こうして言葉にして明らかにしていくと、ドラマがいかに血生臭いものかをあらためて思い知らされる。
涌田は男だった。あたしは女だった。
もしも涌田が女だったらあたしは男だっただろう。
同性では納得できない、同性では恋ができなかった。
あたしが負けず嫌いだからだ。
涌田とは同じものを持ちたくない。
涌田は彼の太陽が自分自身の命を生きながらえさせた、あたしの子宮に孕んだ自分の命だと気づけるだろうか?
「芽実?」
名前を呼んだ彼の目はあたしを見つめることができない。
あたしはそれをよく理解している。
あたしはあなたの原始だからだ。見つめるには眩しく、気恥ずかしく、拭い去れない罪を思い出させられる。
わかっている、あたしが忘れるわけがないじゃない、あの日のことを。絶対に。