【20228-4】No,1
芍薬椿
「私にとって恋愛は私を育ててくれた人生の大切な季節であり肉親でした」
品行方正、かと思えば歯を見せない微笑みに憂いがまとわりつく。
一人称に「私」を使えるようになったのね、と足を組んで寺原を見つめる女性があたしの斜向かいにいた。
似ていると言われたことが幾度かあった。寺原はその度に苦笑いして誤魔化した。
意図していることが読み切れず、あたしも曖昧にその場をやり過ごした。
その女性にはすでに子どもがいるらしい。
昔の恋人で、自分の子どもの父親でもない寺原と親密な関係を演出する彼女が何者なのか。
あたしは毎晩聞いた気がする。その度に寺原は「別れた」「もう終わったこと」と多くを語らなかった。
あたしが大切で余計な心配をかけないためという言い分は納得するし感謝だけど、あたしは理由が知りたくて聞いている。
会話の着地点を読み間違えている寺原はやはり猪突猛進で一点集中型だ。
「寺原!」
あたしがいると、なぜかその女性は寺原にまとわりつこうと平然と色気を必死に保とうとした。
あたしは決まって中座する。無益な争いはだいたいが知らなくてもいいことだからだ。
簡単に言えば面倒くさかった。
あたしは寺原といることが楽しかったし、好きだったし、刺激的だったから、ただ寺原だけでよかった。
そこに付随する過去とか人間関係とか仕事の内容とか活躍とか本当にどうでもよかった。
寺原の仕事の活躍は見ていて嬉しくなるけれど、なぜかその活躍を喜んでいると例の女性が平然と色気を必死に保っては付着するように寄り添おうとする陰影が視界に飛び込んでしまって、仕事の活躍を見ることも億劫になっていった。
寺原はブレない。涌田や寄田以上に一本気でわかりやすい。
あたしは寺原が寺原であれば他のことはどうでもよかった。仕事も過去も人間関係も家族も、本当に何もかもどうでもよかった。
「めみは似てるって言われることにこだわってるんだと思う。寺原と彼女が何者なのかって気になるのはめみがって言われているような錯覚に襲われているからじゃないかな」
芥田が寺原にそう言ったらしい。
「似ているって言われた話の出所を突き止めたかったんだと思う、無意識に。だから彼女のことが気になったんだと思う」
あたしが感じた不気味さの正体を芥田が突き止めてくれた。それを寺原は自分の手柄にせずに正直に伝えてくれた。
幸せだと思った。
寺原が言葉を失って感動しているあたしに言った、
「彼女が言ったんだよ、自分とめみが似ているって。俺はそう思ってない」
「寺原のことまだ好きなのかな?」
寺原が爆笑した。あたしは恥ずかしくて下を向いた。
こだわりの0.01パーセント、コンドームの薄さレベルであたしは寺原の過去に嫉妬していたことを互いに気付いてしまったからだ。
避妊具があるかないかの差だねと寺原は笑いながら上機嫌でバスルームに向かった。
あたしは避妊具が嫌いだ。遊ばないからピルのみでコントロールしている。
青姦かあ、、、
青春をやり直しているなあと心底感じる。