いじめられっ子の典型的な人間だった。誰かに悪く言われたり陰口を言われてもずっと黙っていた。子供時代はすごく不幸だったと思うけれど、あの時代があってあの青春につながっていたことはよくわかる。
私たちのあの時代、あれは間違いなく青春だった。間違いなく「幸せなこどもたち」だった。
当時私たちは30前後で、男の子たちは戦い方をある程度知っていたけれど、世間ずれしていない私は常に誰かの影に隠れているような子だった。間違っても人をいじめたり陰口を言うようなメンタリティはなかった。
「強いものにはかじりついてでも向かっていけ。負けるな」と、父親は口癖のように言ったのに。父親が私を守ってしまったからよくなかった。でもそうやって守られたから私は女としての需要が絶え間なかったのだと思う。
髪を切った。コンタクトにした。世界が変わった。
生まれ変わった私は彼らと戦うようになった。一度勝利を味わった成功体験を彼らは祭り上げるように褒め称えた。褒めて褒めて褒めて、自信をつけさせてくれた。
ある時から怖いものがなくなった。
アイプチブスに睨まれたこともあった。元カノを自称する女に文章を悪く言われたこともあった。挙げ句の果ては「あなたの恋人盗んでしまってごめんね」とよくわからないマウントを取られたこともあった。
しかし私はすでにその時、怖いものはなかった。私は社長ではないし、国家元首であったことも一度もない。これは今もそうだ。
その後のことを少し書いておこう。
私の存在を知らなかった彼女たちは青ざめてしまった。この国で仕事ができないのではないか?と毎夜悪夢に襲われたらしい。私は当然何も知らない。彼らが私に情報が伝わる前に封殺してしまうからだ。
私の仕事はシナリオライターである。シナリオを書くことが仕事だから、彼らは私たちを守った。あらゆる情報から私を守った。そして、万が一私のところへいらぬ情報が届いてしまったとき、私の活動は停止する。損害額、国内だけでおよそ3兆円。内外を含めるとバチカンや潜伏中のゲリラ組織まで動く。隣国が臨戦状態の姿勢を見せるのは敵国に対してではない、私を泣かせたたったひとりに向けてであった。
誰も知らないその真実を私と彼らは十字架のように背負って生きていた。
誰も知らない、まだまだはじまったばかりの出来事だった。
これが私たちの物語のプロローグだった。
今私たちは80歳を迎える。世の中はかなりよくなってきたように思うけれど、歴史の判断というのは私たちだけが決済できるものではない。
それにしてもあの時代、私たちは戦うことを決断して良かったように思う。
あゆみは遅く、3歩進んで2歩下がる私たちだったけれど、間違いなく、私たちは青春を歩み始めていた。
早春にも届かない、晩冬の湿り気を帯びた雪がちらつくあの日から私たちの行軍がはじまったのだ。
to be continued....
時代が動いたの2020年、当時はコロナが世界的な流行を見せていた。私はといえば、最初の結婚に戸惑っていた。離婚する気持ちなど毛頭なく、それどころか、どう結婚生活を成り立たせるかを真剣に考えていた。何も知らず何も見えず何もわからないというのは実際とても幸せなことだとそれから数年はかなり考えさせられた。世界を掌握することの大きさに自分の身が引き裂かれると錯覚し、状況の大枠を飲み込むまでに約2年、2022年の節分を境につきものが落ちたように自分の役割を大枠だけであるが受け入れることができた。
物語は2020年に戻ったり2022年を浮遊したりするかもしれないが、どちらにせよこの物語は私たちが幸せな子どもたちだった時代の話だ。