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『氷の川を泳ぐ金魚』 ー最終章ー
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唐突にその人が離れた前夜、
厳冬のような季節外れの外気が漂って、落ち着かなかった。
秋口なのにまるで雪でも降りそうな空が、広がっていた。
俺が一番大切にしたかったその人は、
今、俺から離れ、自由に生きている。
あの時、
こっちが必死であがいていたのに、
その人はいつの間にか、ふたりの居場所を離れることを、決めていた。
失敗だったと云えばそうだったし、
いつ失敗してしまったのか思い当たるふしが多すぎて、
後悔ばかりしている。
けれど実のところ、そうさせたのは俺自身だった。
”目を見れば、わかるよ”
とその人は言った。
どんなに不可解な絆でも、
どんなに相手が意味のわからない行動を取っていても、
”その目を見れば、
わかる”、と。
君はあの夜、”あなたのことが世界一理解できない”、と怒りをぶつけた。
君がそんな風に感情をぶつけたのは、初めてだった。
もつれた見えない運命の糸。
好きすぎて遠回りする二人の距離。
俺がその場から立ち去ろうとした時、
君は、言った。
”なぜ本心を言ってくれないのか”、と。
”そんなあなたが心からきらいだ”、と。
”だから、これで終わりと決めた”、ーーと言った。
そして君は、
こっちに背中を向けて、
冷たい風の中、暗い路地を歩いて行こうとした。
けれどその時、
不思議なことが起きて、
あの瞬間は、今でも忘れられない。
君が、長く伸びた俺の影を踏んだ時、
ふいに心のなかに、不可思議な数字が胸の中によぎった。
その瞬間、
君は俺の影の中で振りかえり、
俺の胸に浮かんだ数字を、
心を読んだように、静かにそして正確に、呟いた。
ーー君と俺。
一体何なのか、わからない関係。
止めどなくあふれる感情。
俺たちは、多分肉体を越えた『対』の”何か”だ。
君は数字を呟いたあの時、
じっと見つめる俺のもとへ駆け寄った。
そして涙ながらに背伸びして、俺の肩を、抱き締めた。
両手で包もうとしたら、
君は逃げるように離れ、
秋物のコートを翻しながら暗い街路樹の道を走り、
自分の居場所に向かって、去っていった。
誰にも解き明かせない。
誰も理解できない。
好きなのに離れなくちゃいけない関係。
そして、
言葉にしていなくても、繋がる心。
世界には、こんなふうに不思議な恋がある。
世界にはこんなふうに、
自分を狂わす莫迦みたいな恋がある。
もう二度と味わいたくないほど君を好きになったから、
記憶にふたをして、
嫌いなふりをして生きた。
あの日々、
壊れるか、壊れないかの、
ぎりぎりの心で君を好きになっていた。
ブレーキも渡されず、
何度も反転し、
何度も覆った。
それでも、
君のたった一度の笑顔が、記憶の中に流れ続けた。
”あなたがきらいだ”、と言って、
抱きついてきた君の、
静かな涙と、重なりあわせた感情が、
どうしても溶けない。
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4000字加筆し19000字まで改稿した記事です。
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『氷の川を泳ぐ金魚』
四部構成 ー最終章ー
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出逢った初夏には、街中には地割れとカーニバルの準備の匂いがして、
真夜中なのに、
白い花が次々開いていた。
出逢った季節には、
樹木から花が咲いていて、
それは真夜中にしか、開かなかった。
君が俺にとって”何者か”であることを知った時、
俺の前に、
未知の扉が現れた。
君に出会って、
そのせいで、
頭がどうにかなっていなければ、
激震が走る勢いで”世界”を転覆させる、
この未知の扉など、
絶対に開けようとは思わなかっただろう。
記事の中にも書いているけれど、
それは普通の状態なら持ちこたえられないような、
真逆の感情と思考が、
常に俺のなかで暴れ狂う日々だった。
一体俺は、君に対して、どんな風に葛藤していたのかーー?
一緒に居られた頃には、そのことを君が感じないよう、
細心の注意を払っていた。
もし伝わってしまっていれば、
おそらく君はとても苦しんだろうし、