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奇跡の夜は奇跡じゃなかった
結婚して8年、子どもも2人。気づけば「夫婦の営み」なんて言葉が、我が家では死語になっていた。もう1年もご無沙汰で、「レスなんて珍しくないさ」と自分に言い聞かせながらも、心のどこかでこのまま一生レスだったらどうするんだ僕?と夜中に布団の天井を見上げていたのは事実。
そんな僕に、ある夜、奇跡が起きた。いや、起こした…!?
正直、事の始まりは劇的でもなんでもない。子どもたちが早く寝て、空気がなんとなくやわらかくて、久々に他愛もない話が弾んでいた。
その瞬間、「え?これは…あるかも?」と、心臓が無駄にドクドク。中年オヤジなのに、まるで学生時代に好きな子の手を初めて握ったときのような高揚感。僕のドキドキがとまらない。
そして本当に1年ぶりの営みに成功したわけだ。正直、途中から「おい、夢じゃないよな?」って何度も思った。自分の体力も心配だったが(1年ブランクは大きい…)、それ以上に「もう無理かもしれない」と思っていたことが現実になっていることに驚きが勝っていた。
翌朝、妙な達成感と「僕もまだ捨てたもんじゃないな」という誇らしさが同居していた。中年ヒーローが小さな勝利を収めた、そんな気分。
でも、ここで話は終わらない。むしろ、ここからが本題だ。
なぜなら、その1週間後、調子に乗った僕は再び誘った。そして見事に撃沈したからである。いや、正確にいうと「成功」したっぽく見えたけど、全然気持ちが通じ合っていなかった。妻は明らかに乗り気じゃなくて、途中で子どもが起きそうになり、慌てて終わらせるという最悪の展開。
心地よさゼロ。僕の頭の中には「やばい、これじゃ前回のはただの偶然だったのか?」と不安が渦巻いた。
あの時を振り返って気づいた。
1回目の「奇跡の夜」は、奇跡なんかじゃなかったって。
偶然でもラッキーでもない。僕はその条件を理解していなかったから、2回目は見事に空振りした。
僕が本当に学ぶべきだったのは「セックスする方法」じゃなかったってことに気づいた。
この記事では、僕がどうやってその気づきにたどり着いたのか、なぜ1回目がうまくいって2回目は失敗したのか、その理由を掘り下げていこうと思う。あなたの家庭でも「奇跡」だと思っていた夜は、もしかしたら必然だったのかもしれない。
ちなみに、それを理解して僕はこっそり3回目もあった(これはまた別記事で書く予定)
「必然」へのヒントを、ここから綴っていきたい。
第1章:あの夜に何が起きたのか
さて、あの夜をどう説明すればいいのか。冷静に振り返ると、そこまで劇的な演出は何もなかった。ただ、日常の延長線上に「いつもとちょっと違う空気」が流れていたのは確かだ。
その日。子どもたちは寝かしつけで早めにダウンした。まあいつもの会話。正直、この時点で何かが起きそうな予兆なんてゼロ。過去の僕なら「ここでどう攻め込むか」と下心フルスロットルで構えて撃沈、というパターンがお約束だった。
ところが、この日はなぜか違った。僕自身も自然体だったし、妻の表情もいつもより柔らかかった。振り返れば、それは毎日の積み重ねのおかげだったのだと思う。
朝の洗濯物を畳んでおいたら、「ありがとう」と言われたこと。子どもが宿題をダラダラしていたとき、一緒に隣で漢字ドリルを見てやったこと。妻が疲れているときに「今日は僕が皿洗うよ」とさらっと言ったこと。
どれも大したことじゃない。中年男性の「家事してるぞ!」アピールとしては、SNSに書くには地味すぎる。でも、不思議なもので、こういうしょぼい積み重ねがじわじわ効いてくる。
妻の中の「こいつ、まぁ悪いやつじゃないな」ゲージが、少しずつ溜まっていたのだろう。
その夜も、いきなり何かが始まったわけではない。妻の何気ないひとこと・・・
「頑張ってるのはわかってる」と妻がぽつり。
たったこれだけ。でも、不器用な妻の精一杯の感謝であることは伝わった。
ここで変に焦って「じゃあ寝室行く?」なんて直球を投げ込んでいたら、完全に空振り三振だったに違いない。僕は内心の猛獣を必死に鎖でつなぎ、「うん、そっか」とだけ返した。
その後は自然な流れで距離が近づいていた。そして1年ぶりに、僕らは繋がった。
終わったあと、正直ちょっと涙が出そうだった。嬉しさとか安心とか、「まだ大丈夫だった」という安堵感とか、いろんな感情が一気に押し寄せた。
今振り返ると、ここに至るまでの僕の行動は「その日たまたま頑張った」わけじゃなかった。少なくとも数週間、いや数か月にわたって、小さな修正を積み重ねていた。以前の僕なら、妻が機嫌よく笑ってくれたら「よし、チャンス!」と一発逆転を狙う野球少年だった。でも今回は違った。打席に立つ前に、素振りをして、ストレッチをして、グラウンド整備をしてきた。だからこそ、自然に流れが生まれたのだ。
妻だってロボットじゃない。日常の中で「大事にされてる」「ちゃんと見てもらえてる」と感じたとき、人は少しずつ心を開く。僕はようやくそれを理解し始めたのかもしれない。セックスレス脱出の鍵は、テクニックでもサプライズでもなく、日常のしょぼい積み重ねにある。
あの夜、僕らの間に起きたことは、何も特別な魔法じゃなかった。子どもの寝顔を見てホッとし、コーヒーを淹れ、ちょっとした会話を交わす。その延長線上にあったからだ。でも、本当の意味を理解していない僕は2度目を大失敗してしまった。
第2章:2度目は失敗
人間ってやつは、本当に学ばない生き物だと思う。少なくとも僕はそうだ。あの必然の夜から1週間後、僕はまんまと調子に乗っていた。「あ、もうウチはレス脱出か。努力が実ったんだな」と。いやぁ、今振り返ると赤面ものだ。自分を殴りに行きたい。
その日は土曜日。子どもたちが昼間から大騒ぎして、妻はすっかり疲れていた。夜になってようやく寝かしつけを終え、リビングに戻ってきた妻の顔は、戦い終えた戦士そのもの。普通なら「お疲れさま、今日はゆっくりしようね」と労う場面だ。ところが僕は、脳内で「今日はチャンスかも!」とサイレンが鳴っていた。あの成功体験が、僕を無駄に大胆にさせていたのだ。
妻がソファに座るやいなや、僕は隣にスッと寄り、「ねぇ…またさ」と切り出した。
すると妻の口から出た言葉は、忘れもしない。「えっ・・・・・また!?」
あの一言で、僕のテンションは半減した。いや、半減どころか、バッターボックスでバットを持つ前に三球三振したような気分だった。でも、ここで引き下がる度胸が僕にはなかった。妙な自信が背中を押し、「いや、前回よかったしさ」と追撃。
妻は露骨にめんどくさそうな顔をしたあと、「…わかったよ」と渋々承諾してくれた。
この時点で賢い夫なら悟る。「今日はやめておこう」と。けれど僕は残念ながらバカ夫カテゴリーの住人。勝手に「GOサインが出た!」と都合よく解釈し、寝室へ移動した。
・・・ここからが地獄の始まりである。
