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断髪小説 雨の日の約束

断髪小説 雨の日の約束

——雨音に包まれながら、少女は帰り道で心の奥に秘めてきた想いと向き合うことになる。長い髪にまとわりついた水滴は、重さと不快感を与えるだけ。けれどその雨が、彼女の運命を変える「断髪」の始まりとなるのだった。

 ざあざあと、空から滝のような雨が降り注いでいた。 放課後の下校時間、傘を持たずに校門を出てしまった私は、制服ごと全身びしょ濡れになりながら家へ向かっていた。

 腰まで伸ばした黒髪は、雨を吸い込んで重たく垂れ下がり、背中や首筋に冷たく張りついている。 一歩進むたびに、水滴が先端から滴り落ち、スカートの裾やカバンを濡らしていく。 じとりとした不快さが肌にまとわりつくのに、それを振り払うこともできなかった。

 「……はぁ……」 ため息が漏れる。私はずっと、この長い髪に振り回されてきた気がする。 伸ばし続けた理由は、ただ「女の子は長い髪のほうがかわいい」と母や周囲に言われてきたから。 自分の意思で選んだわけでもない。 けれどそれでも、鏡を見るたびに「私の髪はきれいだ」と言い聞かせ、なんとなく過ごしてきた。

 そんな思い込みは、この雨で簡単に崩れる。 水を含んだロングヘアはただの重荷で、まるで鎖のように私を縛りつけていた。

 家の玄関を開けると、母が驚いた顔で飛び出してきた。 「ちょっと! 傘は? びしょ濡れじゃないの!」 慌ててタオルを持ってきてくれる母に、私は苦笑いを返した。 「だって、忘れちゃったんだもん……」

 制服はすぐに洗濯機へ。私はバスタオルを肩にかけられ、リビングの椅子に座らされた。 母が私の髪を軽く拭き取る。タオル越しに感じるのは、ずっしりとした重さと、まとわりつく水分。 「……ほんとに長い髪って、大変ね」 母がぽつりと呟いた。 「こんなに濡れたら、乾かすのだって時間かかるし、風邪ひいちゃうわよ」

 私はその言葉に、思わずうなずいた。 「うん、ほんとに……もう、重くて嫌になる」

 母はタオルを押し当てながら、ふと私を見下ろして笑った。 「そんなに大変なら、短くすればいいんじゃない?」 「え……」 その瞬間、胸の奥が大きく跳ねた。

 ずっと頭の中にあったけれど、決して口にできなかった願望。 「髪を切りたい」という思いが、雨に濡れた今、強烈にあふれ出してきた。

 母の一言は、雷のように私の心を貫いた。 「だって……ここまで伸ばしたんだし……」 反射的にそう答えながらも、声が震えていた。 本当は、切りたい。全部、落としてしまいたい。 でも、怖かった。切ったら戻らない。その一歩を踏み出す勇気がなかった。

 母は私の表情を見て、軽く眉を上げた。 「もしかして、本当に切りたかったりする?」 沈黙が流れた。 タオルの下で、私は無意識に髪を握りしめていた。濡れて冷たく、重たい髪。 ……このまま捨ててしまえたら、どんなに軽くなるだろう。

 「……切ってもいい?」 自分でも驚くほど小さな声だった。けれど、それは確かな決意を帯びていた。 母は目を丸くした。 「ほんとに? いいの?」 私は深呼吸をして、頷いた。 「うん。切りたい。今すぐにこのロングヘアをバッサリ短く切ってほしい」

 その言葉が口から出た瞬間、胸の奥で何かが弾けた。 今まで「長い髪の私」を演じてきたけれど、それを手放すことでしか、本当の自分にはなれない。 濡れた髪の冷たさが、その決意をより鮮明にしてくれる。

 母は少し考え込んだあと、苦笑を浮かべた。 「分かったわ。でも美容室はもう閉まってるし……今日は私が切ってあげようか?」 思わず息を呑む。 母の手で切られる——。その光景を想像しただけで、心臓が激しく打ち始めた。

 「お願い……」 私は消え入りそうな声で答えた。

 こうして、雨の日の夜、私の人生を変える「断髪」の幕が静かに上がった。

 「……切って」 その言葉は、私の中の何かを突き破るように自然と口から漏れた。

 母は目を瞬かせ、少し驚いた顔を見せた。 「え? 本当に?」 「うん……」 私は唇を噛み、でもはっきりと頷いた。

 その瞬間、母の表情が変わった。驚きから、真剣さへ。 私が本気だと悟ったのだろう。

 「分かったわ。じゃあ……ここで切りましょうか」 母はそう言って立ち上がり、リビングのテーブル横に置いてあった椅子を引き出した。 「ここに座って」

 心臓が早鐘を打つ。 私は濡れた髪を背中に貼りつかせながら、ぎこちなく椅子に腰掛けた。 椅子に座るだけなのに、まるで美容室のカット台に座らされたみたいに緊張する。

 母は洗面所からタオルを二枚持って戻ってきた。 一枚はフェイスタオル。もう一枚は大きなバスタオルだった。

 「まずは水気をとらなきゃね」 母はフェイスタオルを広げ、私の頭にかぶせると、濡れた髪をぎゅっと握りしぼった。 じゅわっ……と水が滴り落ち、タオルに吸い込まれていく。 首筋にまで伝わっていた冷たい感覚が少し和らぎ、代わりに妙な軽さを覚えた。

 「すごいわね、こんなに水を含んで……」 母は感心したように呟いた。 確かに、今まで背中を重く引っ張っていた髪は、タオルにしぼられるたびにずいぶん軽くなった気がした。 けれど同時に、「この重さが全部なくなるんだ」と想像した瞬間、胸の奥が熱くざわめいた。

 母はタオルで水分をぬぐったあと、大きなバスタオルを私の肩に掛けた。 「ケープ代わりにね。ちょっとごわごわするけど、我慢して」 首元できゅっと結ばれる。 それだけで、まるでこれから本当に美容室で切られるかのように鼓動が速まった。

 母は椅子の背後に立ち、しばらく私の髪を両手ですくい上げて見つめていた。 「……ほんとにいいの? ずっと伸ばしてきたのに」 背後から投げかけられるその言葉に、胸が少し痛む。 でも、私はもう決めた。 

「いいの。もう重いのは嫌だから、早くバッサリ切って、とにかく短ければなんでもいい」

 自分の声が、思っていたよりずっと力強く響いた。


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