第1章 憧れの坊主頭
私の兄ちゃんは、小さい頃からずっと丸坊主だった。 毎月一度、決まった日曜日の午後。リビングの椅子を真ん中に置き、母が古いバリカンを取り出すと、その時間がやってくる。
私はいつも、その光景をわくわくしながら見つめていた。 兄ちゃんは椅子に座り、白いタオルを肩にかけられる。母がスイッチを入れると、すぐにあの音が響く。
「ブイイイイィィィィン……」
小さな私には、それがとても力強く聞こえた。バリカンの刃が震えて、兄ちゃんの頭に近づいていく。 そして、前髪の生え際にぐっと当てられると——
じゅりりりっ、と短い髪がまとめて刈り取られる。 まだ黒々とした髪が、みるみる薄くなり、頭皮が白く現れていく。
兄ちゃんの髪はあっという間に床へ落ちていった。 ばさばさと肩を滑り、膝を越えて、リビングのフローリングに散らばっていく。 私はその一つ一つの髪の束が落ちていくのを、目を離さずに追っていた。
母は慣れた手つきで、後頭部から襟足へと刈り進める。 「ブイイイィィン」という音に合わせて、髪がざくざくと削ぎ落とされるたびに、兄ちゃんの頭がまるで白いキャンバスに塗り替えられていくように見えた。 耳の周りを通るときは、細かい毛がふわりと飛んで、私の腕にもくすぐったく落ちてきた。
やがて兄ちゃんの頭は、つやつやとした丸坊主に変わっていた。 刈りたての頭は光を反射して、どこか誇らしげに輝いているようにさえ見えた。 兄ちゃんは少し照れくさそうに頭を撫で、母は「さっぱりしたね」と笑う。
——私は、その姿がたまらなく羨ましかった。 自分の髪を触ってみる。長く伸びた柔らかな髪が、肩から背中まで落ちている。 これをぜんぶなくして、兄ちゃんと同じ丸坊主になれたら、どんなに気持ちいいだろう。
「お母さん、私も坊主にしてみたい」 思わず口にすると、母は即座に首を振った。 「女の子はダメ。髪は伸ばしてきれいにしなさい」
その言葉が、私の胸に深く突き刺さった。 どうして兄ちゃんは許されて、私は駄目なのか。 どうして私は、この憧れの光景に入れないのか。
でも、その瞬間に決めた。 ——いつか絶対に、兄ちゃんと同じ坊主になる。 誰に止められようとも、あのバリカンの音を自分の頭で味わってみせる。
私は幼いながら、胸の奥に熱い誓いを刻んでいた。