エスカレーターではなく立ち止まろう。
増田朋美
皆さんこんにちは。暑い中、また甚大な災害のなかで、どう生きていこうか悩む日々ではありますが、どうにかこうにか日々を生きております。
まず初めに、熊本の大地震で被災された方々にお見舞い申し上げます。一日もはやく、平穏な生活が戻ってこれますようにお祈りいたします。本当に、平和という言葉が果たしてやくに立つのか?と思いたくなるほどの悲惨な状態ですが、とにかく前向きに行くしかないです。
さて、今回のお話は、エスカレーターではなく立ち止まろう、とつけました。エスカレーターでは立ち止まろうという標識はたしかにありますが、エスカレーターではなくとも、立ち止まるという習慣をつけたいと思いまして、このように書かせていただいたわけです。
私は感情のコントロールができず、家族や周りの人にいかりをぶつけたり、自分で怒りを表現することもできずにリストカット、または、自分の中でいかりを処理することができずにオーバードーズや自殺未遂を繰り返しました。バカらしい話なのかもしれませんが、誰も怒りからどうやって気持ちを切り替えていけば良いのか、教えてはくれませんでした。なので、相手にたいしてただ、カッコつけたいだけだとか、こちらは真剣に聞いているのに、無視しないで!とか、怒りや悲しみがより増幅してしまい、聞くだけ無駄だとか、薬に頼るしかない、この世で生きては行かれない、こんなことを考えていました。
ところが、怒りを切り替えられる、というか、素直に鎮められる貴重な武器を教えていただいたのですよね。それは、私は怒っている、と頭のなかで一度考え、行動する前に立ち止まることです。怒りばかりではありません。悲しみも恐怖も同じことです。負の感情を感じたときは、ああ私は怒っている、悲しんでいる、恐怖を感じていると文章化して、次の行動に移る前に止まることです。行動に移すのが遅くなるのではないかと不安ではありましたが、感情に振り回されて迷惑をかけるよりかずっとよいこともわかりました。
こんな単純なことで良いのかと思いますが、深呼吸してもいかりからは解放できなかったし、流行りの54321法も実践することができなかったので、ここまでハードルを下げてもらい、ようやく自分の感情を自分で文章化できるようになったのです。バカらしいと思う方はそれでもいいです。精神障害とは、そういうものです。
今まで、いくつかのこころに関するセッションをうけたりセミナーに参加したりしてきましたが、一番あたまにのこっているのは、事実は存在しているだけであり、善悪甲乙つける必要はないこと、人間にとって、できることは、事実にたいして、どうすればよいかを考えるしかないこと、この2つは、非常に印象にのこっています。今回さらに、感情を一度言葉にし、行動に移す前に立ち止まること、これを教わることができました。長い年月、いかりに任せて生きてきた人生ではあり、薬を飲むしか対処しようがなく、ずっと生きていても仕方ないと投げやりになっていましたが、ようやく、本当に学びたかったことが得られるようになったきがします。本当に教えてくださった講師の先生方には、感謝するしかありません。
エスカレーターではなく、立ち止まろう。今まで、便利になるために猛スピードで走り続けた日本社会も、少し立ち止まって足踏みしてもよいのではないか?と思われる事例が頻発しています。立ち止まり、いま何が起きているのか言葉にしてみる。そんなことを始めてみてもよいのではないでしょうか?
