正しい意思決定をしたい。せめて誤った意思決定だけは避けたい。仕事をする人は皆そう考えています。そのために、先人達の経営戦略論やフレームワーク(詳細は第8回)も使いながら、日々の意思決定を行っています。
では、意思決定を間違えないためにはどうしたらよいのか。それに答えるのが今回の趣旨です。
前半(今回)で過去の代表的な意思決定理論を解説し、後半(次回)では論理的思考方法の代表格「ロジカルシンキング」における「直感」の重要性について触れたいと思います。
●メガバンクと総合商社では意思決定システムが微妙に異なる
僕が「意思決定は不思議なものだ」と最初に思ったのは、20〜30代の頃に勤めていたUPUという採用PR会社で、入社案内の企画コンペに参加した時でした。
当時、大手企業が新卒採用に使う入社案内を作成する時には、2〜3社、多い時は5社を超える会社から提案を受け、社内の検討を経て発注先を選定していました。この企画コンペの勝敗の決まり方が、業種や企業によって大きく異なることに気がついたのです。
典型的な例をお話しします。
例えばメガバンク(当時は都市銀行と言っていました)の場合は、発注先は社内稟議で決まります。各社から提案された企画は、まず採用グループで検討され、人事課長、人事部長と稟議が上がって最終決裁されます。
一方、総合商社では、もちろん稟議はあったのでしょうが、事実上の決定は一人のキーパーソンが行っていたように思います。提案された企画はあくまで叩き台であり、誰と一緒にその先数ヵ月間の仕事をしたいのか、という視点でパートナーが選定され、そのキーパーソンが上司を説得していく。いわば「人物コンペ」でした。
この決定システムの違いは、どこから来ていたのでしょうか。おそらく、銀行と商社の本業における仕事の進め方の違いであり、日々の意思決定システムの違いなのだ、と僕は考えました。
銀行の本業の一つである融資は、厳格な稟議によってその可否が決まります。社内の規定に則って審査が行われ、リスク要因が一つひとつチェックされます。その本業の決裁システムが、入社案内の企画選定の際にも発動されていた。そのため稟議を通過する途中で尖ったリスクのある企画は落とされ、リクルートを始めとする知名度の高い会社が提案した、どちらかというと当たり障りのない企画が採用されていたように思います。
商社の場合は、商社マン一人ひとりの創造的意志や取引先との関係構築能力がビジネスの現場で厳しく問われます。人事担当者にも商社マンの血が流れていますから、まず自分の価値観に合ったパートナーを選定し、そこから一緒に企画を練り上げていけばよい、というように考えたのではないでしょうか。実際、コンペに勝った後に大幅な企画変更が入ることもよくありました。
採用ツールの選定という意思決定の仕組みに、本業の仕事スタイルが反映されていた理由は、おそらくそんなことではないかと推測します。
ちなみに、僕が勤めていたUPUは僕を含めて、総合商社やメーカーの企画コンペでは勝率が高かった反面、都市銀行ではまったく勝てないという状況が長く続いていました。リクルートや大手メディア系列の就職情報会社(昔の社名でいえば、日経ディスコ、ダイヤモンドビッグ、毎日コミュニケーションズ:マイナビ、文化放送ブレーン、等)の方が、リスクが低く信頼度が高いと思われていたのかも知れません。
なお、この銀行と商社の話は特定の企業のことを指しているのではなく、一般論的な(でもたぶん間違っていない)話であることをご承知おきください。そしてそこには、意思決定を考える大切な要素がいくつも入っていると思うのです。(これは最後に触れます)
●戦略的意思決定を支える理論には「理想論」と「現実論」の2種類がある
さて、「意思決定を間違えない」ための理論には、様々なものがあります。ここで代表的な意思決定理論と、その特長を整理してみましょう。
○サイモンの限定合理性と満足度基準
意思決定理論には、意思決定はどうあるべきかを考える「規範的意思決定論」と、現実的に人間はどう意思決定するのかを考える「行動意思決定論」があります。
前者は、1978年に意思決定に関する研究でノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンが源流です。サイモンは意思決定のプロセスを以下のように整理しました。
① 問題の認識→②代替案の探索→③代替案の評価・選択→④実行とフィードバック
実感としても分かりやすい整理ですよね。しかし同時にサイモンは、人間の情報収集能力や評価能力には限界があり、完全に合理的な判断はできない(限定合理性)ため、一定の目標水準を達成した代替案を選択する(満足化基準)ことになる、と論を展開します。
そしてこれは特に、経営トップが行う非定型の戦略的意思決定に顕著な傾向であると指摘しました。「人は制約のある合理性の中でしか意思決定できない」や「経営とは意思決定そのものである」というサイモンの主張は、よくわかる気がします。
○ノイマンの期待効用理論
20世紀を代表する数学者であるジョン・フォン・ノイマンは、数学者の立場から、この限定合理性に取り組みました。ノイマンは、不確実性が高い状況のなかで意思決定をするために、物事が起きる「確率」とそこから得られる「期待値」によって、どのくらいの便益や満足度を得られるか(期待効用)を数学的に算出する理論を確立しました。
※50億円の資産を持っている人がプラス50億円の投資をする効用は、500億円の資産を持っている人がプラス50億円の投資をする効用よりも、期待効用が大きいことが分かります。 逆に言えば、同じ成功確率の投資でも、持っている資産が大きいほど期待効用が小さいので、投資をためらうことになります。つまり「リスクを恐れる」のです。(図:入山昌栄「世界標準の経営理論」より)
この期待効用理論は、人はどのくらいリスクを取るか(リスク性向)を考える時に非常に役にたちます。リスク性向は性格や立場、おかれた状況によって変化しますが、一般に大部分の人がリスク回避的な意思決定をすることはよく知られています。
例えば、以下の2つの選択肢のうち、あなたはどちらを選びますか?
・選択肢A:100%確実に5千円がもらえる。
・選択肢B:50%の確率で1万円がもらえるが、50%の確率で0円になる。