「スマイル0円」の秘密。マクドナルドのクルーは、なぜ笑顔になるのか?(2015.5.25)

「スマイル0円」の秘密。マクドナルドのクルーは、なぜ笑顔になるのか?(2015.5.25)

(株)ソクラテス代表 寺澤浩一

(株)ソクラテス代表 寺澤浩一

●「スマイル0円」復活の背景にあるもの

今日、マクドナルドの「スマイル0円」が復活するというニュースが流れました。これはマクドナルドの経営戦略の転換を表す象徴的な出来事だと思います。

僕は20代の頃の約6年間、以前務めていた採用PR会社でマクドナルド担当の営業マンでした。当時マクドナルドは外食産業No.1企業であり、会社にとって最重要顧客の一つでした。僕も大きなエネルギーをさいて人事部と広報部に通い、入社案内や会社案内、PR誌などを作成していました。

創業者の藤田社長がまだ現役の頃です。店舗の大多数は直営店で、FC店は社員独立制度による少数にとどまっていました。大卒新入社員は各店舗に配属され、当面の目標を店長に置きます。本部の役職者も全員が店長を経験した叩き上げで、社内は現場感覚からくる活気と勢いに溢れていました。

●「どうして笑顔に?」の質問に、人事課長はどう答えたか

ある時、人事課長に尋ねました。「マクドナルドのお店で働くクルーは、なぜ笑顔になるのでしょうか?」。実際、他のチェーン店では当時、マクドナルドのようなスマイルはあまり見かけませんでした。まさか、マニュアルに「笑顔を絶やすな!」と書いてあるわけでもないだろうしと考えたのです。

当時マクドナルドの強みは、一般に「サービスのマニュアル化」と「チェーンオペレーションのシステム化」を極めて高いレベルで実現しているからだと言われていました。僕もそう理解していました。

人事課長は言いました。「まず教育研修が充実していることです。クルーとして採用されて、最初の1週間は現場に出ることなく、みっちり研修を受けるのです。これで自信が生まれます。次に、店長や副店長に絶対的な信頼感を抱いていることです。失敗しても上の人が必ずフォローしてくれる。むやみに叱られることはない、という安心感です。最後に、自分が頑張れば頑張るほど、わずかながらではありますが時給があがり、全員から賞賛されるという達成感です。人間って、誰かにサービスを提供して喜んでもらえたら、嬉しいじゃないですか。高校生でも主婦でも、みんなそうです。だから、自然な笑顔が生まれるような空気でお店を包んでいくこと、それが重要なんだと思います」

●マクドナルドの秘伝のマニュアルが外部流出したら?

別の時に、広報課長に聞きました。「マクドナルドのマニュアルが外部に流出したら、これは大問題でしょうね」。広報課長は笑いながら、「いや、全然大丈夫ですよ。マニュアルを使える人がいなければ、マニュアルなんて単なるお題目ですから」。

後に、中小企業診断士の勉強をしたときに、マクドナルドの人事労務政策がマクレガーの「XY理論」に依拠していることを知り、深く納得しました。XY理論とは、人間に対する2つの対立的な考え方を「権限行使による命令統制のX理論」と「統合と自己統制のY理論」と提唱したもので、性悪説と性善説と言い換えてもいいかも知れません。マクドナルの場合は言うまでもなくY理論によっています。

これはXとYのどちらが正しいかという議論ではなく、企業の戦略や業態、外部環境条件により、採るべき組織戦略が異なってくることを意味しています。内部統制やコンプライアンスでは、X理論によるシステム設計が不可欠です。

以前「マクドナルドのアルバイトの制服にポケットがないのはなぜ?」というツイートが話題になりましたが、現金盗難やスマホ持ち込みを「仕組み」で回避しているX理論応用の好例だと思います。ちなみにディズニーランドを経営するオリエンタルランドも当時、マクドナルドと同じ人事コンサルファームを使っており、Y理論によるキャスト管理を行っていました。それを知って、キャストが何故あんなにホスピタリティが高いのかが理解できました。

●ミスを叱られたあと、フォローの電話がかかってくるワケ

こうしたマクドナルドの組織文化は、我々のような外部パートナー(仕入れ業者)に対しても同様に発揮されていました。年に1回、パートナーを招待したパーティーが開催され、貢献度が高いパートナーを表彰していたのも、そうした施策の現れでしょう。

僕の仕事で言えば、毎年のようにキツいコンペが行われ、スタッフ全員が四苦八苦しました。でも嫌な思いをした記憶がありません。まあ、勝ち続けていたから言えることかもしれませんが、十分な情報開示と、明確な選考基準、結果のフィードバックも完璧で、非常に納得感のあるコンペでした。

もちろん失敗もたくさんありました。本社に呼ばれ、キツく叱られました。頭をうなだれて会社に帰ると、見計らったようにフォローの電話がかかってきました。これには泣きました。もう一度頑張ろうと思うじゃないですか。

つまり当時のマクドナルドは、米国流のマニュアル、システム、合理主義、効率主義という鎧をまといながら、その中身は実に人間の血の通った組織だったと思うわけです。

●「スマイル0円」の復活は、組織人材開発における戦略転換

今回の「スマイル0円」の復活は、その頃の組織文化をもう一度取り戻す試みだと考えます。メニューの多様化という商品政策の転換のウラには、こうした組織政策の転換があるのだと思います。COOに現場から叩き上げの下平氏が就任したことも、大きな変化の兆しだといえるでしょう。

もちろん、既にFC化が大きく進み、CVSという圧倒的な競合が出現し、都市人口が減少するという環境条件が激変したなかでは、難しい課題だと思います。でも、マクドナルドのファンであった僕としては、ぜひ復活してほしい。僕はマクドナルドのファンです!と、大きな声で言える会社に生まれ変わってほしいと願っています。


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この記事のライター

(株)ソクラテス代表 寺澤浩一

(株)ソクラテス代表取締役。 学生時代(慶応義塾大学文学部)よりコピーライターとして活動。1980年、(株)ユーピーユー入社。営業、編集、経理財務などを経験。1998年、(株)ソクラテスを設立。中小企業診断士として経営全般のコンサルティング、及びコンテンツ制作を行っています。

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