自律型人材を育成するために、まず経営者がすべきこと。〜ジーコの鹿島アントラーズと“はやぶさ”の帰還に学ぶ〜(2010.9.10)
(株)ソクラテス代表 寺澤浩一
●「ETC型」「エコバック型」と称される新入社員
最近、ある企業の人事部長と話をする機会があった。実は筆者も以前、人事部の新卒採用を支援する会社に勤務していたこともあり、人事関連のテーマには強い関心がある。話は大いに盛り上がった。
多くの新入社員がなぜ3年で辞めてしまうのか。行き過ぎた成果主義の弊害とは何か。いま企業に必要な組織人材開発の新たな手法はどんなものなのか……。そんな多岐にわたった話題の中で、筆者が特に興味深かったのは、多くの企業がいま「自律型人材」の育成に必死に取り組んでいるという人事部長の指摘である。
「寺澤さん、ETC型とかエコバック型って、聞いたことありますか?」と人事部長が聞く。それが社会経済生産性本部が毎年発表している新入社員のタイプ分類であることを、筆者はぼんやりと思い出した。
ETC型とは、2010年度の新入社員に命名されたものだ。IT活用は得意だが、他者との対話能力に課題があり、性急に関係を築こうとしても直前まで心のバーが開かない。またエコバック型は2009年度のもので、小さくて取り扱いには便利だが、使う時には大きく広げる=育成する必要がある、という意味が込められている。
「おそらくゆとり教育世代の特徴なのでしょうが、最近の新入社員は競争よりも個性尊重を優先し、また叱られることに慣れていないので、育成するのがとても難しいんです」と人事部長は言う。「ところが企業では今、イノベーションやダイバーシティ(多様性)が重視されています。一人ひとりの社員が自律的に動いて新しいアイディアを考え出したり、周囲を巻き込んでダイナミックな変革を起こすことが求められているのです。ゆとり世代を自律型人材に育てるためにどうしたらいいか。みんな悩んでいると思いますよ」と、人事部長は嘆いた。
そんな話を聞きながら、筆者の頭のなかには少し別のことが浮かんできていた。「はやぶさ」の帰還と、ジーコの鹿島アントラーズという、2つのテーマである。
●「はやぶさ」の異能集団は、なぜ結束できたのか?
ご存知のとおり「はやぶさ」は、2003年に打ち上げられた小惑星探査機である。イオンエンジンという新しい技術を使って小惑星に接近し、その表面から物質のサンプルを収集して持ち帰ることがミッションだった。幾多のトラブルを乗り越えて、2010年6月13日に無事帰還。サンプルが入ったカプセルを分離し、自らは大気圏突入で美しい流れ星となって消滅した。
筆者は、この「はやぶさ」が打ち上げられる以前に、そのプロジェクトの中核メンバーの一人である大手電機メーカーのエンジニアにインタビューしたことがある。テーマは「異能集団のマネジメント」。文部科学省の宇宙科学研究所に集まった約300名の第一線の技術者が、本籍がそれぞれ別々の企業や大学にありながら、なぜひとつにまとまるのか。6年間という長期にわたる開発期間中、個性豊かな異能集団をマネジメントする秘訣とは何なのか。それを知りたかったのだ。
そのエンジニアは、即座に「目標が明快であることです」と答えた。あまりにシンプルな回答に戸惑った筆者を見て、彼は補足した。「300名の技術者は、それぞれ物理、機械、熱、電力、構造、情報システムなど、多様な分野の第一人者ばかりです。その力を結集するためには、具体的でシーンメイキングな目標が不可欠なのです。今回の目標は、サンプルリターンという、人類初の試みです。その明快な目標があってこそ、エンジニアたちが自発的に課題を克服し、追い立てられるような開発日程のストレスに耐えることができるのです。米国のジョン・F・ケネディがアポロ計画を発表する際、人類を月面に立たせるという、極めて分かりやすい目標設定を宣言したことと同じですよ。米国NASAのマネジメント手法も、基本は一緒です。……」
●ジーコが指摘した「ゴールイメージの欠如」
もうひとつは、ジーコの鹿島アントラーズがなぜ常勝チームになれたか、というテーマである。これはサッカー好きの知人から聞いた話なのだが、筆者の頭の中に鮮明に焼き付いている。
ジーコが日本にやってきたのは、1991年のこと。当時、日本サッカーリーグ2部の住友金属(鹿島アントラーズの前身)という田舎の弱小チームへ選手として入団した。そして2年後、1993年に開幕したJリーグでは、横浜マリノスやヴェルディ川崎といった大都市の名門クラブが注目されるなか、大方の予想を覆して第1ステージの制覇、チャンピオンシップ準優勝という成果を残す。
そのサッカー好きの知人は言う。「ジーコがはじめて日本のサッカーを見たときの印象は、個々人の要素技術がかなり優れている反面、チームとしてゴールイメージが共有されていない、というものだったようです。ドリブルや細かなパス回しはうまい。しかし最後のゴールの瞬間を誰もイメージしていない。そこでジーコは、1本の横パスを出す前に、それがシュートにどう繋がっていくのかを瞬間的にイメージするよう徹底的に指導しました。ボールの受け手も、ボールを持たないプレーヤーも、そのゴールイメージを共有できた時にはじめて、美しい得点シーンが生まれるのだと、ね。ジーコは、決定力不足という課題以前の、ゴールイメージの欠如という、日本サッカーの本質的な課題を見抜いていたのだと思います。……」
●新入社員の自律性欠如を嘆く前に・・・
この2つのエピソードに共通するのは、もうお分かりだと思うが、組織人材開発における「明快な目標」や「ゴールイメージ」、すなわち「経営理念・ビジョン」の重要性である。そこからブレークダウンされる形で事業戦略とロードマップが策定され、さらに研究開発、マーケティング、財務、人事労務といった個別施策が立案される。人事制度や人材育成プログラムは、ジーコの例でいえば横パスであり、それがどうゴールシーンに繋がるのかのイメージが重要なのだ。
「理念・ビジョン」は、借り物の言葉や抽象的な概念であってはならない。具体的な未来シーンが社員の脳裏にまざまざと描かれるような、ダイナミックなイメージ喚起力をもつ必要がある。経営者のその言葉が社員の心に深く刺さった時、はじめて自律性というプログラムが起動する。どんなに先進的で洗練された人材育成プログラムも、その基盤があってこそ有効に機能するのだと思う。
そんな筆者のとりとめのない話を聞いた人事部長は、「若手社員の自律性の欠如を嘆く前に、マネジメントサイドの理念・ビジョンを構想する能力を問わなければなりませんね。しかし、それは非常に厳しく、難しいことだと思います」といって、遠くを見つめるような表情になった。