第11回(経営戦略編):ロジカルシンキングは「問いの立て方」が勝負! チャットGPTで実験してみる。(後半)

第11回(経営戦略編):ロジカルシンキングは「問いの立て方」が勝負! チャットGPTで実験してみる。(後半)

ソクラテス代表 寺澤浩一

ソクラテス代表 寺澤浩一

前回は「意思決定」について、代表的な理論の概要を解説しました。経営戦略を策定するためには、先人達の知見である「フレームワーク」を使えるようになること。そして意思決定の際には、限定合理性や期待効用理論、プロスペクト理論でいう「意思決定バイアス」に注意する必要があること、などを説明してきました。

意思決定バイアスを回避する方策としては、対話の重視、参加者のコミットメント強化、心理学を応用した偏見の排除など、たくさんの研究がなされています。それらは別の機会にゆずるとして、今回は意思決定プロセスを最適化する代表的な手法である「ロジカルシンキング」に着目します。

人間の認知能力や判断能力は完全ではないとは言うものの、やはり経営戦略を立案するときには論理的思考が欠かせません。そして、論理的思考では「問いの立て方」(イシュー設定)が極めて重要であり、さらに良いイシュー設定と仮説立案には論理的思考の対極にあるように思える「直感」が重要な役割を果たすことにも触れてみたいと思います。

●「問いの立て方」次第で、チャットGPTの回答が変わってくる

最近チャットGPTが話題になっています。マイクロソフトが100億ドル(1兆3000億円)の投資をし、グーグルが最大級の脅威と位置付けていることから、大きな注目を集めているのだと思います。

そこでチャットGPTに、イシュー設定が異なる2通りの質問をしてみました。一つが「単純質問型」、もう一つが「仮説検証型」です。3C分析という正解がわかっている問題で、「問いの立て方」により回答がどう変わるか、ご覧ください。

○3C分析とは何?(単純質問型)   ↓↓
(チャットGPTの答え)
3C分析とは、企業が自身・顧客・競合他社の3つの要素を考慮して評価するマーケティング理論のことです。3C分析は、企業が自分の強みや弱み、機会や脅威(SWOT)をより深く理解し、マーケティング戦略、製品開発、ビジネス運営に関する知識に基づいた意思決定をすることを支援します。

確かに正しい回答だと思います。この回答を図にすると以下のようになります。自社を取り巻く環境が可視化され、SWOT分析を使って意思決定をすればよいことがわかります。

では別の問い方をしてみます。

○3C分析はブルーオーシャンを発見するのに効果的、というのは本当?(仮説検証型)  ↓↓(チャットGPTの答え)はい、3C分析は、ブルーオーシャン市場を発見するのに効果的なツールと言えます。
3C分析では、顧客ニーズ、競合他社、自社の要因を分析することで、顧客ニーズと自社の強みが重なり合うブルーオーシャンを見つけることができます。この情報を元に、競合他社との差別化を図り、新しい顧客層を獲得することができるビジネスチャンスを見つけることができます。
ただし、ブルーオーシャン市場は常に存在するわけではないため、3C分析の結果をもとにブルーオーシャン市場を発見することは確実ではありませんが、顧客ニーズや競合他社、自社の情報を分析することで、より良いビジネスチャンスを見つけることができる可能性は高くなります。

いかがでしょうか。仮説検証型の質問の方が、回答の解像度が高くなったと思いませんか。この回答を図にしてみます。3Cの円を重ねることで、①がブルーオーシャンであり、②がレッドオーシャンであることがわかります。

①:ブルーオーシャン ②:レッドオーシャン

この図を少し補足します。第10回で触れたポーターやバーニーによる競争戦略論は、レッド・オーシャンを勝ち抜くための戦略です。つまり、「既存の産業構造内でのポジショニングと差別化」(ポーター)や、「他社に対する自社資源の競争優位性」(バーニー)を実現するための理論でした。

これに対してブルーオーシャンは、顧客に対する独自の提供価値(バリュー・プロポジション)を高めることで、競争のない市場を創造するための理論です。

連載の第7回で、ワークマンが「コスパの良い高機能ウェア」という独自の価値提供により、アウトドア市場でブルーオーシャンを切り開いた例をご紹介しましたが、それも参考にしてください。

以上のように、ロジカルシンキングでは「問いの立て方」(イシュー設定)が極めて重要であることがお分かりいただけると思います。

●ロジカルシンギングの本質は、イシュー設定と仮説立案にある

では改めて、ロジカルシンキングの概略を見てみましょう。

ロジカルシンキングは、物事を体系的に整理し、筋道を立てて矛盾なく考える思考法のことです。課題を要素別に仕分けして結論を出したり、様々な視点から分析をして解決策を見つける時に使います。

ロジカルシンギングに関する書籍はたくさん出版されています。どれでも良いので、まず1冊を熟読することをお勧めします。そこには以下のようなことが書かれているはずです。

  • ① まず、何を考えるべきかを決める。(イシュー設定)
  • ② イシュー設定は、その問題の本質に迫る「疑問形」にする。
  • ③ 設定したイシューに答えるメインメッセージ(仮説)は、主語と述語のある「断定形」にする。
  • ④ イシューに関するファクトを集め、「型」を使って構造化する。
  • ⑤ 「型」には、ロジックツリー、マトリクス(SWOT分析)、フロー図(バリューチェーン)、関係図(5フォース分析)、などがある。
  • ⑥ 構造化した要素群に、それぞれにサブメッセージを付ける。
  • ⑦ メインメッセージ→サブメッセージは「Why So:なぜ?」の関係、サブメッセージ→メインメッセージは「So What:つまり?」の関係になることを確認する。

ここでのツボは、最初に「イシュー設定」があることです。その重要性を、僕はロジカルシンキングの応用編ともいうべき安宅和人さんの著書「イシューからはじめよ」で学びました。その中で、安宅さんは次のように述べています。(前述の内容と少し重複します)

  • ① まず今本当に答えを出すべき問題(イシュー)を見極める。
  • ② 強引にでもイシューに対する仮説を立てる。この時、本質的で深い仮説にするために、共通性・関係性・グルーピング・ルールなどの手法を使い、構造が明確な仮説にする。
  • ③ イシューと仮説を立てるためには、必ず一次情報に触れる。同時に各種フレームワークを使って基本情報をざっくり素早く収集する。しかし集めすぎない。

「イシューからはじめよ」ではこの後、イシュー起点でストーリーを組み立てる方法、イシュー分解の「型」、仮説を分析・検証する方法、データの集め方、メッセージの組み立て方、という流れで、実務で使える実証的方法を極めて具体的に展開しています。若いビジネスパーソンには、ぜひ学んでほしい1冊です。

重要なのは、繰り返しになりますが、はじめに「解くべきイシューを見極め、深い仮説を立てる」ことです。シンプルな課題の場合には、まず関連する大量の情報を集め、それを分類・分析し、帰納法的に結論を導き出すやり方でも構わないのですが、安宅さんはそれを「犬の道」だとして一蹴します。情報収集や分類・分析をする前に、イシューを見極めて深い仮説を立てることが、真に効果的・効率的な意思決定につながると言っているのです。

先ほどチャットGPTに2つの質問をしました。1つ目の質問のイシュー設定は「3C分析とは何?」で、仮説は特にありません。それに対して2つ目の質問のイシュー設定は「3C分析の有効な使い方とは?」で、それに対する仮説が「3C分析はブルーオーシャン市場を発見するツールである」となります。(答えが分かっていましたから、厳密には仮説とはいえませんが)

いずれチャット型AIが検索に取って代わる存在になる時がくるでしょう。その時には「問いの立て方」、つまりイシュー設定と仮説立案が極めて重要になってくることは確かだと思います。

●創業まもない楽天で、三木谷さんが立てた仮説とは?

では、「イシューの見極め」と「深い仮説立案」をするためには、具体的にどうしたら良いのでしょうか。

それは、必ず「一次情報」に触れることだ、と安宅さんは指摘します。現場に行き、当事者の話を聞き、加工されていない生の情報に触れること。それが極めて重要です。机の上でのフレームワークを埋めるだけの作業からは、深い仮説は生まれません。

これは、僕にも思い当たる節がたくさんあります。そのいくつかをご紹介しましょう。

だいぶ昔の話になりますが、僕は創業間もない頃の楽天・三木谷さんに2度インタビューしたことがあります。(詳細はこちらをご覧ください) 楽天市場の出店数がまだ100店くらいの時です。

当時三木谷さんは、自ら率先して出店者を集めるドブ板営業をしていました。「ネットでモノは買わないよ」と多くの人が二の足を踏む状況下、足を棒にして1店ずつ参加を呼びかけていました。

ある時三木谷さんは出店者と会話をするなかで、売れているお店は例外なく電話でユーザーと密なコミュニケーションをとっていることに気付きます。まだ購入はしない。資料請求も面倒だ。でも、ちょっと気になる点をすぐに確認したい。そんなユーザーは、出店者に電話をかけてきていたのです。

当時の楽天の出店者ページには、「購入する」と「資料請求する」という2種類のコンバージョン・ボタンしかありませんでした。

三木谷さんは会話の中から「ECショップは、実は通信販売より対面販売に近いのではないか」という直感的な仮説を立てます。そして、その仮説に基づいて「問合せる」という3つ目のボタンをページに設置したのです。ユーザーはメールで簡単に問い合わせができるようになり、多くの店舗が賑わいであふれるようになりました。

その後楽天の快進撃が始まり、EC業界で頭一つ抜き出た存在になります。そして旅行・証券・クレジットカード・銀行など、着々と楽天経済圏を築いていきました。多角化する事業でもECショップと同様に、ネット業態ならではの深い洞察があったことでしょう。

生の声を聞くことがいかに大切か。それがよくわかる話だと、当時の僕は感じ入ったものでした。

●「リクルートの創刊男」の仕事術のツボは、一次情報の聞きまくり

もう一つ、僕の友人である元リクルートの「くらたまなぶ」さんの話をご紹介します。くらたさんはリクルートで14の新規メディア(新規事業)を立ち上げ、「リクルートの創刊男」と異名をとる伝説の人物です。くらたさんと僕は20代前半の頃、同じアルバイト仲間として隣同士の机で求人広告を作っていました。

1年後くらたさんは、正社員にスカウトされます。そして最初に立ち上げたのが、女性求人情報誌「とらばーゆ」でした。くらたさんはメディアの詳細を固めるために、何百人という女性にインタビューしまくります。そのため、社内で男性の上司から理不尽な指示があると、思わず「そんなこと、できないわよ!」とオネエ言葉で反論したそうです。女性求職者が乗り移ってしまったのですね。

くらたさんの著書「MBAでは教えない、創刊男の仕事術」では、その後くらたさんが創刊したフロムエー、エイビーロード、じゃらん、ゼクシィ、ダ・ヴィンチなど、新規事業開発のエピソードが山のように語られています。たくさんありすぎるので、一つだけご紹介しますね。

国内旅行の情報誌「じゃらん」創刊の時にも、くらたさんとそのチームは膨大なインタビュー(一次情報の取得)を実施します。その1問目は「過去1年間に、国内旅行は何回行きましたか?」でした。1日目の報告会で持ち寄った答えは、すべて「ゼロ」ばかり。そんなはずはないだろうと、2日目はスキー、温泉などの具体的な例を聞くことに修正します。2日目の報告会では「スキーに13回」「熱海と別府に各1回」など、1日目とはまったく別の答えが返ってきました。

「じゃ、国内旅行ゼロとは何なんだ?」と考えたくらたさんは、3日目には「国内旅行で思いつくイメージは?」の質問を加えます。数百人の答えを集約すると、①旗を持つ人がいて、②団体でぞろぞろ、③割高でお仕着せ、でした。

そんな直感から得たアドリブ型の一次情報収集から、「国内旅行」という言葉を一切使わない、「日本を予約するブッキングメディア」という卓越したコンセプトが誕生したのです。こんなエピソードが、著書のなかには山ほど出てきます。

よく新商品開発などで「不のつく言葉」から発想する、という手法がありますが、この「不のつく言葉」はくらたさんの発明です。普通なら、潜在ニーズとか消費者インサイトなどと言いがちですが、くらたさんは、よくわからないカタカナ言葉や四文字熟語を嫌い、よりシンプルなひらなが言葉で本質を突いた洞察を得ています。

ちなみに「マーケティング」は「人の気持ちを知ること」、新規事業に必要な3要素「理念、収益、意欲」は「ロマン、ソロバン、ジョーダン」。そんな言い換えものくらたさんの発明です。ある時くらたさんと飲んでいて、僕がマズローの5段階欲求説の「自己実現」という言葉を使うと、くらたさんが「あ〜それは、しあわせな思い出づくり、だね」と意訳したのには感服してしまいました。

もちろん、くらたさんは著書のなかで、深い洞察に満ちた「ロマン」の仮説を導き出すインタビューやブレストの具体的方法(=不平不満をやさしい言葉でまとめる方法)もしっかり解説しています。また「ソロバン」の具体的な使い方(技術・コスト・納期・組織体制・損益計算・投資回収計画など)にも触れています。

しかし、くらたさんは「価値を生み出せないものは、結果としての利潤も生み出せない。ロマンがなければソロバンもなりたたないっていうことだ」とあとがきで述べています。その価値を生み出すための最も重要な方法が、一次情報に触れることなのです。

くらたさんの著書は、新しく何かを始めるビジネスパーソンや、スタートアップ経営者にとって非常に有益です。ヒリヒリするような新規事業開発の現場感と、読み終わった時にズシンと訪れる感動を、ぜひ味わってみてください。

●ここがポイント!

今回は意思決定プロセスを最適化する代表的な手法である「ロジカルシンキング」の概要と、「イシューの見極め」と「深い仮説立案」の重要性、さらに「一次情報」に触れて直感的な洞察を得ることの大切さを見てきました。

フレームワークを埋めるだけでは、洞察のある深い仮説は生まれないこと。意思決定を間違えないためには、一次情報に自ら触れること。以上の例から、それらがお分かりいただけると思います。

できればぜひ、安宅さんとくらたさんの著書(一次情報!)を読んでみてください。

  • 1. 仮説検証型の質問をすると、チャットGPTからの回答の解像度が高くなる。
  • 2. ロジカルシンキングで重要なのは、解くべきイシューを見極め、深い仮説を立てること。
  • 3. 意思決定を間違わないためには、必ず一次情報に触れ、直感から得られる深い洞察を大切にすること。

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この記事のライター

ソクラテス代表 寺澤浩一

ソクラテス代表 学生時代(慶応義塾大学文学部)よりコピーライターとして活動。1980年、(株)ユーピーユー入社。営業、編集、経理財務などを経験。1998年、(株)ソクラテスを設立。中小企業診断士として経営全般のコンサルティング、及びコンテンツ制作を行っています。

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