📘 目次
『ちいさな約束、大きなやさしさ』
〜声が出せなかったパンダ・ロロの旅〜
🐾 第1章:声のないロロ
生まれつき声の出ないロロ。
母とだけは心が通じていたが、妹のララはある日いなくなり、理由を聞けないまま月日が流れる。
🐾 第2章:旅立ちと不思議な出会い
「声が出せますように」
その願いを胸に、ロロは伝説のカメを目指して旅に出る。
道中、そっくりな姿のふしぎなパンダと出会うが…
🐾 第3章:霧の森とドラゴンのステラ
深い霧の中で迷ったロロたちの前に、空から舞い降りたのは、やさしく輝くドラゴン・ステラ。
“自分を見失った者”だけがたどりつく霧の森で、道が開かれる。
🐾 第4章:エルシアと“願い”
ついに出会った、虹色の甲羅を持つカメ・エルシア。
ロロが心で願った言葉を、隣のパンダが口にする——
「声が出せますように。」
🐾 第5章:ふたつの声、ひとつの約束
すべての旅路の果てに、明かされる真実。
そのパンダは、ロロの“知らなかった妹”、ララだった。
ロロは生まれて初めて、声にして伝える——「ありがとう」
✉️ ロロからのあとがき
声が出なくても、伝えられることがある。
でも、声を出して伝えたいことも、きっとある。
読んでくれたあなたへ、ロロからの“やさしい手紙”。
🐾 第1章:声のないロロ
ロロは、生まれたときから声が出なかった。
他の子たちは元気に産声をあげるなか、ロロはただ静かに目を開け、にこりと笑った。
それでも、母はやさしく言った。
「この子はちゃんと話しているわ。心でね」
ロロのしぐさやまなざし、ふるえる手や、しっぽの角度。
母はすべてを受けとめて、まるで言葉のように理解してくれた。
ロロには、もうひとり、そばにいたはずの存在があった。
ララ――ロロとそっくりな双子の妹。
小さなころ、ロロの隣で眠っていた。
ほっぺをつついてきたり、ロロの手をにぎって笑っていた、あの子。
でもある日、気づけばララはいなくなっていた。
理由も、行き先も、母は何も話さなかった。
ロロは「どうして?」と聞きたかった。
けれど、声が出せなかった。
その問いは、ロロの胸の奥に沈んだまま、静かに時を重ねていった。
母は、何も言わないけれど、やさしさを変えずに注いでくれた。
ロロがうまく笑えない日も、森のはしっこでぽつんと座っている日も、
母はそっとそばにきて、同じように座ってくれていた。
けれど、ロロの心にはずっと空白があった。
ララはどこへ行ったのか。なぜいなくなったのか。
その答えを、ロロはずっと探していた。
そんなある日――
母がロロの手をとり、話してくれた。
「遠い北の森にね、エルシアという伝説のカメがいるの。
そのカメは、誰の声でも聞こえるんだって。
たとえ、言葉にならない声でもね」
ロロの胸の奥が、すこしだけあたたかくなった。
“声が出せなくても、ぼくの願いが届くかもしれない”
そしてそれから数日後、
森に異変が起きた。
人間がやってきて、母はロロを草陰に押しやりながら、自分の姿を見せた。
ロロは黙って見ていることしかできなかった。
母が去り際に見せたまなざしは、ロロに何かを残そうとしていた。
でも、それが何かは、まだわからなかった。
残されたロロは、深い森の中で、ひとり静かに立ち上がった。
手には母が残してくれた、小さなスカーフ。
そして胸の中には、ことばにならないたくさんの想い。
その日、ロロは北の森へ旅立った。
願いを伝えるために。
声を手に入れるために。
そして、空白だった“何か”を取り戻すために。
🐾 第2章:旅立ちと不思議な出会い
北の森へ向かう道は、静かで、長くて、すこしこわかった。
ロロは、葉っぱの揺れる音や、小川のささやくような流れに耳を澄ませながら歩いた。
声が出ないぶん、ロロは自然の音にとても敏感だった。
風のかすれも、木の根の呼吸も、遠くの鳥のため息も——全部が、話しかけてくるようだった。
エルシアはほんとうにいるのだろうか。
声の出ないぼくの願いなんて、届くのだろうか。
そんな不安が、道の片隅にひっそりと座っていた。
何日か歩いたある日、ロロは小さな丘の上に立った。
その先には、霧が立ちこめる森が見えていた。
——あそこが“霧の湖”のある場所だ。母の話では、エルシアはその近くに住んでいるという。
ロロが一歩を踏み出そうとしたそのときだった。
「やっほー!」
背後から、元気な声が飛んできた。
びっくりして振り返ったロロの前に、
見たことのあるような顔が立っていた。
……いや、見たことがあるというより、
まるで鏡を見ているみたいだった。
そのパンダは、ロロと同じまるい目。
耳のかたちも、体のふくらみも、歩き方もそっくりだった。
でも、その子はにこにこ笑いながら、ぴょんぴょんと跳ねて近づいてきた。
「ねぇ、どこ行くの? ぼくも行っていい?」
ロロは首をかしげた。
でも答えることはできなかった。
声が出ないからではない。
あまりにもその子が、自分に似すぎていたからだ。
ロロは軽く頭を下げると、無言のまま歩き出した。
ついてくる気配を感じながらも、気にしないように前を向いた。
けれど……
「ねぇねぇ、名前は? ロロっていうの? それともポポとか?」
「なんでそんなところ行くの? おいしい木の実なら、こっちの方があるのに!」
「……って、無視!? うっそーん、けっこうショックなんだけど〜」
ロロは振り向かなかった。
ただ一歩ずつ、静かに進んだ。
しばらくして、小川のそばで休憩をとると、
その子も当たり前のように隣に座ってきた。
そして、なんでもないような顔で言った。
「ねぇ、なんか似てるね、ぼくたち」
ロロは、思わずちらりと見た。
にこっと笑うその子の顔は、どこか懐かしい気がした。
けれど、思い出せない。
理由もわからない。
ロロはそっと立ち上がると、また歩き出した。
その子も、ふつうに立ち上がり、またついてくる。
霧の森は、すぐそこだった。
そして、ロロの記憶の奥に沈んでいた何かが、
少しずつ、音もなく揺れ始めていた。
🐾 第3章:霧の森とドラゴンのステラ
霧の森は、思っていたよりも、ずっと深くて暗かった。
木々の背は高く、陽の光は地面まで届かず、空と地面の境界がわからなくなる。
ロロは、どれほど歩いたのか、自分の足音も聞こえないほどの静けさの中にいた。
後ろを振り返ると、あの子もまだついてきていた。
ロロとそっくりな、よくしゃべるパンダ。
「ねえ、まじでどこ行ってんの?
これ、ほんとに“伝説のカメ”とかいる感じなの?
てか、これ完全に迷ってるよね? わたし、信じて進んでるけどさぁ〜」
ロロは歩きながら、小さくため息をついた(声にはならないけど)。
霧はどんどん濃くなっていく。
道は見えなくなり、葉っぱの色もわからない。
もう、前も後ろも、どちらがどちらかもわからない。
ふと足が止まった。
呼吸が浅くなる。
胸がぎゅっと縮こまる。
すると——
ぽっ、と、足元に小さな灯りが灯った。
続いて、霧の奥に、やさしく揺れる光がいくつも浮かび上がった。
そして、その光の中から、
あたたかな声が響いた。
「こっちだよ、迷いパンダくん」
ロロが目を見開いたその先にいたのは……
小さな、小さなドラゴンだった。
でも、ただのドラゴンではない。
その子の身体は金色で、うろこは朝焼けのように輝き、
羽はオレンジ色に透けて、光を反射していた。
なにより、くりっとした目がやさしくて、どこか懐かしいような感じがした。
「わたしはステラ。空の国から来たドラゴンだよ」
「あなた、声を探してるんでしょう?」
ロロはびくりと体をこわばらせた。
言葉にしていないのに、どうしてそれを?
ステラはにっこり笑って、くるりと空中で回った。
「霧の森はね、“自分を見失った子”が迷い込む場所なの。
でも大丈夫。ちゃんと、“自分に戻る道”もあるよ」
ロロはステラに引かれるように一歩近づいた。
すると、そのそばにいたそっくりなパンダの子が、ぼそっと言った。
「へぇ〜、ドラゴンってほんとにいるんだ…。かわいいし…なんか安心するね」
ステラはにこっと笑った。
「ふたりとも、行きたいところがあるんでしょう?
じゃあ、わたしが少しだけ手伝ってあげる」
そう言うと、ステラの羽がふわりと広がった。
その瞬間、霧の中に一本の道が現れた。
ロロの心の中で、何かがすっとほどけていくのを感じた。
不思議と涙が出そうになったけれど、ロロはただそっとうなずいた。
声はまだ出ない。
でも、想いは、少しだけ前に進んだ気がした。
ロロと、そっくりなその子は、ステラのあとを歩き出した。
霧の向こうに、願いを聴くカメが待っている。