会計の話が続きます。ちょっと恐縮していますが、今回は人寄りの話ですので、そんなに退屈しないかと思います。
また、これまで4回にわたってPL/BSや付加価値について触れてきたのは、今回の話、「管理会計」こそ失敗しない経営の真髄であることをお伝えしたかったからです。
ただ少し長文になるので、前半・後半の2回に分けることをお許しください。
前半は京セラを創業した稲盛さんの「アメーバ経営」、後半がソフトバンク孫さんの「千本ノック」の話です。そして、2つの話の共通項は「管理会計で経営上の意思決定をしていた」ということです。
また後半の最後に、この2社とは正反対の「しない経営」「エクセル経営」という手法を採用するワークマンの話をします。管理会計が、経営戦略やマーケティング、組織人材開発と密接不可分な関係にあることを説明します。
●財務会計は「外部」への報告用、管理会計は「内部」の意思決定用
これまでの連載で、PLとBSの意味、その関係性、そして作成プロセスを順に見てきました。では、そもそも何故、決算書を作る必要があるのでしょうか。
それは、利害関係者(ステークホルダー)に経営成績(PL)や財務状況(BS)を報告するためです。具体的には、税務署に法律で決められた税金を納付し、また資金の出し手である株主や銀行へ説明するためです。この「外部への報告」を目的に行われる会計のことを「財務会計」といいます。
外部報告用ですから、すべての企業は法令に定められた書式で決算報告する義務を負っています。
一方、会社内部での経営分析や、経営者の意思決定を支援する目的で行うのが「管理会計」です。あくまで内部用ですから、特に書式は決められていません。意思決定にもっとも有効な任意の形式で作成すればよいのです。別にやらなくても問題にはなりません。
任意とはいえ、おそらくすべての会社で管理会計は行われています。例えば予算管理や予実管理、資金繰り管理、原価管理などです。また、事業・製品・部門・地域などのセグメント別に計数管理を行うのも管理会計です。やっていますよね。
●京セラのアメーバ経営のKPIは「時間当り付加価値」
さて、もっとも有名な管理会計の手法の一つが「アメーバ経営」です。
その特徴は、以下のとおりです。
- まず、会社のフィロソフィーを定める。
- 事業組織を最小単位まで細分化し、そのアメーバごとに売上の最大化、経費の最小化を徹底する。
- 設定されたKPI(Key Performance Indicator:重要成果指標)は、アメーバごとの「時間当り付加価値」。アメーバーはその最大化を追求する。※付加価値の詳細はこちらをご覧ください。
- アメーバ間での取引は、交渉により値決めを行う。
- アメーバの中の実力者をリーダーに選出する。
- アメーバ同士は成果を競うが、短期的な成果主義と連動させない。
- 数字の競争で社内に軋轢が生じないよう、コンパ(飲み会)でコミュニケーションを円滑にする。
※京セラ コミュニケーションシステムのホームページより
僕は稲盛さんを囲む経営者の会である「盛和塾」の東京支部で、事務局を2年間担当していました。その時に、京セラで使われていた「時間当り採算表」という管理フォーマットを見せてもらいました。
驚いたのは、売上高を書き込む欄はシンプルなのに対し、経費を書き込む欄は非常に細分化されていたことです。経費の種類は営業部門と製造部門で異なっており、原材料費や消耗品費、工具費、電気代、電話代、交通費、事務用品費など財務会計のPLの勘定科目よりかなり多い項目が並んでいました。どの項目が削減できるかを、現場が考えやすくするためです。
各アメーバは月次でPDCAサイクルを回し、年度目標を達成しようとします。進捗状況は社内でオープンにされており、営業のアメーバ同士、製造のアメーバ同士の競争が生まれます。その結果、現場に採算意識や改善風土が育まれ、リーダーのマネジメント能力が高まります。経営層が現場の採算状況を把握しやすいというメリットもあります。
うまくいけば、最強の管理会計の手法のようにも思えます。
余談になりますが、「盛和塾」の会合は夜7時頃から開催されていました。そこで稲盛さんの講話があるのですが、控室で夜食に出前のうどんを啜っていた姿を思い出します。その後、日本航空の会長に就任した時も、宿泊したホテルの食事が豪華すぎると言ってコンビニ弁当を好んで食べていたそうです。
そんな稲盛さんですが、いつも緑色の大きなエメラルドの指輪をしていました。なんか似つかわしくないな、と思っていたのですが、後日それがセラミック焼成技術を活用した人工エメラルドの自社商品だったことを知りました。
そんなお茶目なところも、稲盛さんの魅力だったのかもしれません。
●アメーバ経営で、日本航空はどう変わったのか
アメーバ経営は、経営破綻に陥った日本航空にも導入されました。それまで路線ごとの採算が集計されるまで1ヵ月かかっていたものが、導入後は飛行機1便ごとの採算が翌日には明らかになったそうです。
これにより、1便単位で損益を改善しようと社員が連携。乗客が少なければ小さい機体に変更し、パイロットも燃費を考えて操縦するようになりました。いがみ合っていた複数の労働組合も全面協力したようです。
もちろん効率が悪い大型飛行機やホテルなど関連会社の売却、給与水準引き下げを始めとする厳しいコストカットや人員整理も行われました。
その結果、2010年3月期に1,337億円の営業赤字を抱えて会社更生法を申請した会社が、翌2011年には黒字転換。2012年3月期には2,049億円もの営業利益をあげ、同年9月に再上場を果たすという、信じられないV字回復を遂げました。
※2020年1月16日 毎日新聞
●組織全体に強いストレスをかけるアメーバ経営は導入が難しい
ただしご想像のとおり、アメーバ経営にはデメリットもあります。