目次
1. 第1章 ちいさな命、ちいさな出会い
──ライオンの母リリィに拾われ、ルルの物語がはじまる。ノアとの運命の出会い。
2. 第2章 ぼくは、なんなんだろう?
──成長とともに芽生える違和感。自分の正体に戸惑うルルの葛藤。
3. 第3章 風のように、知らない世界へ
──ロロの言葉に背中を押され、ルルは本当の自分を探す旅へ出る。
4. 第4章 ぼくのなかにある、ふたつの鼓動
──チーターの群れで見つけた、新しいつながり。そして、自分の中にある2つの血の意味。
5. 第5章 帰る場所は、ここにある
──森に吹く不穏な風。大切な誰かの危機と、ルルが選ぶ“帰る”という決意。物語はクライマックスへ。
6. ルルから あなたへ
──ちがいを抱えたすべての人へ。ルルからのあたたかな手紙。
第1章 ちいさな命、ちいさな出会い
草原に朝の光が差し込むころ、ノアの母であるリリィは、ひとりで水場へ向かっていた。
その帰り道、長い草の間から、かすかな鳴き声が聞こえた。
「……ミャァ……ミャ……」
リリィが顔を近づけると、そこには、小さな小さなチーターの赤ちゃんがいた。まだ目もよく開いていないようで、体もやせ細っている。
「どうして、こんなところに……?」
周囲を見渡しても母チーターの姿はなく、近くに危険な足跡があった。どうやら何かに襲われ、ルルだけが取り残されたらしい。
リリィはその場にしばらく座り込んで考えた。
本来なら、群れに属さない子どもを連れ帰ることは、ライオンたちの掟ではありえない。
でも、リリィは見捨てることができなかった。
「この子を、助けなくちゃ……」
リリィはそっとその赤ちゃんをくわえ、自分の住処へと連れて帰った。
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「ノア、おいで。この子を見て」
リリィがやさしく声をかけると、まだ幼いライオンの子ノアが、好奇心たっぷりに近づいてきた。
「わぁ……なに、この子? ふわふわだぁ」
ノアは、くんくんと匂いを嗅ぎながら、ルルの横にちょこんと座った。
「この子は、ひとりぼっちだったの。ノア、おにいちゃんになってくれる?」
「うんっ!ぼく、この子とあそぶ!」
それが、ノアとルルのはじめての出会いだった。
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ルルは、ライオンの家族のなかで育っていった。
ミルクをもらい、昼寝をして、ノアとじゃれ合って転げ回る日々。
ノアはルルに葉っぱの遊び方や、バッタの捕まえ方、雲のかたちの面白さを教えてくれた。
そしてルルも、ノアのあとをいつも嬉しそうについてまわった。
ルルは自分を、ライオンのこどもだと思っていた。
だって、みんなと同じように笑って、同じように眠っていたから。
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けれど、ある日――
夕暮れどき、池にうつった自分の姿を、ルルはじっと見つめていた。
「……ノアと、ちがう……」
ふいに、胸の奥がきゅうっとした。
だけどそのとき、後ろからノアがぴょんと飛びついてきた。
「ルルー!見て!空がオレンジだよ!」
「ほんとだ……きれい……」
ルルはノアの横にすわり、肩を寄せ合って空を見上げた。
その胸のきゅうっとした感じは、まだ名前のない気持ちだった。
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そして、物語は静かに進んでいく。
これは、ライオンに育てられたチーター、ルルの成長と、
“本当の家族とはなにか”をめぐる、小さな冒険のはじまり。


第2章 ぼくは、なんなんだろう?
ノアとルルは、兄弟のように育った。
朝は草のうえで転がり合い、昼は並んで昼寝をし、夜にはノアの背中に頭をのせて星を見た。
それは何年も続く、しあわせな日々だった。
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でも、ルルはだんだんと気づいていった。
ノアのたてがみが大きくなる頃、ルルにはそんなものがなかった。
ノアの声が低く、力強くなっていくなか、ルルの声は高く、小さかった。
「ルル、岩の上にのってみなよ!」
「……うん……でも、ちょっとこわいかも……」
ノアと同じようにやろうとしても、体のつくりがちがった。
ライオンの仲間たちが大きく強くなるにつれて、ルルはその輪の中にうまく入れなくなっていった。
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ある日、狩りの練習があった。
ノアは大きな足でドシンと跳びかかり、見事に草むらの獲物役を押さえつけた。
「やったぁ!」とノアが笑う。
次はルルの番だ。
ルルは素早く走り、風のように草を切っていった。
でも、勢いあまってすべって転び、しっぽだけが獲物にふれた。
まわりのライオンの子どもたちが、くすくすと笑った。
「ルル、やっぱり足がはやいだけだね〜」
「ほんと、チーターって感じ〜」
その言葉が、ルルの胸にすっと刺さった。
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その夜。ルルは森のはずれへ歩いていった。
ただ、どこか遠くへ行きたかった。
すると、ひとりの動物が木の陰から顔を出した。
ぽてっとした白黒の体、大きな目――それは、森に住むパンダのロロだった。
「ルル? どうしたの、そんな顔して」
「……なんでもないよ」
ロロは、何も言わずにとなりに座った。
そして、ふわふわのお腹をルルの背中にトンと寄せてきた。
「ぼくもね、むかし自分のことで悩んだことあるよ」
「……ロロも?」
「うん。でもね、自分が“ちがう”からこそ、大切なことに気づけるんだって、あとで思えたよ」
ルルは少しだけ、ロロの毛に顔をうずめて、目を閉じた。
しばらくして、ふたりのあいだに、虫の音が静かに響いた。
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翌朝、ルルは草原にもどり、ノアの横に座った。
「ねぇノア。ぼく……外の世界を見に行ってみたい」
ノアはびっくりした顔をしてから、ゆっくりうなずいた。
「そっか……でも、帰ってくるよね?」
「うん。……ぜったい」
ふたりは強く抱きしめ合った。
その日、夜空には流れ星が流れた。
それは、離れてもつながっていることを知らせてくれる、
小さな約束のようだった。
第3章 風のように、知らない世界へ
夜が明けるころ、ルルはノアたちのもとを離れた。
足元に朝露がつき、風がすこし冷たかった。
ノアの寝息が聞こえるうちに出たのは、泣き顔を見られたくなかったから。
「ありがとう、ノア。大好きだよ」
心の中でつぶやきながら、ルルは草原の向こうへ走り出した。
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はじめての旅は、思ったよりも広くて、静かで、こわかった。
森の奥で立ち止まったとき、突然――
「ルル、やっぱり行くんだね」
ふいに、やさしい声がした。
ふり返ると、丸い体のパンダ、ロロが木の陰から顔を出していた。
「きのうの夜、寝たふりしてたけど……聞こえてたよ」
「……ロロ」
ルルは少し笑った。
ロロはにっこりして、木の実を一つ渡した。
「これは旅のたからもの。お腹がすいたときに、思い出して。ノアのことも、きみのことも」
「うん……ありがとう、ロロ」